ひとよいとしき
■-1
至って我儘な一夜から暫く経ち、ふとした瞬間に温もりが恋しくなる。アローネは自身の卑しさを改めて知ると同時に、限りを知らずに増していくユーズトーリュを求める心が止められず、抱えきれない苦悶へ変貌し始めていると自覚するしかなかった。
夜半に執務を終え、彼女が控えている背後を振り向くにも勇気が必要だと思い知り、アローネは無様な自身をどうしたものか、考えた末に無駄だと悟る。
「アローネさま」
呼び声にも振り向けないでいるアローネへ、ユーズトーリュはそっと歩み寄る。まだ呼ばれ慣れておらず、彼女が口にする己の名だけで胸中が飛び跳ねる心地だった。
「なや み くるし む こころ は、あたたかい もの です ね」
見透かされた事にはもう驚かないが、見透かした上でのユーズトーリュの心には疑問が残る。そうして素直になりたいと思えた。
「あの……、これには少し、訳があって」
視界の隅に映った小首を傾げる仕草さえ一種の誘惑に見えるのは、アローネ自身の望みからなのかもしれない。
「みんなは、楽しむものなんだって。その……情事を」
口にした途端に顔が熱を持つのを自覚したが、欲望を隠すには随分と無駄な足掻きだった。
「けれど……それをしたら、僕は父上達と同じ事をするんじゃないかって……」
感情を育む中に付きまとう不安と、普遍的な行為への憧れがせめぎ合う。二つの重なる事がまず普遍的ではなく、故に葛藤するしかなかった。
不意にユーズトーリュが腕を伸ばし、体を抱いてくる。温かさが乱れていた思考を鎮め、安心すら与えてくる事を不思議だと思わないのは、彼女への想いを自身でも理解した頃からだ。
「いいえ」
穏やかに告げられた言葉に疑問はあるが、疑念は無かった。
「もとめ て くださる から こそ、おやさしい の です よ」
彼女を使おうと考えるならば不安など生まれようもない。不安の根源に彼女への想いがある事を、彼女は全て解っているのだ。そして理解を以て、彼女は僅かな苦悶に揺れる声で囁く。
「ユーズトーリュ は、その やさしさ を もとめ て しまい たい の です」
聞く内にじわりと身の奥が疼き、アローネは己の卑しさと共に彼女の激情を知るしかなかった。利害の一致と表せば淡泊だが、中身を見れば混ざり合った欲が暗がりで仄明るく赤熱している。冷めやらぬ熱を密やかに、突き動かされる侭に絡め合っても良いのだと、ユーズトーリュの望みが語っていた。
腕の中で、アローネの不安が最後の抵抗を見せる。
「君の為に、なってくれるの……?」
「はい」
迷いも淀みも無い返答に、不安は容易くほどけていった。
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