ゴブーリキ滅亡後、すっかり平和を取り戻したマジマジワールドにおけるある日曜日のこと。
ラムネは、ミルクと一緒に東京23区内某所の有名ショッピングセンターに来ていた。
 というのも、ミルクはこの店でよく服とか買うのであるが、ミルクがこの日の朝届いた携帯メールサービスの占いが 大吉と出て、しかも好きな人と一緒に福引きを引くと重ねて吉、とあったのである。
なんとも都合の良いことに、店で買い物をするとくれる福引きの補助券が、数回引ける程度にたまっているのに気付いたので、ミルクは強引に気の進まぬラムネを連れて、この店に福引きを引きに来たのである。
 「ほらラムネス、今度はあたしたちの番よ」
 「はいはい。」
 もう完全にミルクのペースだ。ラムネは観念して、ミルクと一緒に福引きの回し車の取っ手に手をかける。 
ガラカラガラガラ.....ポトン。  
回し車から出てきたのは、まばゆい金色に輝く、小さな玉だった。  
「おめでとうございまーす。1等、パラオ旅行家族4名様御招待〜!」
 今はなき、海老一染太郎のような口ぶりで、福引きの主任者と思しき若い男の店員が雄叫びをあげた。
 「やった〜、ラムネス、パラオ旅行よ!」
 「マジかよ.....。ううむ、携帯メールの占い、侮りがたし。」
 おおはしゃぎのミルクと、狐に摘まれたような表情のラムネ。あたりの人たちは、そんな二人を、仲のよさそうなカップルなのに、どうして...と、怪訝そうな表情で眺めていた。
ともあれ、ミルクは主任の男から、パラオ旅行の目録 を受け取った。
 帰りの電車が終着駅に到着した。満員の電車から乗客がなだれを打ってドアから改札口をめざす。その人込みの中に、相変わらず上機嫌のミルクと、納得がいかなそうなラムネの姿があった。
二人が自動改札を潜ると、その先は下り階段に なっていた。二人が階段を下ろうととしたそのせつな。 バーン!  鋭い雷鳴のような爆音が駅のホームに轟いた。  ホームに止まっていた電車がブレーキ試験のために非常ブレーキを作動させたのである。重ねて悪いことに、この駅のホームは防音壁で仕切られ、音が隠るような構造になっているので、なおさら凄まじい大音響となるのである。
 ちょうどラムネとミルクの後ろを歩いていた人が、これに驚いて体のバランスを崩してよろけ、前にいたラムネとミルクを押す形になった。二人もこの人物に押されて前のめりになり、そのままバランスを崩して、二人もつれるようにして(ちょうど抱き合うような格好で)階段から転落した。そして、二人はそのまま意識を失った。

あたりにいた人は、この様子をいかにも第三者でござい、といった様子で見ていた。ところが、そこに二人をよく知る人物が通りかかった。水色のワンピースに身を包んだ、スレンダーな体型の若い女性だ。顔はいかにもガリ勉風の眼鏡をかけていてよくわからない。ここまで書けばこの者が何者かは説明不要だろう。言わずと知れたミルクの姉にして恐るべき天才少女、ココアである。彼女は、趣味のメカの研究に必要な機材の中に、マジマジワールド(=地球)でしか手に入らないものがあったので、たまたま買いにきた帰りに偶然その場を通りかかったのである。そしてココアは、階段から落ちて突っ伏している赤い髪の少女、そしてその少女と一緒にいた少年が何者なのかを見誤ることはなかった。ただでさえ自分の妹と義弟(笑)である。それも単なる妹と義弟ではない。自分の世界を滅ぼそうとしていた邪神を倒すため、共に戦った同士でもある、極めて密接な関係にある二人である。そんな人間を人違いするようなココアではなかった。
「ラムネス〜、ミルク〜、大丈夫ですか〜?」
ココアは、二人の肩を揺さぶってみる。しかし気が付かない。だが、手首のところに手を当ててみると、とりあえず脈はまだあることが確認できた。ともあれ、大急ぎで持っていた携帯で119番通報し、救急隊の到着を待った。ややあって、救急車が到着すると、ココアはこのラムネとミルクをのせた救急車に同乗し、病院へと向かった。そんな中、群集から一人の男がそそくさと抜け出していった。彼は、見た目ラムネと同い年くらいの少年だったが、何か目が座っていて、直視していたら恐いくらいだったのだが、その顔に注意をはらっていた者は、誰一人としていなかった。
 数時間後。ラムネは目を開いた。なぜか病院のベッドの上だった。  
(俺、なんで病院のベッドの上になんかいるんだろう。)  一生懸命、頭の中を整理する。 (そういえば、ミルクと福引きを引きにショッピングセンターに行った帰りだったんだよな。駅の改札を出たら、後ろで何かすごい音がしたら、後ろから誰かに押されて階段から落ちたんだっけ。それで俺は病院に運ばれたのか。)
 何とか状況を把握することに成功したラムネ。
はたと気付くと、隣のベッドで寝ている人物の顔を見て腰をぬかした。
 (あれ?隣のベッドで寝てるの、まさか....もしかして.....俺じゃないか?)
