狂い咲きが華
■-1
一撃の瞬間、眼前の花が勢いよく開いた。断末魔の代わりに飛び出したのは大量の花粉であり、間近にいたジェイスンは避ける事も出来ず煙に包まれる。息を止めようとしたが間に合わず、異物を吸った感覚さえ解った。
「ぐっ……げほっ、げほっ」
身を折って激しく咽せるが、それ以外の目立った変調は無い。咳き込みながらも体勢を立て直し、まだ残る肉食植物へと駆けた。
戦いの終わりは昼過ぎだった。
解毒剤が効くのか疑問視するのはいつもの事だ。無いよりは良い程度の薬を飲み干してから依頼達成を報告し、帰路に就く。その侭夜には拠点の街まで辿り着き、何事も無く戻れた事に安堵した矢先だった。
「ジェイスン?」
足を止めたジェイスンへ気付いた仲間達が表情を窺うが、既に平静を取り繕う事も出来ない。生まれた違和感は急激に異常へと変貌し、呼吸は乱れ、汗が流れる。焦る仲間達の声も何処か遠い。
「医者に診せてくる、先に戻っていてくれ」
ハーキュリーズの声が辛うじて聞き取れた。体を支えられ、二人で宿とは別の道を歩く。先に戻る四人の姿を目で追う事すら出来なかった。
「気を確かに持て、大丈夫だ」
「は……、はな、して」
出てくるとは思わなかった言葉へ驚き、ハーキュリーズは歩みを止めてジェイスンの顔を覗き込む。
「な、どういう……」
言葉を遮るようにジェイスンは小さく首を横に振り、震える吐息で声を絞り出した。
「おれ、おかしく……だから、なに、するか……」
言う途中で涙すら滲ませるジェイスンの顔は紅潮しており、ハーキュリーズは過去の己が味わったものに思い当たる。そして視線をやると、今まで耐えていた体が限界を訴えて服を押し上げているさまが見えた。
依頼にあった花の怪物は動物を誘引して食べる習性があった。生物が誘引剤として用いるものの一つにフェロモンがあるが、ジェイスンが浴びたのはまさしくそれであり、遂に発症したのだろう。
ジェイスンは理性を振り絞って離れようとするが、ハーキュリーズに体を引き寄せられてかなわない。
「ジェイスン」
苦しげな、恐れるような呻きが漏れる。側にいるのが自身で良かったと、その点に関してだけはハーキュリーズの安堵があった。
「大丈夫だ」
ハーキュリーズがジェイスンへ視線を向ける。不安定に歪む視界でも、静謐な眼差しは優しく映った。
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