ココアは、人格交換機の設計の中核となる基礎理論を求めて、城内にあった古代の黒魔術に関する文献のすべてを自室にもちこみ、それらの文献と格闘していた。
超科学がだめでも、黒魔術についてならあるかも
しれない。もっともミイラばあさんは、「ない」と言っていた。それでも諦めきれず、自力でさがすことにしたのであった。
(うーん、なかなかないですわね〜。やはり、ミイラばあさんの言っていたように〜、人格交換機に使え
る基礎理論になるような黒魔術は〜、伝承されていないのですか〜?)
夥しい数の文献を、超人的なスピードと正確さをもって読破していくココア。しかし、見つかったのはかの守護騎士復活の術に関するものだけのまま、残すところあと1冊になっていた。
(この1冊が最後の希望ですか〜。人格交換機を作るにも〜、余りにも情報が少なすぎますわ〜。)
この1冊にも、ついに人格交換の術にまつわる記載は見当たらなかった。こうなると、さしものココアも
お手上げである。
そのとき。突如として時空間転移装置の方が騒がしくなった。ココアが行ってみると、時空間転移装置は煙をあげて動きを停止した。扉が開くと、中から人格が入れ代わったラムネ(この世界では勇者ラムネスとして認知されているので、以降はラムネスと表記することにしよう)とミルクが現れた。
「あらら〜。ラムネスにミルク〜、よくいらっしゃいましたわ〜。」
「ココア!あれもうできたころだよね!」
なんと、妹が自分にため口を聞いている。うっかり人格が入れ代わっていることを忘れて、ココアは逆上 した。
「ミルク!誰に向かって口聞いてるんですか!」
「あの、お姉様、ミルクは私!そっちの私はラムネスよ。」
女言葉を使う勇者。端から見たらちょっと(もとい、かなり)気持ち悪いが、ココアはそれで正気を取り
戻した。
「そういえばそうでしたわね〜。それで人格交換機が必要になったんでしたわ〜。ですが〜、申し訳ありませんが〜、例のものはまだ完成しておりません〜。何せこっちの世界でも基礎理論が確立されていない機器でして〜、作るのとっても難しいんです〜。」
ココアが珍しく用件を手短に述べた。それを聞き、げんなりする当事者二人。
「それでも〜、元に戻れるあてが全くないではありません〜。ミイラばあさんが〜、守護騎士復活に使っ
たのと同じ術を応用すれば〜、二人とも元の姿に戻れるかもしれません〜。」
「それ、どういうこと?」
二人が声をそろえてココアに質問する。
「はい〜。二人とも〜、守護騎士は古代人が作ったボディに〜、人間の心を移しかえて自律的に動けるし くみになっていることは御存じでしたわよね〜。」
「うん。だけど、そのこととおれたちのことはどう関係があるんだ?」
「その人間の心を移し替える術を〜、ミイラぱあさんが体現しておられますので〜、二人にかけてみたらひょっとしたら元に戻れるかもしれないと思いまして〜。」
「なるほど、それは名案だ!さっそく、試してみようじゃないか。」
3人は、ミイラばあさんの部屋の扉をノックした。
「ミイラばあさん〜、いらっしゃいますか〜?ココアですけど〜、ラムネスとミルクがいらっしゃいましたわよ〜。」
ワンテンポおくれて、返事がかえってくる。
「ようきたの。さあ、入るが良い。」
ドアノブをひねり、ぐっと力をこめて扉をあける。奥には、当年とって5000歳超の女仙人、ミイラばあさんが立っていた。
「まあ、そこに立ってても、儂の術は使えんぞ。奥まで入るが良い。」
とは言っても、ミイラばあさんの部屋だけあって、すさまじいセンスの調度品が所狭しと並んでいて、ちょっと(より正確に言うと、うんと)入りにくい。入り口で固まってしまう姉と元義弟(笑)の妹、そして元妹の
義弟(笑)であった。 だが、入らないことには元の姿に戻れるチャンスはない。3人は、勇気を出して....のそのそと...奥へと入って
いくのであった。 何とかミイラばあさんの目の前に辿り着く。
「ようやく来たか。では、早速始めるとしよう。」
「よろしく.....お願いします......。」
ココアは第三者なので、術の悪影響があると困るというので、部屋を出た。
次の瞬間、部屋からは、ミイラばあさんの呪言が響き渡ってきた。何となく悲しく切ない、それでいて心の奥底から勇気が湧いてくるような響きだった。当事者2名は、そんなミイラばあさんの呪言に、静かに耳を傾けていた。暫くすると、二人は心の中心に、あつく燃え上がってくるようなものを感じはじめた。さらに時間が進むと、そのあついものは、一点に凝縮していくのを感じた。
「さあ、勇者ラムネスにミルク姫。そこもとらの思いを爆発させるのじゃ!」
呪言を唱え終えたミイラばあさんが叫ぶ。
(元の姿に戻りたい!)
