あなたを追った、わたしがいた


■-1

 夕日を背にして、一直線に枝を振り下ろす。それだけで地が裂け海が割れる気がするのは、冒険者への憧れが見せる夢だ。その現象が幻であると言い切れないのも現実だが、今は夢でしかないのもまた現実だった。しかし枝の先端に残っていた葉がまだ落ちないさまも特別なものに映り、枝は力を秘めた武器に変わる。
 続けて力の限り枝を振り回そうとして、ふと見付けた姿に集中は容易く途切れた。手を振り声を張り上げて合図する。
「シーシアスのあんちゃん!」
「おっ。よーっす、ルーノ」
 呼ばれてひらひらと片手を振りながら、シーシアスは小さな冒険者へと歩み寄った。まだ幼いルーノをそうと扱う者はあまりおらず、シーシアスには特に信頼を寄せる程だ。
「元気みてえで何よりってもんよ」
 屈んで目線を合わせたシーシアスの言葉にルーノは首を傾げる。
「何言ってんの?」
「いやいや、何って――」
 今まで依頼で幾日か旅に出ていた事を伝えようとしたが、シーシアスの言葉を向けられた枝が遮った。
「まあいいや、剣術教えてよ」
 シーシアスの得物はこの地の武器とは異なるものだが、他の武器の心得も確かにある。少なくとも間違った使用法を教える羽目にはならない。
「はいよ、遅えからちいとだけな。今日のそいつは?」
 枝を指しての言葉にルーノは目を輝かせて答える。
「聖剣!」
 まずあり得ない種類には全く言及せず、シーシアスは問いを続けた。
「長さはどうだい?」
「このくらいっ!」
 言いながらルーノは枝の中程を折った。その短さならば本物の剣でもルーノの腕力で取り回しが利くだろう。戦闘経験の無い者、特に子供は憧れのあまり身丈を越える大きな剣を強いと思いがちだが、実際は自身が使えるかが重要であり、場所によっては武器そのものを変えなければならない。現実的な長さを選んだルーノに以前の教えが見えて、シーシアスは確実な成長への喜びを不敵な笑みに含める。
「承知しやした」
 木の葉が夢の儚さに散っていたが、夢とは時に現実を正しく教えるものだ。
 ルーノとていつかは成長し、どう生きるか選び取る時が来る。もしも夢に描く通り冒険者になるのならば、選択は常に険しいものを迫られるだろう。その覚悟は今するものではないが、切れ端でも知っておくに越した事はない。
 公園に移動し、シーシアスも手近な枝を見付けてルーノの横で素振りをする。鋭い風切り音がルーノの憧れを刺激し、思わず力むがすぐにやめた。無駄な力を入れるなとも教わっている。
「そういえばっ」
 素振りを真似しながら、少々乱れた呼吸混じりにルーノが言う。
「昨日っ、何であんなにっ、けちだったんだよっ」
「昨日? 俺は今日やっとこせ街に帰ってきたんだぜ?」
「ええっ、嘘だあっ」
 奇妙な言葉にシーシアスは素振りを止めてルーノへ向き直った。
「ルーノ。ちいと詳しく聞かせちゃくれんかね」
 声音の重さにただ事ではないと察知し、ルーノも動きを止める。枝を握る小さな手に汗が滲んでいた。



「偽者?」
 宿の部屋に集まったパーティの誰もが驚いた表情でシーシアスを見遣る。その中でアキリーズが念の為情報の信憑性を尋ねた。
「子供の言う事だっていう一蹴は出来ないのかい?」
「人の区別くれえは付く年頃だぜ? それに、おかしいって思いながら疑えねえのは相当ってもんよ」
 そしてシーシアスが人を見誤るのも想像出来ず、アキリーズは頷く。
「成る程ね。その子の話を信じるよ」
 シーシアスの聞いた話によれば、姿形、その得物までが間違い無くシーシアスのものだったという。しかし声をかけても言葉は返らず微笑むだけで、遂に一言も話さずに立ち去ってしまったらしい。
 ハーキュリーズが顎に手を添えて考える。
「人間とは考えにくいし、既存の姿を模倣する種族だと考えるのが妥当だろうな」
「やっぱそうなるわな」
 納得するシーシアスとは対照的に、ジェイスンが首を傾げた。
「その種族って、姿を真似して何するんだ?」
「様々だな。悪行をするものもいれば、善行をするものさえいる。そして当人が出会えば死をもたらすともされるな」
 ハーキュリーズの説明を聞いて恐怖を滲ませるジェイスンを見つつ、パーシアスの言葉が飛ぶ。
「けれど、今のところ何もしていないんだな」
「今んとこな」
 念押しに告げたシーシアスの言葉は重かったが、其処にユリシーズが気付いたように呟いた。
「するなら、すぐに出来る、けどしなかった……」
 方方に顔の利くシーシアスである、仮に悪行をしたのであれば今頃は宿に苦情が殺到しているだろう。しかし善行をするにしてはルーノへの態度が謎めいている事もあり、そうとする決定打は無い。
「今はなんも解んねえけど、各々ちいと気い付けてくれや」
 全員の頷きを確認して、シーシアスは疲れた溜め息をついた。



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