遠き赤と彼方の望み


■-3

 戸締まりをして自室に戻ったアユルスは、以前使っていたサイコソードを手に取る。破損した為に幾度か買い換えたものだが、サイコソードを手にした始まりは義母を殺害した際に父ルイセのものを持ち出したのがきっかけだ。当時ただ生き延びる為に使ったものは、今回守る為に振るわれるだろう。
 スリプルの書を納めたホルスターを腰のベルトへ付け、準備を完了したところで小さく息をつく。緊張感は果てしなく、好まぬ戦闘の感覚を思い出させるが、今はそれで良いのかもしれない。
 ナユルの部屋へと戻りジダルドを待つと、程無くしてテレパシーが届いた。
『アル、そっちに飛ぶよ』
『うん』
 返答するとすぐさま眼前にジダルドの姿が現れる。その腰に二本の剣を携えており、一つはアユルスと同じサイコソードだが、もう一本は判別が付かない。
「その剣は?」
「これ? サンブレードだよ。幽霊系なら、ってね」
 サンブレードには精神体へ直接干渉する力があり、精神体で動いているゾンビ系や幽霊系などのモンスターへ特に効力を発揮するものだ。鍵を開けた犯人を考えての事であり、熱に弱い傾向のあるスライム系ならば特殊能力で対応出来るだろう。
「あとアルにお守り、ファイアの書のページ」
 告げながらジダルドが小さく折った紙を一つアユルスへ差し出した。アユルスの強大な魔力から放たれる火炎魔法の凄まじさはジダルドも知るところである。
「有り難う。いざって時に使わせてもらうよ」
 アユルスが紙を受け取ると、不意にジダルドは腕を伸ばしアユルスの頭を撫でた。
「きっと大丈夫だよ、ナユルちゃんも塔を上ってきたんだしね」
 緊張と不安が表へ出ていたらしい。ジダルドの気遣いへアユルスは頷き、一度深呼吸を挟んでから告げる。
「……大丈夫。始めてくれ」
「うん。アルにも思念を繋げるからね……いくよ」
 合図にアユルスが頷くとジダルドは意識を集中させ、思念を飛ばした。
『ナユルちゃん、聞こえる?』
 小さな声で、だが確かに呼びかけてみる。呼びかけはアユルスにも伝わり、静かに返答を待った。
『――き……て……』
 弱々しい思念を聞き、アユルスが素早くジダルドの腕を持った瞬間テレポートが発動する。目の前に人間と骸骨の後ろ姿、そして地面に倒れているナユルを見付け、アユルスは素早くサイコソードを鞘から抜きつつ、スリプルの書を取り出し開くと無言で発動させた。突如倒れた人間へ骸骨は驚く暇も無く、曲がりくねった青白い魔力の刃を間近に目にして止まる。
「動くな」
 精神体で活動する系統のモンスターが頭部に持つ核を狙われ、骸骨は両手を上げた。その間にナユルへ駆け寄ったジダルドが治癒を施す。
「……ジダルドさん」
 徐々に鮮明な意識を取り戻すナユルへジダルドが微笑みかけた。
「大丈夫だよ」
 傍らではサイコソードを構えたアユルスに促され、骸骨が人間を背負って逃げていく。骸骨達の立てる物音が完全に遠ざかってからアユルスはサイコソードを納め、血相を変えてナユルへ駆け寄った。
「ナユル! 大丈夫か!?」
「お兄ちゃん……」
 ナユルは一瞬弱々しく顔を歪めたが、次には堪えて立ち上がる。
「あたしはもう大丈夫。だけどこの先の大きな建物に、赤髪の女の子が四人閉じ込められてる。でも……」
 気丈に振る舞うナユルの指が示した方向には、一目で廃屋と解る建物があった。繊細な屋根の飾りや窓の装飾を見るに、住まいではなく式場であるようだ。
「一人変な女の子がいて……犯人を王子様って呼んでた。その子の大声であたしが逃げたのも気付かれたと思う」
「王子様……?」
「犯人の身内って訳でも無さそうだね」
