一縷のたより


■-2

 ひとまず目印の青い紐を解いて手紙を読むと、普段と少し違う事が書かれていた。箱は余分に質の違う紙も入っていて窮屈になっている。二枚目を読む前に他の紙を読むように指示があり、内容へ多少不安もあったが、それ以上に気になっていた。彼が仲間と思う人々の思いがどのようなものか。



 苦しい事ってのはすぐ投げ出したくなるもんだけど、お前さんは投げ出さねえでしっかり自分の出来る事してるよな。あいつとは似た者同士なんだろな。
 あいつも良くやってるよ。だから無理だけはさせねえ。お前さんも無理はしねえようにな。
 大切なやつに元気でいてほしい気持ちも大切にされていいって、俺は思うんでね。



 砕けた口調に似合わず達筆な一枚目の次を読むと、文末に代筆との記載があった。



 恐ろしいよ。おまえの力。
 でも使わないんだよね。恐ろしくて、解ってるから。
 おまえが、おまえだから。
 おまえをおまえにしたやつの事、大切だから。
 だから、怖くない。



 三枚目は二枚目と同じ筆跡だ。二枚の文末には同じ名前がある。



 全てを抱える身分は疲れるものだね。
 疲れてしまうのは、君が生きている証拠だと思うといい。
 長く疲れる中で、彼の存在はほんの一瞬だろうね。
 その一瞬こそがとても大切なんだと君は知っているんだろう。
 丁度、彼が君に教えてくれたように。



 四枚目は華奢ながら少し固い文字だった。



 あいつはお人好しだ。だがその相手は選んでいる。
 あいつが貴方を選び、貴方があいつを選んだ、ただそれだけだ。
 それだけを喜び合える事の幸福を貴方も知ったのだろうな。あいつを見ていれば、そう想像するのは私でも簡単だ。
 どうか両者に穏やかな日々があらん事を、私は願おう。



 最後、五枚目は幼いような、やや癖のある字が並ぶ。



 あいつは真面目で優しいから、貧乏くじ引くような事も結構あるんだ。
 そんなあいつが俺達を信じてくれたみたいに、俺達もあいつを信じてる。
 だから信じてくれってのは無理かもしれないけど、みんな元気でやっていけるように精一杯頑張るよ。
 だからどうか、そっちも元気でいてくれ。



 そうして青い紐で留められていた二枚目を読む。



 みんながどんな事を書いたかは俺も知らない。
 ただ、お前を悲しませるような事は書いていないと思う。
 種族も性格もばらばらで、俺も含めて曲者揃いってところだけど、それだけはみんな一緒だって簡単に想像出来るんだ。
 けれど一つ困ったのは、みんなお前に会いたがってる事だな。
 土台無理かもしれないけれど、ちょっとだけ考えてくれたら、俺も嬉しい。



 その後は心身を気遣う言葉で締め括られ、全ての文章を読み終えた頃には、込み上げる笑みと涙で自身の高揚を知った。
 高ぶりには忘れようもない、初めて友人が出来た時と同じ感覚がある。彼は良き人々と出逢ったのだと、確信も容易に出来た。
 急ぎ机に向かうと喜びが紙の上に走り、並べられる。整列しているかは怪しかったが、後悔はしないだろうと思えた。
 一息に書き上げた紙束を詰めて、箱を抱いた黒の鳥をまた飛ばす。夜空に紛れて密やかに運ばれる思いは頼り無い。すぐに途切れそうな願いは、それでも寄り添ってくれた。
 明日に全てが失われ、己一人が取り残された時には、大いなる悲しみの果てに小さな思い出をよすがにするのだろう。そしてその時が早く訪れないようにと、一縷の望みへ思いの丈を託した。



 夜更けに黒い鳥が辿り着いて、密やかではあるが歓声が起こったのは初めての事だ。
 それぞれへ宛てられた言葉は紙の上を喜びに舞い、熱を伝える。熱の中には凍えている淋しさがあるが、それすらも抱いて今日を歩むのだろう。
「ん?」
 一枚だけパーシアス以外が読むようにとあり、大人しく指示に従って五人だけで手紙を覗き込んだ。



 少しだけ思い出話を聞いてくれないかな。
 旅立つ日に彼は、私に贈り物をしてくれたんだ。
 遠い未来に私が淋しくないように、彼の瞳の色、海と宵闇の色を忘れるな、と。
 今思えばとても詩的で、彼は顔を真っ赤にするだろうね。
 勝手でごめんなさい。こういう内緒話をしてみたかったんだ。



「不思議ではないな」
「らしい、よね」
「んー。教えてね」
「すっげえなあ……」
「だなー、ごっそさーん」
「みんな何なんだ……こら寝るなっ」
 予想通りの反応に、遠い友人も笑うのだろう。



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