第4話 野球部の練習、そして



  ラムネ達の学校では、とりあえず、その日の授業が終わり、部活動の時間が始まった。
 ラムネはあちこちの部活を転々としていたのだが、このところは日本人がやるスポーツならこれだろう、ということで野球部に腰を据えていた。そしてミルクもラムネひとすじに思い続けていることもあって、野球部のマネージャーになっていた(このとき他の部員達が全員一致で彼女の入部を認めたことはここで述べるまでもない)。
  ラムネはミルクのジャージに、ミルクはラムネのユニホームに、それぞれ着替える。
特にラムネは慣れないスカートからジャージに着替えて、ちょっとほっとした気分になった。
 (ミルクも、いつも制服を着替える時の気持ちはこんなだったんだろうか?でもホントのミルクは、心の底から  女の子なんだし、こんなことを感じることはなかったかもな。)
  ミルクもミルクで、ラムネのユニホームに袖を通すと、なんだか突然自分がこの中学のエースになったような気分にかられた。
  (この気持ちの高ぶり、何なのかしら?スポーツ選手って、ユニホームに着替えただけで、こんなにも気持ちが高ぶるものなのかしら?)
  ともあれ、人格の入れ代わりは、二人に今まで感じたことのなかった感覚をもたらした。そこに、ラムネの姿 のミルクに声をかけるものが現れた。
 「よお、馬場、今日こそてめえの豪速球打ってやるからな。」
 「なんだ、浦島じゃねえか。いつものように三振に打ち取ってやるさ。」
 この男、朝日中学野球部の同級生で、転校生で入って来て4番打者の座を勝ち取った実力者「浦島 刃(うらしま   じん)」である。ちなみに、「ラ○○な」に出てくるK太郎やK奈子とは、赤の他人らしい。
 ミルクは、ラムネならこんなときにどう答えるかをとっさに思い出し、無難に受け流した。
 「今日は半端じゃねえぞ。覚悟してかかってきな。」
 「その言葉、そのままてめえに返してやろう!」
 浦島は、その場を立ち去った。
 (なんかラムネスになったら、こんな言葉が自然と出て来ちゃった。なんか、すごいかも.......。)
 ラムネの姿のミルクは、浮気癖のある思い人を、ちょっとだけ見直した。  もっとも、本来の姿であったときにも、このようなやりとりは何度か目にはしているが、改めてラムネの姿で、ラムネの立場で浦島と言い合ってみると、改め てラムネの凄さが身にしみた。
 そしてランニングと準備体操を終え、本格的な練習に突入した。
 浦島の千本ノックは、内野手たる下級生たちの間から恐れられていた。何せ  超中学生級の鋭い当たりが各内野手の定位置のまん中〜もっとも守りにくいところ〜に飛んでいくのだから。
 ラムネだけはこの千本ノックをただひとり無難にさばいて余裕を見せていたのだが、今日に限っては中身ががミルクだ。どうってことのない打球を簡単にエラーして、浦島にばかにされるのだった。
 「こら馬場!いつものやつはどうした!いつもの華麗なのは!」
 「ち、ちくしょう.....。」
 ややあって、最後の1本が放たれ、これもエラーするラムネの姿のミルク。
 時間的に、ここで休憩になるところだった。
「やむをえん、ここで少し休憩だ。」
 部員達は、こぞってミルクになったラムネの前に集結する。そして、ラムネはここでミルクがいつもやっていることを思い出した。
「はい、お疲れ様でした。これみんなに差し入れよ。」
 そう、ミルクはラムネがはまっていた某有名ゲームに登場するN野S希をまねて、部員全員に差し入れのおむすびを配っていたのだ。ただ、このおむすびを作ったのはもちろんミルクではなく、ラムネの母親なのだ、ということは暗黙の了解であろう。