 アユルスと同じく式場を見遣るジダルドも釈然としない思いを抱えるが、今考えても仕方の無い事として一旦区切りを付ける。
「犯人は目使いだけど、目玉系じゃないみたい。あと、この辺りはもう滅んでて無法地帯だよ」
 戦闘に支障が無い事実は戦闘を避けられない現実でもあった。先程の人間達も無法地帯に乗じた盗賊の類いだろう。
「解った。気を付けるよ」
 応えるアユルスとジダルドへ、ナユルが力の及ばない悔しさを滲ませて頭を下げた。
「お兄ちゃん、ジダルドさん……後をお願いします」
 思いを受け取り、アユルスとジダルドは一つ頷く。
「ナユルがこんなに頑張ってくれたんだから、きっと成功させるよ」
「そうそう、その為に俺達も頑張らないとね」
 穏やかな言葉に頭を上げたナユルは、二人へ漸く安心を見せた。



 ジダルドにナユルを任せ、アユルスは一人式場へと向かう。今頃はテレポート先のアドベンチャーズギルドが多少騒ぎになっているだろう。連絡は日頃の遠距離会話の通り、ジダルドが会得し続けているテレパシーで行う事となった。こうして非常時にも役立つとは考えもしなかったが、有り難いのは確かである。
 廃村を抜け、式場へ辿り着くと割れた窓から室内を確かめたが、誰の姿も無かった。入り口へと移動し扉を調べると鍵がかかっておらず、少女達を捕らえている部屋のみ鍵をかけているようだ。
 注意深く扉を開け、広間の両側にある階段を上るとナユルから聞いた二階の部屋を目指す。廊下を進むと一室の扉が開いており、微かに物音が聞こえた。ホルスターの魔法書を開きながら慎重に歩み寄り、薄暗い室内を窺うとふらつきながら佇んでいる三人の少女の姿が見える。いずれも赤い髪だが、様子には何処か違和感があった。
「大丈夫?」
 アユルスが小声で呼びかけると、少女達が一斉に振り返る。その虚無の表情にアユルスが違和感を強めた瞬間、少女達が掴みかかってきた。アユルスは咄嗟に呪文を破棄し魔法書を発動させ、軽い催眠魔法に三人は意識を失うが、勢いはその侭にアユルスへ倒れ込んでくる。
「ぐっ……!」
 三人の重みを受けてアユルスもまた後ろへ倒れるが、頭を強打する寸前で身を捻り回避した。痛みに耐え、覆い被さる三人から這い出すとアユルスは屈み込み、三人の容態を確認する。掻き傷と汚れに塗れてはいるが深手は無く、恐らくは犯人の持つ幻惑の目により操られていたのだろう。幻惑は一度意識を失えば効力も失われるので、アユルスのスリプルから目覚めた際に再び暴れ出す事は無い。
 一人足りない少女の安否が危ぶまれ、アユルスは急ぎジダルドが繋げているテレパシー宛てに思念を飛ばした。
『ジダルド、こっちで三人見付けた。今飛べるか?』
 するとすぐさま思念が返る。
『うん、ギルドに根回しし終わったとこ。行くね』
 程無くしてアユルスの背後から軽い物音が聞こえ、振り向くとジダルドの姿があった。驚きの表情は倒れている少女達に気付いてのものだろう。
「これって」
「俺のスリプルで眠ってるだけ。幻惑で同士討ちさせられたんだと思う」
「そっか……。此処に残すのも危ないし、このコ達連れてまたギルドに行ってくるね」
「頼む。俺はあと一人を探しに行くよ」
 言葉に頷くジダルドと入れ替わりで部屋を出ようとしたアユルスへ、ふとジダルドが声をかけた。
「アル」
 足を止めて振り返ると、少女達を確かに抱き留めながらジダルドが困ったような微笑みをアユルスへ向ける。
「無理だけはしちゃ駄目だからね?」
 多少戯けたような口調に、アユルスは強張っていた己の頬を軽く撫でて同じように微笑んだ。
「うん。有り難う」
 身を案じる言葉を受け、アユルスはそれだけのもたらす感情を噛み締める。応えたい願いも、己の奥底から湧き上がる強さだった。



