鍵とある日々
■-4
月明かりに照らされた姿を見て、思わず呼吸を忘れてしまった。不格好を見付けたハーキュリーズがこちらを見て微笑む。それに射止められたかのように暫く動けなかったが、ジェイスンにとっては想いの表れであり、大切に触れたいと願うものだった。
「呼びに来たのか?」
「ううん、探してただけ」
返答にハーキュリーズが短く笑う。笑顔に見惚れてその手にある輝きに気付くのも遅れてしまった。
「……あ、それ」
小さな鍵は雪の鍵だと記されていたものだ。ハーキュリーズは掌の鍵に視線を落とす。
「何とも不思議なものだな。繊細なパーシアスはともかく、私が雪だとは」
「そうかなあ、ハーキュリーズらしいと思うけど……」
するとハーキュリーズは考えるように首を傾げ、ジェイスンへ向き直ると鍵を差し出した。
「この鍵を、お前はどう思う?」
ハーキュリーズは他者へ意見を求める行為をあまりしない人物だが、それが責任感と緊張感の表れだと気付いたのも最近の事だ。
「『氷細工』ってところが、なんか……心配になったかな。壊れなさそうで、すぐに溶けて無くなるから。強いけど、無理しやすいかなって」
答えを聞いてハーキュリーズは手を引き、また月へ目を遣る。
「そうか。では、無理は控えるようにしよう」
楽しげな横顔は決して珍しいものではないが、逐一胸中を刺激してくる感覚には一向に慣れる気配が無かった。それで良いのだろう。
そうしてハーキュリーズの唇が動くのを認識してから、投げかけられた言葉に気付く。
「お前の鍵は、待ち続ける雨だったな」
始めから握られていた左手の中には、戸棚から取った雨の鍵があった。手をそっと開いてみると、小さな鍵は鈍く光る。
「ジェイスン」
顔を上げると、いつの間にかハーキュリーズはジェイスンを見詰めていた。瞳から目を離せないのは一体どちらなのか、どちらでも嬉しいと片隅で思う。
「お前の『孤独』に、『歳月』に、私はいるか?」
言葉にひとひらの不安が見えてしまうが、見せてもいいというハーキュリーズから寄せられた想いに心身が震えるようだった。
「うん。いてくれて、良かった」
笑い合い、月を見る。あとどれ程こうして過ごせるのか。不安の付きまとう日々は、だからこそ愛おしい。
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