此処から見えるあなた
■-2
「ツチ、ノコ?」
先程から小動物に観察するような視線を寄越していたシーシアスが口にした推測を、パーシアスは首を傾げてその侭訊き返す。小動物は肩に乗っており、居心地がいいのか少々眠そうにしていた。
「伝承の生物だってされてるもんにいるんだわ。けど、伝承の地域が違いすぎっからなあ」
シーシアスの育った土地は全く別の文化が根付いた遠方である。遠い地の伝承がこの地にまで届くのは疑問であり、その逆もあまり考えられない。
「伝承にある特徴と合致する点は多いのか?」
ハーキュリーズの言葉にシーシアスは小さく笑う。
「多いどころか、そのまんま」
体の形、鳴き声、移動方法からいびきまで、事細かな伝承そのものにもかなりの疑問点があるが、一致してしまう以上は否定出来なかった。そして伝承の生物という点にパーシアスは一抹の不安を覚える。
「じゃあ、狙われたりするんだろうか」
「仮にそうなるとして、今更追い返しても絶対に聞いてくれないと思うよ」
アキリーズの指摘も尤もであり、そうするのは最早無責任でもあるだろう。そもそも追い返す気持ちが湧いてこない。
パーシアスが悩ましく眉間に皺を寄せていると、不意にユリシーズが口を開いた。
「寝てる」
「うん? ああ、また寝たみたいだ」
先程の戦いで疲れたのか、小動物ことツチノコは完全に眠りに落ちている。
「何も出来ないのに、だからいいんじゃ、ないの?」
眠りは大抵の生物にとって最も無防備な瞬間である。それをパーシアスの側で見せているのだ、ツチノコが彼に寄せる信頼は大きいのだろう。そしてパーシアスも信頼に応える事をはなから疑問に思っていなかった。
「そうだったな」
山道の終わりと共に迷いも終わる。
木の実は食べるようだが肉類はどうなのか、試しに保存食の干し肉をツチノコへ食べさせてみると、特に問題無く完食する。食べ方はやはり丸飲みだった。
夕日が沈む頃に宿へ帰り着き、早速亭主へツチノコについて相談する。連れている動物の世話を不在時に亭主へ頼む冒険者も珍しくなく、基本的には余りの食材で餌を確保してくれている。雑食で助かった、とは亭主の弁だ。
パーシアスは亭主から余っていた空の木箱を譲り受け、中に藁を敷いてツチノコの寝床を作る。木箱は寝台の下に入る高さであり、夜中に誤って蹴飛ばされる心配も無い。出来上がった寝床へツチノコを入れてみると、藁のにおいを嗅いでから潜って顔を出した。
「気に入ったようだな」
片付けをしながらハーキュリーズが笑うのは果たしてどちらに向けてなのか。応えるようにツチノコが一声鳴く。
「そういえばシーシアス、ツチノコの伝承は他に何か解るのか?」
この地にまで伝わらない伝承である、パーシアスにとってはシーシアスが頼りになっていた。
「確か粗方言ったくらいしかねえなあ。あとはそうだな、酒好きとか、名前の由来とかか」
「酒か……意外だな。由来は地面の土じゃないのか?」
「あー、そりゃよく誤解されるやつだな」
聞けば、布を叩いて柔らかくする作業などに使う槌の形が由来らしい。
「詳しいなあ」
感心するジェイスンにシーシアスは陽気に笑う。
「その手の本をよく読んでたんでなー、結構知ってるほうに入るんじゃねえかな。伝承にゃ他に妖怪ってえ怪物の仲間も、そりゃもうたんまりいやがるから面白えもんさ」
首が何処までも伸びる妖怪、顔の無い妖怪などが伝承に登場するらしい。いないとは言いきれないところは証明の難しさでもあるのだろう。
「ツチノコは妖怪じゃないのか」
「妖怪は幽霊に近えから、生き物ってとこでもう違ってくんな」
怪奇現象か未発見かの違いに感心したところで片付けも終え、ツチノコも連れて全員で階下の食堂へと向かう。パーシアスの肩がツチノコの定位置になったが、痛めそうな重さではない。
食堂の席に着くと、すぐさま宿唯一の従業員が注文を取りに来た。五人分の注文を聞く中でツチノコに目を留める。
「その子が例の?」
「ああ、俺がいない時はどうか頼む」
言葉からして亭主から情報を得ていたらしい。従業員にも世話を任せる事になるだろうと、パーシアスは頭を軽く下げた。
「ちー」
挨拶するように鳴いたツチノコへ従業員も微笑んで挨拶をする。害虫など余程のものでない限り生物への嫌悪感を示さない人物である事に助けられた形だ。
やがて料理が運ばれてくる。ツチノコ用の小皿に注がれた酒は果たして口に合うのだろうか。テーブルに下りたツチノコがにおいを嗅いでから下顎で掬うように一口飲むさまをパーシアスは見守るが、嬉しそうに鳴くところ好みに合ったらしい。つまみも兼ねて自身の食事から少々よそってやり、漸くパーシアスも食べ始める。
「そういえば、ツチノコはたった一匹だったのかい?」
アキリーズが何かに興味を示すという行動へ若干驚きつつ、パーシアスは頷いた。
「ああ、住処にもこいつしかいなかったみたいだ」
「独りぼっちだったのかな……」
ジェイスンの推測にはハーキュリーズが補足する。
「群れでいたならば目立った発見例ももう少しあっただろうしな」
ともすれば、仲間がいるかどうかも解らない侭だったかもしれない。人懐こい性格からして孤独を感じていたのではないかとも思われた。
「淋しい……」
ユリシーズの呟きには実感があり、少なからず共感しているようでこれも驚く点である。珍しい反応を見せたユリシーズの頭をアキリーズが宥めるように撫でてやった。
ツチノコにとっての幸福が何かは推し量れないが、食事を滓も残さずに平らげたツチノコからは少なくとも現在を気に入っていると感じる事は出来る。もしこの先、野生に帰りたがったならば叶えてやりたいとも思うのは、あくまでツチノコの自由意思を尊重したいと考えるからだ。
これからどうなるのかは定位置に戻るツチノコも知らないだろうが、それで良いと思えてしまう。何かが通う者同士、不明瞭が最適なのかもしれない。
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