遠き赤と彼方の望み


■-4

 荒い呼吸を聞いてアユルスが閉じていた目を開けると、床に手を付いて苦しむジダルドの姿が見えた。レイズの使用による身体への負荷が大きかったようだ。
「ジダルド」
「大丈夫……ちょっときついだけ」
 額に汗を滲ませながらもジダルドは微笑んでみせる。動けなくなる程の負荷ではないらしい。
「うう……」
 アユルスが呻き声を上げた少女へ目を遣ると、やがてその目元が動く。瞼を開いた少女はアユルスとジダルドを見るなり、表情を歪ませ大粒の涙を零した。
「うう、うぐ……おうじさま……」
 それは希望を喪失した悲しみであり、アユルスはかぶりを振る。
「君を迎えに来るだけの王子様は何処にもいないよ。君の事を見て、知って、想ってくれる人は、君から探しに行かないと会えないんだと思う」
 アユルスは蘇生された少女から消えた夥しい痣へ、過去のナユルと自身を重ねた。
「だからまずは、勇気を出して君自身を大切にしてあげてくれ。その為には逃げたっていいんだ。生き延びてくれ」
 言葉に少女が大声で泣く。それは満ちる絶望への叫びであり、此処に無い希望への呼び声だった。



 犯人の目的は推測でしかないが、依頼を受注していたジダルドの報告や被害者の証言、提出された犯人の核からアドベンチャーズギルドも赤髪事件を解決とし、被害者はそれぞれの住まいへと帰された。
「後味悪いね……」
 問題を残しつつ終了した事件へ、酒気に染まりつつある溜め息をつきながらグノリアが言葉を零す。
 同じく円卓を囲むナユルがスープを見詰めながら口を開いた。
「あたし、あの子の気持ちも解るんです。独りぼっちだと何も見えなくなるから……」
「あの子があの子らしく生きられるようになるといいんだけどな……」
 実感の伴ったナユルの言葉へアユルスも頷く。沈む二人の様子へ、今回の祝勝会兼慰労会の主催者であるソラザカは感心したように告げた。
「二人共大変だったでしょうに、優しいんですね」
「そんな……」
 否定の言葉を同時に出しかけたアユルスとナユルが顔を見合わせ、その様子へ頭にルルムを乗せているジダルドが軽くかぶりを振る。
「アルもナユルちゃんもさ、自分より先にヒトの事を心配するって、あんまり出来ない事なんだよ。まあ、そういうとこがまたいいんだけどねえ」
 ジダルドは言葉の終わりにパンを口に放り込んだ。アユルスとナユルは照れたように笑い合う。
「何にせよ、こうして全員無事で良かったですよ。アユルスさんに何かあったら私も泣くに泣けません」
 ソラザカの言葉にアユルスが驚きを露わにした。
「えっ、社長が、ですか?」
「ええ。アユルスさんに感化されて勤務態度を改めるかたもいましてね、こちらとしては有り難いばかりですよ。あと掲示板の飾り付け、あれもとても人気なんですよ」
 続けてグノリアも頷きながら同意する。
「そうですねえ、みんなに締まりが出たというか。それと掲示板、あれ無くなったらすっごく寂しいですよねえ」
「お兄ちゃん、凄いなあ」
 ナユルからも畳みかけられ、アユルスは明らかに照れて俯いた。
「有り難うございます……」
「アハハ、ほんといいコだよねえ」
 礼の言葉を忘れないアユルスへ茶化すようにジダルドが告げるが、全くの本音である。
「あぇえ」
 珍しくルルムが声を発し、絶妙な追い打ちをアユルスへかけた。
「ルルム……!?」
「これは満場一致ですねえ」
 グノリアがルルムを見ながら満足そうに頷いて告げる。素直さの織り成す実直へ皆が納得する中、アユルスは更に顔を赤らめた。



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