思いを爆発させる二人。二人が感じていたあついものが、徐々にひいていく。そして、それが完全に冷めたところで、お互いの顔を見合わせた。
「(横山智佐の声で)俺が隣にいる........。」
「(草尾毅の声で)あたしが隣にいる........。」
念のため、股間を触ってみると.......。
「やっぱり、ない.......。」
「やっぱり、ある.......。」
案の定、守護騎士復活の呪術を応用する技は、失敗した。二人は外で待っていたココアとともに、応接間へと戻っていく。
「ああ....。これで、元に戻れる方法は、完全になくなったか......。」
「あたしはラムネスとして、ラムネスはあたしとして、これから生きていかなきゃいけないのね.....。」
思いっきり凹む当事者2名。ところがそのとき、ココアが何かを思い出したようだ。そう、駅の階段の下で突っ伏し そのまま病院へ搬送され、人格が入れ代わった状態で目をさました二人の姿を。
「あの〜、ちょっと聞きますけれど〜、二人は駅の階段から落ちて人格が入れ代わってしまったのですわよね〜?」
「ああ、そうだけど。」
「それがどうかしたの、お姉様。」
「そのときと同じような状況を再現すれば〜、逆コースで元の姿に戻れるかもしれませんことよ〜。」
「なるほど、言われてみればそれはないではないな。」
「そういえば、あのとき階段の上から誰かに押されて、二人で抱き合うような姿勢になったわ。その態勢のまま階段から転がり落ちたみたい。」
ココアの一言で一気に明るさを取り戻し、何とかあのときの状況を必死で思い出した、ラムネスの姿のミルクであった。
「ですが〜、もう一度階段から二人抱き合って転がり落ちるのは〜、余りにも危険すぎますわ〜。何か怪我する危険の少ない代案を考えませんと〜。」
それはその通りだった。二人とも、同じことをやれと言われてもやはり危険だと考えた。しかし、代案はなかなか
浮かんでこない。ただ、ココアは愛用の計算機を取り出し、必死に何やら複雑な計算をしている。そして、どうやら 答えが出たようだ。
「二人とも〜、よろしいですか〜。」
ココアの間延びした問いかけにやや切れかかりつつも、うんとうなずく二人。
「え〜、プールの飛び込み台から二人で抱き合って落ちる、というのはいかがですか〜?」
「プールの飛び込み台ねぇ。それなら下は水だし、階段から落ちるよりははるかに安全だね。」
「お姉様、よく考えたわね。でも、あたしラムネスの海水パンツ履くのよね。何か恥ずかしいわ。」
「俺だって、ミルクの水着を着るのはちょっと恥ずかしいぞ。でも、元に戻るためならやるしかないな。」
ラムネスになっているミルクも、素直に同意した。
「それでは〜、作戦決定ですわね〜。」
「じゃあ、おれたちは一旦向こうに戻って水着をとってくる。」
ミイラばあさんの術が失敗した直後とは打って代わって、意気揚々とマジマジワールドに水着を取りに戻るラムネスとミルクであった。
6話に続く。 戻る トップに戻る