あなたの夢おてつだい だけ します
■-2 さいきょうのそんざい
ちりんちりん、夢工場に呼び鈴の音が響いた。望む誰かを此処に引き込んだ合図だ。
フィオリは宙に光で浮かんだ図面と睨めっこしてて何も言わない。いつもみたいに僕に応対させる気なんだろう。受付の仕事を引き受けて、もう何年経ったっけ。
今回の依頼者はどんな人だろう。僕は下を見て、きょろきょろして怯えてるちっちゃな獣を見付けた。
この場所の不思議な構造もすっかり慣れた。本棚の群れの中を螺旋状の光る帯で滑り下りて、少し光ってる床に着地した。この体は体幹も凄く強いみたいで、高いところから飛び降りてもびくともしない。
「なに……、どこ……、どうして……」
これはどの世界の言語だったかな、まあ解るから何処でもいいか。
「あんたの夢の手伝いをするところさ」
「ゆめ……?」
「今の体が不満だって思って、別の体が欲しいって望んだ、あんたの夢」
僕の頭の上を巨大な本棚がゆっくり通り過ぎる。大きさだけなら、水族館で鯨を展示しても敵わないんだろうな。
「此処は世界、夢工場。その受付。あんたの夢、手伝うよ」
本棚の本、本型の記録媒体の群れが音も無く飛び立って、次々に中身を見せて提案した。
「ゆめ……、わたしのゆめ……」
本に囲まれた獣は多分、何処にでもいる種類だ。牙とか爪とかあるんだろうけど、見た目はひ弱そうだった。
「わたしは、さいきょうになりたい」
そして直球の望み、だけど。
「そういう抽象的なカテゴリは無くってね。目録を見せるから、少しずつ選んでみて」
本を一冊捕まえて、言語設定して、獣に差し出した。本の図面は浮かび上がって、立体的にパーツを見せてくれる。
「はやくはしるあし、するどくおおきなきばとつめ……」
注目するパーツに腕が無いのは、やっぱり今の身体構造が慣れてるからかな。
「きまりました」
獣の潤んだ目が僕を見る。多分、こういう目付きがぐっと来る人もいるんだろうな。
「結構早かったね、じゃあ始めよう」
僕は目映い光の塊になってる上に向かって叫んだ。
「フィオリ! 作業して!」
これじゃどっちが雇い主なんだか。光の中から下りてきたフィオリに獣はまた怯えてるみたい。
「ねこじゃ、ない……」
「ふむ、一目で猫ではないと解るが、判断基準に出したものは猫。なかなか興味深い」
僕から見てもフィオリは微妙に猫に見えて、微妙に猫じゃない。だから猫と違って憎たらしいんだろうな。
「作業を始めよう。その夢の手伝いだけをしよう」
「フィオリは急にキャンセルする事もあるからなあ。良かったね」
だからこの受付が欠かせない。自分の手に負えない事が少しでも実現すると、結構みんな本性を見せてくれる。
「よろしく、おねがいします」
獣はやっと怯えるような仕草をやめた。
「あーあ」
目の前に映った光景を見て、思わず呆れた声が出た。依頼者のその後をこっそり見るのはフィオリの趣味なだけみたい。見る期間もフィオリが飽きるまでだ。
獣は血だらけで倒れてる。
「まもりたかった、のに、どう、して」
言葉と血を吐いて、獣は動かなくなった。
獣は獣の思い描いた姿になったけど、他の人からどう見えるかまでは考えに入れてなかったみたい。
獣が守りたかった主には化け物に見えたんだろう。必死で逃げる主を獣は必死に追いかけて、獣の爪が引っかかった主は真っ二つ。獣は取り乱して、暴れたところを退治された。
「狂乱した強者は凶事を呼ぶ、そんなところか」
さいきょうを見ながらフィオリがコーヒーを啜る。こういう結果も珍しくなくて、僕ももう慣れっこだ。
「狂乱ねえ。それって最初から?」
「かもな」
尽くすっていうのも考えものかもね。
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