ホーム   小説一覧   戻る   次へ
時空のエトランジェ 〜Les etrangers qui ont transcende le temps〜 < 12 >

 
 堂々とした足取りで謁見の間に向かう一人の男の姿があった。
 重厚な鎧装束に身を固め、彼の厚い胸板や太い腕、戦いの中で鍛えぬかれた肉体は、まさに威風堂々と
いう言葉が最もふさわしい。
 謁見の間入口の見張り兵は、彼の姿を見るや否や、緊張したように体を硬直させ、最敬礼で迎え扉を開
けた。
 彼は名も用件も聞かれる必要もないほど、この国では有名且つ重臣であったのだ。
 金属の擦れ合う音を響かせ部屋の中に入り、次は近衛兵に丁重に迎えられ、彼は絨毯を踏みしめ玉座の
前に進み出た。
 王の前で彼は眩くきらめく謁見用の装飾の施された大剣を抜き、旋回させて胸の前に捧げ持つ。この国
における忠誠を誓う儀式だった。
 カチリと音を立てて剣を鞘におさめると、彼は片膝をついた。
「陛下におかれましては、ご機嫌うるわしゅう。ジィニタリス、ただいま戻りました」
「待ちかねておったぞ、ジィニタリス将軍。そちの東方戦線における数々の戦果、わしの耳にも届いておる。
此度は御苦労であったな。次の戦いに備え、ゆるりと英気を養うがよい」
「はっ。有難きお言葉、痛み入ります」
「ところで、ジィニタリス。王子の姿を見たか」
「はい。遠い戦地で若君が事故で足に大怪我をされたと聞き及び、陛下のご心中は如何ばかりかと気を揉
んでおりましたが、つい今しがたジェイン殿下をお見かけしたところ、お元気そうな御様子で安心いたし
ました」
「腕のいい医術師がおってな。今朝まで立ち上がることさえも出来なかった王子を、たった半時で、あの
ように見事に完治させてしまったのだ」
「ほう! 稀に見る逸材ですな。一度お目にかかりたいものです」
「ジィニタリスよ。わしは考えたのだが、優秀な軍医がおれば、これから先の戦いが有利に運ぶと思わぬ
か? その者、必ずそちも気に入ると確信しておるのだ。医療技術は一流。しかも――美しい若者となれ
ば、尚のこと」
 最後は声を低くし、意味ありげに王は口角を上げた。
 ジィニタリスほどの男が妻を娶らない理由を王は知っていたのだ。
 彼が将軍になってからというもの、採用に深く関与し、自然と軍は美丈夫揃いとなったと、もっぱらの
評判だ。
 特に見目麗しい新兵は、例外なく彼のお手付きらしいという噂も真しやかに流れていた。
「それを伺って、ますます興味が湧きました。確かに陛下の仰るように、軍医はこれからの激戦に必須で
ございましょう」
「会うてみるか?」
「是非に。折角の若き才能を埋もらせるわけには参りますまい」
「その者に面会し、そちの気に召せば軍に採るも良し、他用を言い付けるも良い。全てそちの好きに任せ
る」
「恐れ入ります」
 ジィニタリス将軍が退出の挨拶をして出てゆくのを見届け、王は玉座の背もたれに深く寄りかかった。
 あれを手放すのは惜しいが、戦いに投入すれば、我が軍は向かうところ敵なしとなるだろう。
 わしが世界の覇者となる日も近いというものだ――王は独り言ちると満足げに口髭を撫で、薄笑いを浮
かべた。


 ガサッ。
 厨房の隅に運び込まれた、大きな野菜袋の一つが突如動いた。
 袋は少しずつ粉まみれの床を這うように進んでゆく。 
 麻袋が足元を通り過ぎても、忙しく立ち働く料理人たちは誰一人として気付かない。
「あイテッ!」
 突然、一人の料理人が叫び声をあげる。麻袋はビクッと震え、その場から動かなくなった。 
「……ったく。誰だぁ、材料を置きっ放しにした奴! いってーな! スネぶつけちまったじゃねーかっ」
 舌打ちしながら、しかし袋を片付ける時間も惜しいとばかりに、彼はすぐさま調理の続きに戻る。
 彼が調味料の棚に手を伸ばした隙に、足元の袋は再びモゾモゾと移動を始めた。


