夢幻をあなたと
■-1
目が覚めると、見知らぬ室内に立っていた。心身の重い疲労感は消え去っており、時間や記憶が飛んだのではと焦りを覚える。月明かりと燭台の蝋燭に照らされた室内は一目で上等なものだと解り、調度品からして寝室のようだ。
辺りを見回していて、ふと背後を振り返り視界に入ったものに息を呑む。
「パーシアス」
忘れもしない声と、暗がりでも解る姿が近付いてくるさまに、パーシアスは小さくかぶりを振った。
「変な夢だ……」
自嘲するように呟いた言葉へ柔らかな微笑みが返る。
「そう。夢だよ」
明かりの中に現れた姿は三年前と何も変わらず、成長や老化も訪れないものだ。
「そして、あなたの精神と私の精神を夢に移し替えた、現実でもあるんだよ」
身動ぎの度に明かりで照らされた銀髪が輝く。人々が群がる事を象徴するような、相変わらずの美しさだった。
パーシアスは事態を把握すると途端に笑顔になる。だが言葉が出てこない。その様子にまた笑われた。
「ふふ、さっきは有り難う、みんなも」
「本当に、本当にお前なんだな」
パーシアスの声に普段の落ち着きは無く、動揺と喜びがある。
「そうだよ。……会いたかった、パーシアス」
「やっと会えたな、セリスレイ」
この時がどれ程遠かったか、知るのは互いだけだった。
大窓の外の月を並んで見上げる。光の柔らかさや夜の冷えた空気すらも、夢であり現実だ。室内はセリスレイの寝室を再現したものらしく、少しでも夢へ再構築しやすい、術者が想像しやすいものを選んだ結果なのだという。現在セリスレイも体は眠りに就いているらしい。
「もう少し精度を高めたら、あなたの本拠地へも干渉出来るようになるんだけど……」
「問題があるのか?」
言い淀みにパーシアスが問いを投げかけると、セリスレイは苦笑する。
「頻繁にだなんて迷惑、出来ないなって」
するとパーシアスは喜びを露わにして告げた。
「迷惑じゃないさ。お前任せになるのは申し訳無いけれど……出来るなら俺だってそうしてる」
言われて、セリスレイは淋しさを改めて自覚する。そして覚悟を決めた。
「そんな風に言ってくれるから……思ってくれるから……」
セリスレイの苦笑に一筋流れるさまを見て、パーシアスは言葉を失う。その驚愕からはそれ以外の感情を読み取れずに恐ろしくなるが、セリスレイは止まらなかった。
「迷うのも、耐えるのも、もうやめる。前までは違ったって、今は前と違うって、解るから」
セリスレイは動けないパーシアスへと向き直る。淋しさと、今までに無い激しいものの混ざった微笑みだった。
「私は、あなたが好きだよ。誰よりも」
パーシアスは何事か言いたげに唇を震わせ、セリスレイに見えたものはそれで終わる。
突然体を強く抱き締められ、その肩口で不安定な呼吸を聞いた。時折喉が鳴り、脆弱な印象さえ与えるそれは、行き場の無い感情を語っている。
「俺が一番、お前の気持ちを解ってなかったんだな」
パーシアスの顔を窺うと、初めて見る涙があった。溢れて止まらないそれを拭いもせず、パーシアスは声を絞り出す。
「好きだ、セリスレイ、前から、誰よりも」
セリスレイの目が見開かれ、次には細められた。安心に大きく息を吐き、パーシアスの背を抱いて撫でる。
「此処まで、怖かったんだよ? 最初は、あなたへの想いは親に向けるようなものだったのに、気が付いたら求めたくて堪らなかった」
慰められている心地になり、パーシアスは三年間の蟠りを吐き出すように息をついた。
「俺もお前みたいに、気付いたらこんな風だった。お前が何より大切で、だから壊したくなくて、言えなかったんだ」
するとセリスレイが楽しげに笑う。
「似たもの同士だったんだね」
「そうか……そうだったんだな」
今となっては事実も喜ばしいだけのものだ。顔を上げて笑い合う。本来ならば果たせなかった想いを重ねるにも、躊躇は無かった。
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