時空のエトランジェ 〜Les etrangers qui ont transcende le temps〜 < 10 >
城の中を通されたサトリは、シラールの後ろについて歩いた。
飾られた絵画や陶磁器といった類も、生まれながらの王族たるサトリには特段珍しいものではなかった。
この程度の美術工芸品ならば、離宮の物置あたりに幾らでも埃を被っているというものだ。
それよりも、サトリは一貫性のなさが気にかかっていた。
並べられた美術品の中、ひときわ無念の波動を彼に訴えかけてくるものがあった。
無念の波動は古びた王冠に嵌め込まれた宝石から発せられている。
王冠の上には、かつての王冠の持ち主が統治したらしい国土の地図が額に入れられ展示されていた。
これらは戦利品というわけか。文化や時代がバラバラなのも納得だ。
それにしても、参ったな――。
一度感知してしまうと、魔力を持つ彼は通り過ぎる物の残留思念を次々と受け取ってしまうのだ。
恨み、憎しみ、悲しみと共に鮮やかに再現される血塗られた歴史。頭が、痛い……。
「いかがなされましたか、先生?」
サトリが眉根を寄せ、こめかみを押さえながら歩いているのを見て、シラールは心配そうに訊いた。
「いや、何でもない」
「そうですか。お顔の色が余りすぐれないようですが」
「大丈夫だ」
「もう少しで控え室です。着きましたら、すぐに熱い茶を用意させましょう」
やがて案内されるまま控えの間に待機していると、召使いが現れ、サトリに向かって恭しく一礼した。
「先生、長旅でさぞやお疲れでございましょう。謁見は明日ということで、どうぞ本日のところはお休みになって
下さいませ」
否応もなく客室に連れて行かれる。
「こちらのお部屋で、ごゆっくりおくつろぎ下さいませ。のちほどお食事をお持ち致します」
サトリが召使いが去るのを目で追うと、部屋の入口に立っていたシラールと目が合った。
「どうやら、私の役目はここまでのようですな。誠に残念ですが、次の仕事がありますので、ここでお別れです」
「お勤めご苦労さん。元気でな」
「先生も。お若いにも関わらず一流の腕をお持ちなのです。私が思うに、陛下は先生を城の主治医に要請される
おつもりなのでしょう。そうなりましたら、またお会いする機会があるやもしれません。その時を楽しみに。
では、これにて!」
最後まで、何か言い足りなそうな口ぶりでシラールがいとまを告げる。
やれやれ。悪い奴ではなかったが、騒がしい男だったな。
一人になったサトリは椅子に腰掛け、用意されていたティーカップを口に運んだ。
茶を飲み終えて一応、念の為にキアリーをかけておく。
サトリが部屋内の探索に飽きた頃に召使いが大勢やって来て、テーブルセッティングの間に先生は湯浴みを
されては、と言う。
促されるままに彼が入浴を終えると、着ていた物はすべて洗濯に回っていた。靴までも手入れをされに持っ
て行かれたようだ。
代わりに置いてあった薄紫のガウンを羽織って戻ると、テーブルクロスの上には、さすがに城の賓客らしく、な
かなか豪勢な食事が用意されていた。
給仕にかしずかれて食事するのは何年ぶりだろうか。
ふと、自分がサマルトリア式のテーブルマナーに則り食事をしているのに気づく。
習慣というのは恐ろしいものだな。サトリは苦笑した。
食事が済むと寝室に案内される。召使いどもは、相変わらず馬鹿丁寧な薄衣に包まれた命令口調だ。
はいはい。言われなくとも寝てやるさ。
馬車という狭い空間に押し込まれて二日も揺られて来たのだ。
この先のことを考えると、少しでも体力を温存するのが賢明だろう。
サトリは横になり、耳をそばだてる。案の定、外から微かに施錠の音がした。
暗い寝室には明かりとりの窓もなく、蜀台が一つあるだけだ。
暇つぶしにと、揺れる炎が壁や天井に不思議な模様を描き出すのを眺めてみたが、すぐにサトリは溜息を
つき、寝返りを打つと瞼を閉じた。
くそっ。リレミトもルーラも使える俺が、籠の鳥かよ。情けねえったらねえぜ。
「早く……来いよな」
誰とは言わない。
勇者と同じ漆黒の髪と、紺碧の瞳の――。
一人だけだ。
( 続く ) 2008/9/28
エ●シーンじゃないと、筆が進まない。なんて正直なんだ自分……onz