あとは羽虫となれば良し
■-1
長期依頼達成のささやかな慰労会のさなか、シーシアスは唇を引き絞ってから口を開いた。
「ジェイスン」
声に気付いてジェイスンが卓の食事から目線を移すと、シーシアスらしからぬ堅苦しい表情が見える。
「何……?」
ジェイスンの返答には僅かな恐れがあるが、シーシアスはそれを宥めもせずに言葉を続けた。普段であればあり得ないシーシアスの行動に他の面々も二人へ視線を送る。
「ちいと後で面貸せ」
言いながらシーシアスはパーシアスへ目配せし、パーシアスからは頷きが返った。事前に打ち合わせしていたのだろうか。
「まるで取って食うような顔をしているね」
穏やかさは普段通りにアキリーズが告げ、パーシアスも堅い表情の侭で淡々と応える。
「場合によっては、そうなるかもな」
「えっ」
生真面目なパーシアスからの厳しい言葉とあって、ジェイスンはいよいよ記憶を漁り出した。何か二人の逆鱗に触れる事でもしたのかと過去を振り返るが、これといって見付からずに更なる焦りを呼ぶ。ジェイスンの顔から血の気が引き始めたところで、ユリシーズが首を傾げた。
「おまえたち、怖いの?」
言葉はシーシアスとパーシアスに向けられ、二人の真意を僅かに語る。場合によっては怒り狂うが、そうなってほしくないとの本音だ。
「そうさな。まあなんだ、悪いようにはしねえ」
「その割りに随分と威圧するな」
シーシアスへ言い放ったハーキュリーズの表情にも不満が表れていたが、ふと向けられた視線にハーキュリーズは思わず鼻白む。
「少なくとも俺達にとっては大ごとだからな」
溜め息混じりに応えたパーシアスとシーシアスは、同じように静謐な目をハーキュリーズへ向けていた。
「くく、小舅達の尋問ってところかな」
アキリーズが喉奥で笑い、的確に状況を説明する。他にユリシーズとハーキュリーズが食堂に残されており、ハーキュリーズの何処か落ち着かないさまを二人で見守る形になっていた。
ハーキュリーズはいつに無く不機嫌を露わにしてアキリーズを見る。
「何処まで知っているんだ」
声音の棘はアキリーズへのものではない。アキリーズもそれを解りながら答えた。
「今話題の君については、経験と夢見があまり良くなかった、僕とユリシーズが知ってるのはこれくらいで、ぼんやりしているよ」
「そうか……」
返答にハーキュリーズはシーシアスとパーシアスへの疑いを恥じる。アキリーズの遠慮の無さは時に素直さに化けるものだ。嘘でもなければ、嘘をつく必要性も感じているまい。
其処にユリシーズの問いが飛ぶ。
「あいつのにおい、おまえからしたけど、繁殖しないの?」
ユリシーズの性格や語彙量を考えるとおかしくはないが、あまりに直接的な言葉に二人は苦笑するしかなかった。だからこそ、ハーキュリーズは苦しむ事無く返答する。
「いや。女の部分はもう機能していないからな」
ハーキュリーズは腹の上から女を撫でる。形だけとなったものに価値はあるのか、未だ答えは出ない。
「でも」
ユリシーズなりにハーキュリーズを気遣っているのか、声音には弱々しささえ感じられた。
「いっしょだって、あいつと、決めて、そうでしょう?」
「ああ。私達がそれで幸福だと感じたからな」
答えを聞いて尚も不安を瞳に揺らすユリシーズの頭を、アキリーズは撫でて宥めながら普段の調子で告げる。
「君達の結論を解っていない二人じゃあないだろうけれど。君もあちこち心配で忙しいね」
「ふふ、そうなるな」
裏の無い二人がハーキュリーズには有り難く、表情からは漸く緊張が消えた。
Next
Back