呼び声の作法


■-1

 パーシアスの膝の上に乗ったツチノコは、やがて眼前の飼い主と同じように首を傾げる。ツチノコには悩ましい事柄も伝わっていないだろうが、寄せた眉根が気になってはいるらしい。
 きっかけは階下の食堂で聞いた、宿の店員からの一言だ。
「そういえばその子、名前は無いの?」
 言われてから気付いたのは遅すぎるとパーシアスは自身でも思ったが、ツチノコという伝承の存在、その名称へあまりにも慣れが無かった事も要因だろう。
 ツチノコを抱き上げ、目線を同じにしてからパーシアスは問いかける。
「名前、欲しいか?」
「ちー」
 伝わっているかは相変わらず定かではないが、小さな羽と短い尻尾を動かすのを見るに喜んでいるようだ。だからこそ責任重大であると感じてしまう。
「おーい、パーシアス」
 パーシアスを軽く呼んだのはシーシアスだ。今は皆部屋で寛いでおり、思い思いの会話も一区切り付いたらしい。パーシアスが顔を上げてみると仲間五人からの視線があった。
「幾ら悩んだって出ねえ時は出やしませんぜ」
「それはそうだろうけど……」
 語尾を濁すパーシアスへ、アキリーズが眉間を指差しながら告げる。
「くく、何でもいいっていうのは正解が無くて厄介だね」
 指摘されて尚、パーシアスは悩む顔をやめられずに溜め息をついた。
「多分そうなんだろうな……」
 ツチノコに名前の意味が伝わらないとしても、無責任な命名はパーシアスの性格上出来ない。由来が単純であれ複雑であれ、ツチノコにとって大切なものになる可能性があるのならば誠意を以て名付けたい、そう考えるのがパーシアスという人物である。
 ふとユリシーズがアキリーズへ告げた。
「名前って、アキさんが付けて、アキさんも付けてたよね、何か見て」
「そうだね、君と僕の名前は本に載っていたものから取ったんだよ。何の本だったかな」
 それにジェイスンが驚いて声を上げる。
「えっ、じゃあ二人共後付けなんだ」
「うん。ユリシーズは名前が無かったみたいだよ」
 過去にあった凄惨さが名付けたきっかけなのだろうが、危険が付きまとうそれには言及しないでおいた。
 其処までの会話を聞いていたハーキュリーズはふと気付いて口を開く。
「パーシアス、本でも見に行ったらどうだ?」
「本って言われても、ツチノコに関する文献なんて此処にあるのか?」
 ツチノコは遠い異国の未確認生物とされ、詳しい伝承もほぼ異国でしか無い。異国で過ごし文献を読み込んでいたシーシアスがいたからこそ、そもそもツチノコであるとの判断が出来た程だ。
 ハーキュリーズはパーシアスへ首を横に振る。
「いや、目当てはそれではない。最近は命名に関する書籍もあるからな、人から動物まで様々な要領が載っているかもしれない」
「そういうのもあるのか……」
 何処か迷っているパーシアスへ、シーシアスが言葉を投げた。
「便利なもんに頼っても罰は当たんねえしなあ」
「そう、かあ……」
 多少安堵の篭もった溜め息混じりにパーシアスは天を仰ぐ。羽を動かすツチノコは相変わらず上機嫌のようだった。



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