「ジダルドさん!」
 少女三人と共にテレポートを無事に終えると、アドベンチャーズギルドの前に待たせていたナユルが驚きを露わにする。
「これって」
「三人共アルのスリプルで寝てるだけだよ。幻惑にかかってたんだって」
 説明しながらジダルドは一人をナユルへ託し、ギルドへと足を踏み入れた。ナユルを送り届けた際にギルドへ事情を知らせてはいたが、意識の無い少女達に周囲が一段と騒然とする。
 少女達をギルドへ任せ、外へと出たジダルドにナユルが深刻な表情で告げた。
「王子様の女の子がいなかったです」
「今アルが探してるけど、犯人に同調してたらやばいかもね」
 加害者へ被害者が同調してしまう事例は珍しいものではなく、そうなれば救出はより困難なものとなるだろう。最悪の事態すら予想出来たが、それを口に出す余裕も無い。
「俺はアルのところに戻るよ。ごめんね、後任せちゃって」
「いいんです。ジダルドさんも気を付けてくださいね」
「ありがとね、早めに終わらせてくるよ。じゃあまたね!」
 慌ただしく恐怖へ巻き込まれ不安も続く中、尚も気丈夫なナユルの無理する理由を汲み取り、ジダルドは努めて笑顔で応えた。そうして再びアユルスを座標指定しテレポートする。
 切り替わった視界に、豪奢な身形をした青白い肌の男とアユルスの背を見付けるが、身を折り荒い息をするアユルスの姿に劣勢だと理解した。男はジダルドを見ると長い金髪の間から瞳を光らせるが、やがて表情を不機嫌に歪める。
「お前も私の愛をはね除けるのか」
「身勝手なアンタに愛なんて無いでしょ」
 向けられた幻惑の目へ言葉を吐き捨てたジダルドはアユルスの背へ手をかざし、発動させたヒーリングで幾許か癒やした。そうして呼吸を整える中でアユルスはジダルドを振り向かず、それ程に余裕が無いのかもしれない。
「あいつ、消える……」
 傷の見当たらないアユルスが絞り出した情報で、相手が精神体であるとジダルドも知った。消える相手から不意討ちされ、生命力を直接奪われた為に傷も無く弱っているのだろう。
 室内は天井の高い広々とした式場であり、ところどころ割れたステンドグラスが陽に輝いて男を照らし出している。壊れた参列者用の長椅子が十数脚設置されている為、実際に行動可能な範囲は狭い。男の背後にある祭壇前には痣に塗れた赤髪の少女が一人力無く座り込んでおり、その場から動こうとしなかった。
 出方を窺い睨み合っていると、不意に少女が口を開く。その眼差しは陶酔しきっており、男へと注がれていた。
「おうじさま……」
 敵視とは真逆の言葉を少女が掠れた声で紡ぐ。男は呼び声に優雅な所作で振り返った。
「ああ、愛しのヘカテル」
「そうよ、わたしは、ヘカテルでいいの」
 その短い会話が足りなかった事実をほぼ語り、アユルスがサイコソードを握り締めて苦しげに告げる。
「なんで……なんでお互いにお互いを見てないんだよ、そんなのいつか壊れちゃうじゃないか」
 少女の瞳に厳しい光が宿り、暗く言い放った。
「いつかなんて、いつ? おうじさまはきてくれた。だからわたしはヘカテルになる」
「その人は君の王子様じゃない! 君を見もしない人が君の王子様にはならないよ! 君を救い出してくれる人じゃない、気付いてくれ!」
 少女へ強く訴えると、男がアユルス達を振り向く。怒りに歪められた顔はいっそ怪物のようだった。
「ヘカテルは渡さぬ!」
 姿を消され居場所が解らなくなった瞬間、ジダルドはアユルスへテレパシーを飛ばす。
『俺に合わせてみて』
 以前ジダルドは敵の思考を読み取りアユルスへと渡す中継点になった事があるが、今はそれも不要であるとの判断からだ。
『うん』