 しかし、みんな....ラムネを含めて....喜んで食べてくれている。ラムネを除いてみなミルクの手作りだと信じて疑ってないのである。よってどういうわけだか、この面子に対しては、ミルクは証拠もなく料理上手で通っているのである。重ねて、この瞬間が部活の最大の愉しみにしている部員も少なくない(むろん、ラムネは別)。
 (学校でのミルクの人気って、こんなにすごいんだ......よってくるの野郎ばっかりだけど、ミルクになっている内はいやな顔できないな。)
 ミルクを見直すと共に、そんなミルクの人望を、成り代わっている自分がこわすわけには いかないと、ちょっとプレッシャーを感じつつ、つとめて常日頃のミルク同様に明るくふるまう努力を怠らないラムネであった。
 しばらくして、浦島が叫ぶ。
 「よしみんな、休憩は終わりだ。しまっていこうぜ!」
 「押忍!!」
 部員達が威勢よく返事をする。
 「後半は打撃練習だ。馬場、バッティング投手を頼む。」
 「ああ、いつものあれな。」
 浦島の呼び掛けに、いつものように答えるラムネの姿のミルク。
 (ああ、日頃ラムネスの練習してるとこみてたのがこんなことで役に立ってる。)
 いかにも、ミルクは同じ部のマネージャーとして、部活動時のラムネのやっていることを見てきていたのである。そんな事実に感謝するミルクであった。 そんな思いを胸に、キャッチャーミットをめがけてボールを投げるミルク。
 しかし、さすがに姿形こそラムネでも、ミルクが投げるボールである。とんでもない  へろへろ球だ。バッターボックスの浦島は、これをいともたやすく打ち返した。
 低い弾道のライナーが、超高速でラムネの姿のミルクめがけて飛んでくる。
 ミルクはこれを取ることはおろか、かわすことさえできずまともに体で受けてしまう。  しかも、あたり所は最悪だった。他でもない、男性の最も打たれ弱い部分にあたってしまったのである。
 本来なら、感じることはあり得ない、尋常ではない激痛を感じ、その部分を押さえて倒れ込む ラムネの姿のミルク。しかし、悲鳴をあげるのは我慢した。当然、人格が入れ代わっていること がばれるのがまずいと思いつめていたからである。  
「おい、担架だ、担架!保健室運ぶぞ!」
 ミルクの姿になっているラムネは、他のだれよりも素早く担架のあるところへ行き、本来の自分の体を担架にのせ、他の部員と二人でラムネになったミルクを保健室に運ぶ。
 「あとは、あたしに任せて。」
 体よく担架を担いできたもう一人の部員をグラウンドに返し、ラムネとミルクは保健の先生が来るまで保健室に二人きりになった。
 「(小声で)ああ痛い。これが男の痛みなのね.....。だけど、変なことに気が付いちゃった。」
 「(同じく小声で)ミルク、その変なことって?」
 「(引き続き小声で)いやね、どうも浦島君の目の光り具合、妙に殺気立ってたのよ。」
 「(まだ小声で)そう言われて見れば、なぁ。いつもとは何か気合いの入り具合が違ってたような気もするし、あの打撃練習のときにも、あそこを狙ってたような気もするんだ。」
 「(しつこく小声で)あたしも、それは感じてた。」
 ともあれ、この浦島という男、転校生の身で4番に座る実力を持ち、そのうえラムネを狙うなど、到底ただの転校生だとは考えにくい。元に戻ったら自慢の豪速球で三振の山を作ってやると、ミルクの姿でひそかに闘志を燃やすラムネであった。
 そして、自分たちが元に戻れるかは、すでに無敵の天才少女にすべてを託してある。二人の心に、ひとすじの光明が射し込んできた。
 保健の先生の簡単な診察(?)を受けたときには、もういつもは部活が終わっている時間だった。
 二人は家にかえり、夕食を簡単に済ませたのち、その姉からミルクが受け取ったワープ装置のスイッチを投入し、二人揃ってハラハラワールドに旅立っていった。 ......二人とも、ココアからの連絡はまだだぞ!     



5話に続く。 戻る トップに戻る