アララ城に帰ったココアは、早速人格交換機の設計にとりかかろうとしたが、そういうわけにはいかなかった。
 そう、折悪しく姉のレスカが、ダ・サイダーと冒険の旅に出ていたため、政務の処理が夥しくたまっていたのである。
まず、これを片付けねば、人格交換機の設計には取りかかれないのであった。
 「あ〜、なかなか減りませんわね〜。」
 書面を神業的なスピードと正確さをもって処理するココアであったが、未処理の書類が下からどんどん湧いて来た。そこにひょっこりとミイラばあさんが現れた。
 「ココア姫よ。そんなに大量の書類の処理、そなた一人では手に負えなかろう。儂も手伝うぞ。」
 「あら〜。ミイラばあさん、ありがとうございます〜。」
 ミイラばあさんは、その外観からは想像できないほど、この手の事務の処理に精通していた。二人の力で、書類の山がみるみる低くなっていく。
 常人の3倍をはるかにこえるスピードで、すべての書類の処理が完了した。
 「おお、これで全部じゃわい。」
 「ミイラばあさん、有り難うございました。」
 「いや、年寄りの暇つぶし、礼には及ばんぞい。」
 ミイラばあさんは、その場を立ち去った。
(ふぅ〜、ちょっと疲れましたわ〜。シャワーでも浴びましょう〜)
 一仕事終えたココアは、上着を、スカートを、ブラウスを....そして下着を脱ぎ捨て、スレンダーな裸身へと変身してシャワールームへ直行した。
 蛇口をひねり、湯を浴びて仕事疲れをいやそうとする。しかし、これから作るのは人格交換機という超難物だ。ココアは今までに古代のスーパーメカにまつわる文献(タイムマシンなど、現在の地球の科学力では作れないような機械の設計図が多数掲載されている。そしてココアはその情報を今までのメカの設計・製造に大いに活かして来た)をいくつも読んでいたのだが、その中にも見たことがない。そう、守護騎士を作った古代人たちも作らなかった(ことによると、作れなかったのかも知れない)、とてつもない代物である。
 (人格交換機ですか〜。大変な難物に手を出すはめになってしまいましたわ〜。何と申しましても〜、古代の超科学をもってしても〜、その基礎理論を体系だてて解説した書物さえ見たことがないのですから〜。しかしラムネスとミルクの一件をみますと〜、そういうことが起こりうるのですから〜、やってやれないことはないと思うのですが〜、どうでしょう〜?) 人格交換機とは、あのココアをしてこれほどまでに思い悩ませてしまうほどの難物なのである。自然現象としてごくまれに起こることがあるとされているが、地球人も、ココアたちハラハラワールド人も見たことのないほどの低確率でしか起こらない、いわば超常現象に属するこの現象を、いかにして人為的に引き起こすのか。そして何よりもココアが気に病んでいたのは、よりにもよって人格が入れ代わったのがラムネとミルクだったという点である。
もし、今、敵に襲われたりしたら、キングスカッシャーをラムネの姿のミルクが操縦することになり、あまりに危なっかしい。重ねてミルクの姿になったラムネでは、「聖なる三姉妹」の力を使うことも危ぶまれる。もっとも、現状で襲ってくる敵が考えにくいのが不幸中の幸いなのだが、それでもなお、ココアには余りにも攻撃のすきがあり過ぎると感じていた。何となれば、自分の世界が今まで絶えることなくゴブーリキという超ど級の邪神に狙われ続けてきたこと、そのため並みの兵士では到底戦える相手ではないことを身にしみてわかっていたからである。
そう、ココアは、自分がゴブーリキ一派の立場に立ってみたら、これほどのチャンスはないとまで思っていたのである。そして、当事者と自分の他に、この事実を知る者が他にもいる。
〜病院関係者と、M沢病 院で見かけたあの妖し気な少年だ。
そのことが、ココアの焦りを増幅していた。病院関係者はともかく、あの少年はなにがしかの敵意を抱いている可能性がないとはいえない。
 (やっぱり〜、何としても一刻も早くあの二人を元に戻さないわけにはいきませんわ〜。何か、人格転移の体系になるものはないかしら〜?....あっ!)
 ココアの悩みと焦りが頂点に達したその時。
 突如、ココアの視界がブラックアウトした。そして、先代ココアが見たのと同じ、思い人のサームが人間を捨てて守護騎士アッサームとなったあの瞬間の光景がココアの目の前に展開した。それはほんの数秒程で終わり、元通りのバスルームのタイルが再びココアの視界の前にあらわれた。
(こ、これは使えるかもしれませんわ〜)
ココアは大急ぎで風呂をあがり、バスローブを羽織り、髪が乾くのを待った。
(ミイラばあさんなら〜、事によるとあの守護騎士復活のときの原理を御存じかもしれませんわ〜)。
ドレスに着替え、ミイラばあさんの部屋の扉をノックする。
「誰じゃ。....おお、ココア姫か。」
「ミイラばあさんに〜、一つ、お聞きしたいことがあるのですが〜。」
「何じゃ。言ってみい。」
「実は〜、(ラムネとミルクの人格が入れ代わってしまった旨と、二人を元に戻すために、守護騎士復活の呪術を応用できないかとの提案を耳打ち)」
ココアから打ち明けられた情報は、ミイラばあさんにはまさしく国家存亡の危機にもなりかねぬゆゆしき事態に聞こえた。しかし、ミイラばあさんにも自信はなかった。
「実は、その昔守護騎士復活に立ち会った神官は、何を隠そうこの儂じゃった。確かに、守護騎士復活の呪術は人間の人格を守護騎士へと転移させるもの。しかし、あの呪術についていうならば、移転先の体には何ら人格が存在していない。それにくらべて今回の状況では、双方向で人格を転移させなければならないので、術の体系からして違っている可能性が大きいんじゃよ。そして、双方向で人格を転移させる術は、儂の代に至るまで一切伝承されておらぬ。じゃが、いずれあの二人は、そなたを頼ってここにくるじゃろう。おそらく、そなたもその時までに人格交換機を完成させることはできまい。その時には、おそらく失敗に終わると思われるが、あの術をラムネスとミルク姫に試してみようと思う。」
「ミイラばあさん、ありがとうございます。とにかく難しいですが、私もできることは全てやってみようと思います。」
二人が到着するまで、限り無く不可能に近いのではあるが、全力をあげて人格交換機の設計に取り組むことを決意したココアであった。                          


4話に続く。
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