夢幻をあなたと
■-2
一糸まとわずに寝台で座り込んだセリスレイの体を見た瞬間、衝撃が走った。造られたものらしい体には性を示す部位も無ければ、種を示す部位も存在しない。もし精霊であるならばまだ納得出来たが、そうではない事実からは人型であればいいとの製作者の無情な意図が窺える。
「充分な事は出来ないかもしれない」
パーシアスがその頬に触れても温もりが返り、とても造られたものだとは感じられない。セリスレイは微笑み、手を重ねた。
「それは私のほうだよ。こんなものしか無いんだもの」
目線は申し訳程度の排泄器官を指す。確かに役目はそうなのだが分かれてはおらず、口にしたものはほぼ消化されないという。消化器官をはじめとした内臓の存在も疑わしいもので、心臓の拍動も感じた事が無いらしい。
「だから……せめてあなたを」
言い終えない内に口付けられ、その侭倒れ込んで唇を離した合間に、パーシアスが静かに告げた。
「お前だから、いいんだ」
再び口を塞ぎ、舌を絡め合う。セリスレイも積極的に舌を伸ばし、与えられる熱が増していくのを知った。
「ん……はふ、んぅ……」
セリスレイがくぐもった声を漏らす。果たして身体に高揚はあるのか、それすらも解らない。ただ暴れる心だけがあった。
息が詰まり、漸く口を離した頃にセリスレイを窺うと、潤んだ瞳とは対照的に熱の差さないさまが見えた。呼吸すらすぐに整い、頬の紅潮する兆しも無い。そしてセリスレイ自身が反応の無さを気にしている事も見えてしまう。
「パーシアス……」
悲しみに染まりかけている声へ、パーシアスは微笑みを返した。不安だが、悲しみさえも受け止めたい想いだけがある。
首筋へ、胸元へと口付けた。吸い上げても微かな痕すら残らないが、刻み付けるように続ける。慣れない感覚にセリスレイから吐息が漏れ、それを聞くだけでも高揚する己をパーシアスは自覚すると共に、セリスレイを置いていく罪悪感も覚えていた。
セリスレイの細い腰を撫でてやると、足が動く。開かれた其処に目を遣り、人間よりもやや腹側にある位置を確認しながら、パーシアスは自身だけが求めてやまないのではないかと錯覚する程だった。硬く仰いだ体を宛がい、セリスレイへ呼びかける。
「いい、か」
「うん」
セリスレイには迷いも恐れもなく、その事実がまた胸中を刺した。投げ出された足を抱え、滲み出ている粘液をまとわせた体を、ゆっくりと入れ込む。かなり窮屈な手前に反して内部は柔らかだった。
「うう……、あぁっ……」
圧迫感にセリスレイが声を漏らし、苦しみでしかないとパーシアスへ伝えてしまう。何も無い体はいっそ理不尽だとしか思えず、気付けばセリスレイは悲しみに涙を零していたが、全てを収めて体が触れ合った時には喜びがあった。
「大丈夫か……?」
慣らそうとしているのだろう、動かずにいるパーシアスは多少の苦悶を表情に浮かべている。それを解り、セリスレイは無理を押して微笑んだ。
「……いいよ」
パーシアスの全てへの感謝であり、希う言葉だ。
動き始め、律動の中でセリスレイは泣き続ける。何をどうしたとしても、決して何も得られないと思っていたが、実際はどうだろうか。感じる熱と繋がりはいっときの幸福を色濃く教え、たとえ全てが滅んでも忘れないだろう。忘れる事など到底出来なかった。
「んう、うぅっ……」
僅かに引き摺り出される内壁がやけに生々しく映る。時折内部を締め付けるのはセリスレイの努力故だ。一方的な感覚が更なる罪悪感を呼ぶが、それすら受け入れられている事実だけが救いだった。
二人の重みでも寝台は軋みもせず、上等なシーツが衣擦れの音を立てている。目覚めれば何も残っていない此処にいるだろうセリスレイを思うと、現在へ貪欲になる自身をパーシアスは感じていた。
「もう……」
短く訴えると、セリスレイは何度も頷く。望みの侭に離れなかった。
「あっう、あぁっ、ああぁ……!」
身を重ねて動きを速め、ある時に深く突き込み、其処で果てる。
「はぁっ……、でて、る……」
パーシアスへ腕と足を絡ませて最奥を促すさまが酷く扇情的であり、全てを注いで離れても完全に萎える様子は無い。その体を見てセリスレイが其処へ身を伏せる。
「出来る事は、このくらいだから」
言うなり体を迷い無く口に含み、喉奥まで咥え込んだ。
「うっあ……」
パーシアスは思わず呻き、セリスレイの口内で再度大きく硬くなる体に正直ささえ感じてしまう。段差や割れ目へ舌をねじ込まれて弄ばれたかと思えば、喉に嚥下の動きをされると吸い付かれるような感覚に襲われ、完全に悦んでいる体が強い疼きを寄越した。
セリスレイが漸く口を離すと、粘液が糸を引いて口の端に垂れる。
「ふふ、大きくなったね」
垂れたものを舐めずるさまにパーシアスの心が大きく揺れた。セリスレイを押し倒し、腰を寄せた感覚に声が上がるか否かの時に口付ける。
「あっん、んふ、んん!」
先程よりも激しい律動でセリスレイは苦痛さえ覚えたのだが、今やそれすらも求めていた。熱い舌が絡んでくると思考の芯まで熱を持ち、溶けていくような心地を覚える。
「は、んん……んむっ……」
やがて奥深くで一段と大きくなり、見計らって締め付けると素直に欲を放った。大いに注がれ、収まった頃に漸く口を離される。
「パーシアス……」
眼前には苦しげな眼差しがあり、その理由を尋ねる前に答えがあった。
「……足りない」
言葉を聞いてセリスレイが微笑む。
「きて」
やっと身を離した時、何度も注いだものが音を立てて溢れ出す。そのさまに、パーシアスは自身がセリスレイへ消えないものを刻んでしまったのだと改めて知った。
永遠が尽きゆく一つに固執する事は、永遠で支えられたものの全ての崩壊を意味する。結果を解っていながらその行いをした己の愚かさと弱さを、誰が許すのだろうか。
「泣かないで」
いつの間にか溢れていた涙を、身を起こしたセリスレイの細指が拭った。これ程までに近くにいたいと願うのに反し、実際が遠すぎる。
パーシアスはセリスレイをきつく抱き、声を絞り出した。
「俺はお前を、一生傷付けるんだろう……」
あまりに残酷な行為を、最も避けたかった相手へしてしまう事だと解っていても、それは優しい。
セリスレイはパーシアスへ囁く。
「あなたも傷付いているんだよ。だから、お揃いだよ」
そうして口付けられ、互いを慰めるしかない。
窓の外が白み始めていた。
目覚めと共に、悔しさが自らを締め付ける。
ひと夜に後悔は無く、それこそが残酷であり、願いの苦しみだった。
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