あなたの夢おてつだい だけ します


■-1 悲劇から喜劇まで

 僕は死にそうだ。
 どうしようもなく弱い体を、僕自身もどうしようも出来ない。
 くそ、ちくしょう、沢山ある恨み言も、声が出せなくて言えない。
 家族は、多分いる。何人か、誰かが随分長く声をかけてきたけど、結局誰も僕の気持ちは解ってなかった。
 違う、僕は恨んでるんだ。この体を何処までも恨んでる。
 違う、僕は大好きなんだ。僕が僕である事が大好きだ。
 ちぐはぐの全部を抱え込んで、僕は今、死にそうだ。
 こんな筈じゃなかった。
 こんな筈じゃない。
 こんな筈で堪るか!



「では、どんな筈なんだ」
 なんか物凄く憎たらしい。第一印象は最悪だった。



 目が覚めると、本棚に囲まれてた。本棚は僕を覗き込むようにして、微妙に動いてて意思を持ってるとしか思えない。
「な、何……?」
 本棚に目は無いのに視線が刺さるみたいだ。そうこうしてると本棚はそっぽを向いて、空中に浮かぶ。それを目で追うと眩しい光が見えて、その中に急に黒い点が現れた。
「置換完了。具合はどうだ」
 黒いものはゆっくり降下して、僕の目の前に、これは立ってるんだろうか。もふもふの黒猫みたいな姿だけど足は一本も無い。葉っぱみたいな薄っぺらの赤い羽が浮いてて、其処から白く細い触手が生えてる。マズルの無い口元はにやにや笑って、憎たらしいとしか思えなかった。
 僕が言葉も出せないでいると、黒猫みたいなものは小首を傾げて触手を横に広げる。解るぞ、肩を竦めたな。
「まあ、若さ故の馬鹿の一つも無いと困る」
「誰が馬鹿だって?」
「なんだ、しっかり判断出来ているではないか。では確認といこう」
 黒猫もどきが言った直後に姿見がささっと飛んできた。其処に映ったのは、大きな垂れ耳、白くて柔らかそうな丸っこい頭、凄く細い体に二本の腕、下半身は細長いもふもふとしたものなだけ。それは、へんてこな、僕だ。
「はあ!? なっ、何これっ!?」
「耳は集音能力に優れているぞ、あと下半身は箒だ」
「なんで箒!?」
「雑用の基本は掃除だからな」
 つまりこいつにとって、僕は。
「勝手にパシリにするな!」
「まあ確かに私の勝手だな。では」
 黒猫もどきが浮いて僕に詰め寄る。
「死に損ないにはやはり死んでもらうか?」
 言葉が喉につっかえた。思い出した、僕はついさっきまで死にかけてたんだ。悔しいけど、こいつが何もしなかったらその侭死んでたんだろう。
 黒猫もどきが離れて、鼻で笑った。
「私事ではあるが私も忙しくてな。其処で手が必要になった、ついては丁度見付けたお前を生かした。従って、お前に断られると困ってしまう訳だ。私も、お前もな」
 くそ、弱みを鷲掴みされてる気分だ。だからせめて、それが痛いと感じる内に。
「生きられるからって、それだけじゃやりますって言えない。こき使われてずっと地獄見るなら、死んだほうがましじゃないか」
 黒猫もどきは何度も頷く。
「確かな対価が欲しいとは良い心懸けだ。なに、食事はお前の基準でまともなものだな。可能な限り娯楽も取り寄せるぞ。休日は不定だが、そもそも滅多に仕事が無いときている」
 僕は思わずまばたきした。
「え……、意外とちゃんとしてる……」
「意外は余計だぞ。仕事の内容も教えてやろう、受付をしてもらう」
「受付? 誰か来るの?」
「取引相手が来る。そいつの要望を聞くのがお前の仕事だ」
 こんな憎たらしい顔で、誰かと取り引きなんて出来るんだろうか。
「何を取り引きしてるの?」
「身体情報、魂のがわと言うべきだな。対象の身体情報を記録する代わりに、対象を望む身体に置換する」
「すご……」
 僕の口から漏れた言葉に黒猫もどきが目を細める。
「共同開発の技術だが、褒められるとやはり嬉しいものだな。さて」
 黒猫もどきがじっと僕を見る。目も猫とは違う。
「どうする。お前は、どうしたい」
 言われてはっとした。僕は、初めて自分で自分の事を決断出来るんだ。初めて正直になれるんだ。
 僕は箒を使って立ち上がった。
「しょうがないからやってあげるよ。なんか面白そうだし」
 黒猫もどきは憎たらしく、楽しそうに笑う。
「くっ、ははっ、そうこなくてはな。其処でだ、名はどうする? 前の侭では狭苦しいだろう」
 そっか、体も換えたし、名前だって変わってもいいんだ。
「変えるよ。なんか気の利いたの無い?」
 黒猫もどきは偉そうにふんぞり返った。
「ふむ。ベンヴェヌート・ギルラーンダ。どうだ」
 『花冠の歓迎』ねえ。
「いいね。あんたは?」
「フィオリトゥーラ・フォッレー、と名乗っている」
 『狂い盛り』、自分で言ってちゃ世話無い、けど。
「あんたらしくていいね」
「そうだろう。これから頼んだからな、ベンヴィ」
 こうして僕の生涯は幕を閉じ、幕間を経てまた幕開けになった。滅茶苦茶だけど、なんだか楽しそうだ。



 光の中を本棚の群れが泳いでる。
 此処は世界の一つ、夢工場。フィオリトゥーラ・フォッレーの作成した領域。気分屋で、探しても見付からなくて、本当に望んだ人の前には現れる。
 此処には落とし穴がある。望みを叶える為の体をくれてやるだけ、夢の手伝いをするだけで、決して叶えてはくれない。
 さて、迷い込む誰かは、どんな夢を持ってるんだろう。



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