微か確かに


■-3

 レグレルグが目覚めた頃、まだランドは起きていなかった。体を置換されてからはランドも人並みに睡眠を必要とするようになり、当初は寝坊ではない時も寝すぎたと慌てて起きる事が多々あったのを覚えている。その頃を思うと懐かしくなり、レグレルグは小さく笑った。
 物音を立てないようそっと起き上がり、レグレルグは畳んで置いていた着物を着始める。此処に来た当初の服装は帰らなければならない事実を改めて感じさせ、名残惜しさを呼んだ。
「んんーっ……」
 着替え終わったところで聞こえた声に振り向くとランドが大きく伸びをしているさまが見える。目はまだ眠たげだ。
「起こしちゃいましたか?」
「いや。そろそろ時間だよな」
 起き出したランドもまた着替えると、二人で持ってきた荷物を確認する。生活用品は設備で賄えたので荷物の出番は殆ど無かった。
 支度も終わり、部屋を出ようとするランドの背後からレグレルグが声をかける。
「ランドさん」
「ん?」
 振り向いた先にレグレルグの笑顔があった。
「とってもいい時間でしたね」
「そうだな、凄え良かった」
 思えば、レグレルグのその表情が見たかったのかもしれない。
 階下へ下り、受付へ鍵を返却して玄関へ向かおうとした矢先だ。覚えのある声が響く。
「ランド! レグ!」
 二人が振り向くと駆け寄るヒカギの姿があった。長らく待っていたのだろう。
「ヒカギ君!」
 息を切らすヒカギは、苦しさに構わず声を絞り出す。
「見送り、たくて……」
「ありがとな、こりゃ至れり尽くせりだな」
 ランドの言葉でヒカギは照れたような笑みを見せた。出会った当初からは考えられない表情の豊かさだ。
「昨日一日、とっても楽しかったです。有り難うございました」
 告げるレグレルグの髪には景品の髪飾りがあり、穏やかに記憶を思い起こさせる。
「こっちこそ有り難う。すっごく楽しかった」
 ヒカギの目に涙まで滲んでいるのを見ながら、ランドはヒカギの肩を軽く撫でた。
「見違えたな。お前ならこの先も大丈夫だろうさ」
「そう、かな。そうだといいな……」
 まだ幼いが、確かに強さを身に付けたヒカギに力を感じずにはいられない。ランドはヒカギの肩から手を離しながら羨望すら覚えていた。
「そんじゃ、そろそろ帰っかな」
「うん……えっと」
 ヒカギは少々考えてから、頭を下げて告げる。
「またのお越しを、お待ちしております」
 ヒカギなりの別れの言葉に、ランドとレグレルグは軽く頭を下げた。
「ほんとありがとな!」
「楽しかったです!」
 ヒカギとて再会は難しいと察しているのかもしれず、ほろ苦い時となった。



 舞羽々亭を出て帰路を歩く中、ふとランドが呟いた。
「朝飯、何処で食おっかなー」
「そうですね、どうしましょう」
「なんか、いつもの食いたい気もするけど」
 ランドの考えにレグレルグが笑う。
「ふふ、そうします?」
「んじゃ、そうすっか」
 帰り道の中で普段へと戻る感覚もまた、大切なものなのだろう。



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