 次の瞬間、胸に今まで感じたことのなかった圧迫感を覚えた。そしていやな予感がラムネの脳裏をよぎった。それがいやな 予感だけで済んでくれと思いながら、下半身のふとんを剥がしてみた。
 (俺は今、猛烈に、スカートを履いている!)
 恥ずかしくなってふとんを元通りかけて、スカートの中に手を差し入れ、股間にアクセスする。
 (やっぱり、ない!)
 もはや、ラムネはある一つの確信に至っていた。
 目の前を通りかかった看護婦に声をかけた。
 「ちょっと....鏡を持ってきていただけませんか?」
 のどを突いて出てきたのは、横山智佐にそっくりな女の声だった。看護婦から渡された鏡をのぞいてみると、そこに写っていたのは......案の定、赤いロングヘアが魅力的な、長く尖った耳が特徴の、ラムネが良く知る美少女の姿だった。
 (ということは.....隣で寝てる俺は....ミルクなのか?)  
そのとき、隣のベッドで寝ていたラムネ....の体が意識を取り戻した  
「ううーん。ここどこなの?...やだ、あたしが目の前にいる!...あたしの声も変、なんかラムネスみたい!」
 どうやら、ラムネの推論は当たっていたようである。そこで、ラムネはこう答えた。
 「ミルク、どうもおれたち体が入れ代わっちゃったみたいだ。」
 「え、それで今の私こんな声なの?」
 ミルクは下を向いてみた。明らかにラムネの着衣を身につけていた。ミルクはあることが気になった。
 「ちょっとトイレ行ってくる。」
 「入る方間違えるなよ!変態扱いされるぞ!」
 ミルクは、ラムネから体が入れ代わっていることを聞かされていたので、男子便所に入った。洗面台の鏡を見ると、そこに映っていたのは明らかにラムネの顔だった。そして個室に入った。
 しばらくして、ラムネの姿になったミルクがトイレから戻ってくると、ミルクの姿になっているラムネの前でうつむき、顔に涙を浮かべた。階段での事故の前の、晴れやかな様子はすっかり陰をひそめてしまった。
 「あ、あたしの体に...男のあれがついてる!」
 「当たり前だろう、それもともと俺の体なんだから。」
 そこに、担当の看護婦が現れた。
 「馬場さん、荒良さん(本編ではミルクのマジマジワールドでの名前の漢字表記は「荒良 美留久」である、ってなことで:筆者注)。あなた方の会話、全て聞かせていただきました。その様子なら、もうここでの治療は必要無いでしょうが、お二人とも精神異常のようですね。先生にM沢病院への紹介状を書いていただきましたから、お二人にはそちらに転院していただきます。」
 「え、M沢病院!?」
 M沢病院は、馬場家の周辺でも有名な大手の精神病院である。二人は正体不明の精神病患者として、このM沢病院に転院させられることになってしまったのである。 この病院に救急車に同乗して来ていたココアは、ラムネとミルクに面会を求めた。 
「私は〜、荒良 美留久の姉ですが〜、面会をお願いできないでしょうか〜?」
しかし、ココアの要求もむなしく、重度の精神病患者相手ということで、面会の要求は却下されてしまった。やむを得ず、アララ城に帰り、二人が元の姿に戻れる装置の開発に取り組んでいる旨の手紙を看護婦に託して病院から引き上げるココアであった。 ところが、そのようなココアの様子を、物陰からじっと見ていた人物があった。駅で群集から抜け出した、あの少年だ。ココアはその少年の姿を一瞬見ただけだったが、何か悪い予感がした。                               




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