 思念へ応えたアユルスの目がジダルドを注視する。ジダルドはサンブレードを鞘から抜いて構え、ある時突如としてアユルスの方を向いた。アユルスは顔のすぐ横を過ぎるサンブレードの刃を恐れもせず、ジダルドに合わせて振り向きざまにサイコソードを薙ぎ払う。二つの刃の向かう先には男の姿が出現し始めていた。
「ぎっあ……!」
 肩口と腰を深く斬られ、男の姿が揺らめく。傷口からは精神体の生命力が漏れ出しており、湯気のように漂っては消えていた。
「おうじさま!」
 少女が枯れた声を絞り出して叫ぶと共に男は再び姿を消し、次には少女の傍らに現れる。そうして少女を抱き上げると、次には嗜虐的な笑みを浮かべた。
「ヘカテル。さあ、共に参ろう」
「はい、おうじさま」
 躊躇無く少女が答えた直後、男の赤く発光した手が少女の首元に触れる。止める暇すら無く、生命力を吸い取られた少女から一切の力が抜けた。
 傷の塞がった男は少女の体を投げ捨て、その行為にもジダルドは嫌悪感を滲ませて告げる。
「アンタ、押し売りが大好きなんだねえ」
 言葉に男が頭を抱え、苦しむように身をよじった。
 ヘカテルが恐怖に顔を歪めた記憶があるような気がする。それはいつの事か、何の為か、思い出したくもなかった。そうして思い出したくない理由だけが思考を漂う。
「黙れ、黙れ……ヘカテルは私と共にある!」
 激昂した男が姿を消しつつジダルドへと飛びかかるが、またも思考を読み取ったジダルドは再び実体化した突撃を後方へ跳んでいなした。其処へアユルスが合わせ、鞭のようにしならせたサイコソードの刃を振り下ろす。物理と異なる魔力の刃は精神体の首を斬り落とし、男は首のみで宙を舞い距離を取った。傷口から生命力こそ大量に漏れているが、核が無事である為に死んではいない。
「なあ、貴方はヘカテルさんさえも見えてないのか?」
 アユルスの問いへ首は笑った。その目は虚ろにアユルスの向こうを見る。
「はは……ははは……何を言うか! 其処にいるではないかっ!」
 絶叫染みた言葉にジダルドは小さくかぶりを振り、静かにアユルスへと告げた。
「もういいよ、アル」
「……うん」
 ジダルドと同じく諦めるには充分な狂気を見遣り、アユルスは寂しげに応えると折られた紙を掌に乗せる。
「ヘカテル! 私達は此処にいるぞ!」
 男はアユルスへ揺らめく髪を伸ばしてアユルスへ触れようとするが、届く前にアユルスが静かに呟いた。
「『ファイア』」
 紙が輝き、生成された業火が首へと向かう。炎は髪の先端を伝うと瞬く間に首を覆い尽くし、役割を終えた炎が消えた後には小さな宝石のような核が落ちた。核は床に当たると真っ二つに割れ、転がるとそれ以上動かずに男の絶命を語る。語るものはそれだけだった。
 アユルスとジダルドは倒れている少女へ駆け寄ると容態を確認する。呼びかけて軽く頬を叩くが、最悪を悟ったアユルスが少女の首で脈を確認すると、何も返らなかった。
「そんな……」
 力無く手を離し、絶望を漏らすアユルスの傍らでジダルドは一つ息をついてから呟く。
「それじゃ、やるしかないね」
「何を……、まさか」
 試みにすぐさま気付いたアユルスへ、ジダルドは特殊能力を書き換えながら頷いた。
「あの時は弱かったからさ。今なら、出来るみたいなんだ」
 ジダルドが多量の魔力を込め始めると同時に重い感覚が空間を満たす。少女へかざしたジダルドの片手が白く輝き始め、強くなる光にアユルスが堪らず目を閉じた。
「――『レイズ』」
 最高位の治癒魔法ともいわれる蘇生魔法の光は、あの時の無念までは照らさない。だからこそ優しかった。



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