鍵とある日々


■-5

 鍵を手にしてから幾日が経った。休暇を利用し、一人きりで朽葉通りの鍵屋へと向かう。
 もし引き出しが反応してくれるのならば。鍵には何の効果も無いというのに、性質へ縋りたくなっているのは何故なのだろうか。
 店の扉をそっと開くと、やはり戸棚の空間は静かにあった。その中の一つの取っ手を掴む。
 思い出し、願う。淋しげな泣き顔に、諦めるしかない憂いに、揺らめく影に、激情を抱えた微笑みに、僅かな慰めを希う。手を伸ばし、掴めるのであればそれだけでも良かった。
 すると、力を入れたか否かの時に戸が開いた。中には一本の鍵と説明の書かれた紙が入っている。まず紙を手に取り、読み進めていくと堪らず大きな溜め息が零れた。そうでもせねばまた心が溢れ出してしまいそうになる。
 鍵を手に取ると物としての冷たさが伝わるが、果たしてそれだけなのだろうか。宿りもしない体温は、いっそ愚かしく熱かった。



 小箱に入っていた手紙に添えられた、小さな鍵を手に取る。思えばパーシアスから物を贈られたのは初めてであり、その貴重さと遠さに切なさが募った。
 庭を象徴する鍵だというそれは、何を開けてくれるのだろうか。開けようとして折れてしまわないだろうか。しかし最も開けてほしいものは側に無く、開けてしまえば全ての最後だろう。そしてこの平和で強大な箱庭の主たる己は、全ての最後を顧みない。
 それでも行動に移さないのは、パーシアスが悲しい目をするさまを見たくないからだ。たとえ彼の命尽きた後だとしても、そうする事が想像するに難くないならば、手を止めておきたい。責任転嫁するようで申し訳無いものの、大きすぎる基準になっている。
 足りないものは二度と埋められないが、解りきった空白こそが狂おしく求めているものだとは痛い程に理解するところだった。この苦しみすらも、痛みに苛まれながら抱き締めてしまう。
 見詰めていた鍵がいつの間にか濡れていた。





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