あなたを追った、わたしがいた


■-3

 部屋を去る背中を見送り、各々が寝床に入ろうとする中でジェイスンが呟いた。
「シーシアスらしいけど、大丈夫かな」
「危ない賭けはしないから大丈夫だろうな」
 パーシアスが欠伸混じりに応えると、ユリシーズから情報が飛ぶ。
「無かったよ、不安」
「じゃあ、今回は賭けでもないってところかな」
 アキリーズの補足にハーキュリーズが小さく笑った。
「ふふ、あとはあいつに任せておくか」



 ルーノの決意は固かった。
「俺の姿を貸すよ、それでどう?」
「そいつは……」
 危険を伴う提案にシーシアスは苦い顔をするが、全く退かないルーノに言葉が止まる。退きたくなかったのかもしれない。
「夜だったら家から出られないし、そいつとは会わないだろ。だから……お願いだよ」
「ルーノ……なんでお前さんが其処までするのかね」
 シーシアスの静かな問いには、自身の力だけで事を片付けられない現実への悔しさが滲んでいた。それを汲み取る力は、シーシアスから学んだ中にある。
「そいつの気持ちが解るから。自分を誰も見てくれないって、凄く淋しいんだ」
 言葉にシーシアスはルーノの過去を垣間見たが、其処に言及するのは今でなくとも良い。幼さ故の無謀ではなく、ルーノ個人としての強い意志に、シーシアスは一つ頷いた。
「解った。お前の気持ちも、覚悟も、俺がしかと引き受ける」



 約束の深夜、言葉を交わしたあの公園に向かう。冷えた風がシーシアスの頬を撫でたが、持っているランタンを揺らす力までは無く、向かう先へ緩々と流れていった。
 ルーノの示した感情にはシーシアスも覚えがあった。認められない存在とは孤独であり、孤独の解消の為に、或いは孤独そのものと戦い続ける道を行くしかなく、道に終わりは無い。認められないと気付いてしまった自らの記憶が道となってしまう。
 無へと埋もれる自我を受け入れられずにシーシアスは戦う事を選んだが、それも生物としての営みの一つに過ぎない。たとえ埋もれても戦いとなっただろう。誰しも何かと戦い、結果として存在している。
 公園の青草を踏み締め、シーシアスはゆっくりと歩み寄る。足音に振り向いた小さな影はまさしくルーノのもので、そうではない。
「来てくれた」
 声はやはりか細い。シーシアスを模倣した時に喋らなかったのはこの為だろう。
「約束は守るくちでね」
 その傍らまで来るとシーシアスは腰を下ろし、無防備に足を投げ出した。隣も倣って同じように座り込む。側に置いたランタンの灯りは頼り無いが、二人だけは照らし出していた。
「あんたは何処から来たんだね?」
「解らない。気付いたら、此処にいた」
「そっか。そりゃあ驚いたろ」
 すると、掠れてはいるが笑い声が聞こえる。
「そう、そう。驚いた。それから、ずっとひとを見ていた。楽しそうだった。羨ましくなった」
「けど、あんただって解る姿がねえから、其処に入れなかったと」
 返った頷きには深い諦めが重くのしかかり、その侭俯かせた。
「ただそれだけが、わたしには、出来なかった」
 項垂れた頭をシーシアスの掌が撫でる。優しさに促され、涙が零れた。
「わたしはもうすぐ、限界になる。此処にも、いられない」
「限界ってえと、消滅しそうなのか」
 頷きでまた涙が落ちる。それすらも自身のものではない。
「誰かにわたしを、覚えていてほしかった。だからわたしは、愛されたかった」
「そいつについちゃ、ちいとばかし叶ったかもな」
 濡れた顔を上げると、シーシアスの不敵な笑みが見えた。
「どうして」
「だってさ、俺もルーノももう忘れらんねえよ。確かに人数は少ねえけど、こりゃ量より質じゃあないかね」
 文字通り命を懸けての出会いは、二人の思いの強さを語る。それを思う程に涙が溢れ出た。
 シーシアスはしゃくり上げる小さな肩を抱く。冷たい肩がこれまでに震えていたが、願いを込めるように引き寄せた。
「ありがとう……」
 不意にその体から仄かな光の粒が立ち上り、徐々に輪郭が崩れていく。
「お前さんは、ちゃんとひとの事考えられるいいやつだよ」
 そう告げたシーシアスへの微笑みが全てを代弁し、無数の光の中に淡く消えた。



 翌日、シーシアスは仕事へ向かう前に広場でルーノと落ち合う。昨夜の出来事について聞いたルーノは、いつになく沈んでしまった。
「あいつ、消えちゃったんだ……」
「いや、そうでもねえかも」
「えっ」
 俯いた顔を弾かれたように上げたルーノへ、シーシアスは自身の胸元を親指で指し示しながら疑問に答える。
「なんかの加護が付いてるって仲間二人に言われてな。そっちに詳しいやつらが太鼓判押したし、誰かさんのする事とあっちゃあ信じられるってもんだ」
「そっか……。俺にも付いてたりして?」
 恐れの無いルーノにシーシアスは思わず笑った。器の大きさで将来につい期待してしまう。
「はっは、かもな!」
 そうして笑い合い、二人を擽るようにそよ風が吹いた。



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