■-1 「1/3」

 街の片隅、邪魔だという意識もされない場所に、壊れかかったそれはいた。
 子供がそれに向かって自慢話をする。偶に手遊びで対戦している。いつか、側で同じ手遊びをした際に真似をするように手を出していたのだという。
 時に子供は八つ当たりをするが、殴られても痛がる様子すら見せない。子供のする事と解っていたのかもしれない。
 大人は近寄らないか、軽く可愛がるかだった。後者には弱く微笑んでみせ、大人しいと評されていた。
 そのがらくたの様子を、気紛れに彼は見ていた。



「賊が攻めてきたぞ!」
 小さな町に時折響く叫び声を合図に、陰に隠れていた彼は布で顔を覆った。外れの洞窟へと避難する為、寒空の下を人々は逃げる。どちらにとっても慣れたものだった。
 人の流れをやり過ごした後、中央広場に出ると六人の男達を見付けた。痩せ型から太った者まで様々であり、中でも彼は珍しく整った体型をしていた。男達の中で唯一浅黒い肌をしており、風貌が何処由来のものかは忘れてしまったが、往来の激しいこの町では珍しいものでもない。
 無人になった街を、彼らは蹂躙する。宝石採掘を資源とする裕福な町だが、発展途上の侭でいるのは控えめな住人の性格からだ。最初こそ抵抗もしていたが弱く、現在では全てを諦めている。
 誰もいないので覆面に意味は無いのだが、この時になると彼は着けるようにしていた。他の者は面倒になったらしく着けていないが、覆面をすると何かが切り替わる気分になるからだ。
 金品を見付けては笑う他の者に見向きする事も無くなった。盗賊団に加入して始めの頃は現状を選んだ理由に疑問を持ったが、決まって単純な答えにしか辿り着けず、いつしか下らなくなり疑問を拭い捨てた。
 声がかかり、蹂躙の手伝いを始めた。民家に入り幾つか金品を手に取ってから、ふと思考の隅に過る。がらくたはどうなったのだろうか。
 彼は危険を知りながら、町へ足繁く通っていた。住人に覚えられないよう、誰とも接さずに街の空気でいた。そうして和やかな街の空気を好いていた。
 先日襲撃したすぐ後だったか。街の片隅にいたのは異形の類いだった。歩けないらしく、その日の冷たい雨に晒されていた。
 誰かが運んでやっただろう。
 思う度に手が止まった。
 誰が運んでやるというのだろう。
 思いを最後に民家を出る。飼われていた犬がすれ違いざまに鼻を鳴らした。
 中央広場を抜ける。歩いて向かったのは、子供の基地になるようなほんの片隅だ。
 片隅を見て、足が止まる。
 遊ばれても、可愛がられても、所詮はがらくただ。中には気を留めた子供がいたかもしれないが、制止する大人もいただろう。
 飼われた動物以下だ。
 彼はゆっくりと近付く中で、がらくたの顔を見る。がらくたは静かに泣いていた。微笑みを絶やさず泣いていた。大きな一つ目から、大粒の涙が零れている。
 がらくたは解っているのだ。がらくたから見れば人間など愚かにしか映らないに違いなく、故に愚かさで打ちのめされるのだろう。
 がらくたは賢い。彼は思う。思いながら、目の前に屈み込んだ。
 腕を差し出し、拳を作って構える。
「最初は……」
 言葉に合わせて軋みながら腕が動いた。
 勝負のかけ声の後、開いた彼の手の向こうに鋏が一つあった。決着に彼はがらくたを肩に担いだ。身長の割りに酷い軽さだ。
 中央広場へ向かい、物色を終えた一人から問われた。
「なんだそりゃ」
「がらくただ」
 少し考えたが、やはりこうとしか言えなかった。



 町から離れた山の古城を盗賊団は根城にしていた。以前この地を治めていた者の城だというが、その煌びやかさは面影を残すだけだ。
 雪が積もっており、道を行くのは容易ではない。盗賊達がいつものように不満を撒き散らして進む中、彼は黙々と殿を務める。
 肩に担がれているがらくたは動かない。動こうとしないだけかもしれない。腕は金属製だが細く折れやすい印象で、こびり付く錆がそれを煽る。
 見えてきた城門には雪が重々しく積もっており、近寄ると一部が音を立てて落ちた。櫓の者から合図を受けて門の閂が外されると、先頭が門を乱暴に蹴り開ける。
 門が閉じられ、また閂がされる。城内へと入り、他の者は一目散に暖炉に集まる。彼は収穫を机へ置くと、二階の自室へと向かう。
 階下から笑い声が聞こえる。頭の声だ。いつも聞いているが、いつも聞きたくない声に思う。部屋に入り、彼は肩のがらくたをそっと椅子へ下ろす。
 覆面を外し、暖炉に火を入れる。やがて弾ける音が聞こえるようになると、彼はもう一度がらくたに向き合った。
「喋れるか」
 か細い声で喋ったが、聞き取れない。声量が小さいからではなく、言語自体が違う。彼の言葉も解らないのだろう。別世界から来たならば大抵は言語に関する知識を魔力で叩き込まれるのだが、その力も当人が望まなければ無効だ。がらくたは諦めたのか黙り込んだ。
 暫く静寂が続いたが、彼は自分の事を指差してみた。
「朝霧」
 もう一度指を差して言ってみる。
「あ、さ、ぎ、り」
 彼の名前がそれであると判断出来たようで、がらくたは懸命に真似をして言った。彼は言葉に頷いてみせる。がらくたは喜んで小さく笑った。
 不意に団員の一人が乱暴に部屋のドアを開けた。酒を飲もうと誘う手には大きな瓶が握られている。
「そんながらくたに構わねえで、なあ」
 酒自体は好きだったので、断る理由も無く彼は部屋を出る。だが何とは無しに振り返った時、柔らかな笑みに見送られた。
 酒の席で団員が彼にがらくたを連れてきた理由を訊くが、適当な言葉ではぐらかす。
 考えてみると何故なのだろうか。同情だけで重い荷物を増やすような馬鹿な真似はしない。考えているうちに何本か瓶が空き、そろそろ寝ようと自室に戻る。
 戻った彼を出迎えたのも柔らかな笑みだった。



Next

Back