 謁見の間を退出したサトリは、妙な術を使うからという理由で目隠しをされ、木の手枷を嵌められた。
 踏みしめる足元の感覚だけが、彼に許された唯一の情報源だった。
 引き立てられ、狭い石の螺旋階段を上った先にある小部屋に押し込められる。どうやら、ここが先の話
に出た東の塔らしい。
 取り乱すことなく、終始無言のまま従ったサトリの目隠しが取られ、同時に手枷の先に長い鎖が付けら
れる。
 目で辿ると、その端は天井の穴に続いていた。
 鎖には充分な長さがあり、部屋を歩き回る分には支障が無い。
「医術師殿。この部屋で暫くおくつろぎ下さい。妙な気を起こした場合、あなたの村が如何なる処遇を受
けるか――御覚悟を」
 親切心か脅しか、どちらにでもとれる警告を残し、近衛兵たちは鍵をかけて去った。
「ふん……手枷しといて『おくつろぎ下さい』ときたもんだ」
 少々ふてくされ気味に呟いてサトリが部屋の片隅にあるベッドに背中から身を踊らすと、絹の柔らかな
感触が伝わった。
 半分体が寝具に埋まったまま、部屋を見回す。
 小ぶりのテーブルと椅子、身だしなみを整えるドレッサー、ドレスが沢山収納できそうな大きいクロー
ゼット、立派なライティングビューロー。
 床には美しい模様の絨毯が敷き詰められ、贅を凝らした家具調度ばかりがしつらえてある。
 おそらくは、『貴賓室』とは貴族の罪人用の監禁部屋の隠語なのだろう。
「あれ……」
 突然の妙な既視感に、彼は記憶の糸をたどる。
「何処だったっけかな……ここと同じような所、何処かで俺……」
 知っている筈なのに。思い出そうとすると、どうしても途中で霧がかかったように記憶が消失してしま
う。
「記憶力は、いい方だったのにな」
 こめかみの辺りに断続的に鋭い痛みが走り、彼はそれ以上の詮索を諦めた。
「『空白の半年』……か」
 ムーンブルクで遭遇した馬車の事故で、自分は事故前の半年間の記憶を失ったらしい。
 おそらく既視感は『空白の半年』に起因するのだろう。
 思えば、自分は城で生を受けたのだし、国事で幾つもの国々の城にも赴いたことがある。
 たまたまその中の一つの部屋に、この部屋が似ていただけかもしれない。
「そうだよな。きっと……」
 リレミトで脱出するにしても、まだ外は明るい。
 脱出中に発見されれば、孤軍に多勢で武器もない状態では、攻撃魔法を使う必要性が生じる。
 なるべく血を流す戦いをしたくない彼は、夜闇にまぎれる道を選ぶことにした。
 日没にはまだ間がある。
 休める時に休息をとるのは、戦いの常套だ。
 天井を見つめるサトリのブルートルマリンの瞳が、人々を癒す医術師の穏やかな光から、戦士としての
冷涼な光へと変わる。
 勇者ロトの血を引く魔法戦士は瞳を閉じた。

 
( 続く )  2009/1/13
  ホーム   小説一覧   戻る   次へ

コメント下さった方、すみません。
袋にはサトリではない方が入りました。
でも、オフ本の方でサトリが袋に入れられた話を書いた気がします。
彼はとっても拉致が似合うと思います。ハァハァ。

サトリの『空白の半年』に何があったかは、またいずれ。
かなり長い話なので伏線だけ。
とりあえず、お読みになった方の御妄想にお任せしますw