ナゲキバト
■-7
寝台に座り、痛まない腕に包帯を巻く。塞がってこそいるが、夥しい曰く付きの傷痕は他者が見て気分の良いものではないだろう。何より依頼者への心証に関わる。
頭の中は、微かにざわつくような感覚がするだけで、意識を侵食する程ではない。寧ろ生涯で一番透き通っていると思えた。
膨大な知識も今は眠りに就いており、得た力も大部分を失った。それが本来のものだと思えば、漸く自らの力を使っているような心地がする。喜びまではしないが納得は容易かった。
傍らにはユリシーズがいる。楽しそうで、それを何故だとは思わない自分がいた。身支度を終えて、ユリシーズへ声をかける。階下の食堂へ向かう足取りは普段以上に確かなものだ。やがて目指した丸テーブルにいた三人が、こちらに気付いて手を振った。
「もういいのか?」
「お陰様で、言われた通りゆっくり眠れたよ」
返事にパーシアスが安堵の笑みを見せる。思えば彼はあまり笑顔を見せないのだが、その言葉は感情豊かなので、生真面目が故の堅さなのだろう。
「もう昼だし、何か食べるか?」
食べていたものを呑み込んでからジェイスンが尋ねた。今日は寝込む覚悟だったのだが、然程体への影響も無かったので普段通り過ごしているようだ。
「そうだね。何にしようかな」
「胃に優しいものがいいだろうな。丁度薬膳粥があるらしいぞ」
「じゃあ、それにするよ」
宿に尋ねたのか、材料を依頼したのか。ハーキュリーズの気配りも有り難いものだ。
注文してから暫くすると、食堂の中央で歓声が上がった。見るとシーシアスがゲーム勝者の証に拳を突き上げている。こうして場へ自然にいられるのも、彼の根回しのお陰だろう。
もう物を見る事はかなわない目をわざわざ向けるのは癖なのか、それとも感心の表れなのか。どちらでも悪い気はしない。ふと視線を外し、宙を見る。
「ねえ、ユリシーズ」
テーブルに頬杖を突いていたユリシーズは、視線を同じく宙に漂わせている。
「居るね、此処に」
「うん。いっしょ」
存在を確かに感じた世界は、別段輝きはしない。今は喧しい程の彩りを見せていた。
遠い過去が燃えていく。封じたものも、滅ぼしたものも、燃え尽きていく。いずれそれは、現在をも燃やすのだろう。業火は自分達を許す筈も無い。
許されざるものの中で、自分達は生きて、尽きる。いつか見た鳥が嘆きを知らないように。
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