ひとよいとしき
■-2
裸身になってみて、背後のユーズトーリュを振り向けない自分に気付く。拍動は激しくなる一方で、衝動も増してはいるのだが、湧き上がる恥じらいは彼女を想ってやまないからなのだろう。毎日の中でふとした瞬間に想いが増えていく事実は、ユーズトーリュの存在に大層振り回されているのかもしれない。
「アローネさま」
不意に呼ばれる事さえも嬉しさを覚えてしまう。その侭伸ばされた腕の中に収まってしまえば、伝わる温もりが今まで混沌としていた思考を嘘のように静まらせた。穏やかな安心に満たされ、漸くユーズトーリュを振り返る。
「ユーズトーリュ」
微笑みの中に熱情で潤んだ瞳を見付けて、存在に振り回されているのは自分だけではないと知る。彼女の体をそっと寝台へ倒すと、安心の中に疼く熱が生まれ始めた。突き動かされる侭に口付けると、疼きは一気に全身へと広がる。
唇をこじ開け、舌を差し入れると彼女も懸命に絡み付いてくる。柔らかく溶けてしまいそうな熱の中、啜るものが唾液だけではない事に彼女の存在を思い知った。息が苦しくなって口を話すと、だらしなく唾液が糸を引き、彼女の口の端に垂れる。半開きの唇から覗く口内のぬめりも、生々しさのただ中を物語るには充分だった。
段々と貪欲になる己を認めながら、アローネはユーズトーリュの肩口に顔をうずめる。重ねた体は自分だけが煩く鼓動を響かせているが、耳元では熱くなった彼女の吐息が聞こえた。
首筋に唇を押し当てて、喉元の傷痕へ舌を這わせる。鎖骨を通って胸元に口付けを落とすと、頭を撫でてくる手で彼女の胸の内を知った。彼女の滑らかな肌をそっと撫で、色の変わる先端を指先で恐る恐る弄ると小さな声が上がる。痛いのでは無いと知ると、思考の芯が熱くなった。
腰の曲線を撫で、下腹部に手を差し入れる。ぬめる箇所の小さな突起に指が触れた瞬間、強い感覚でユーズトーリュの体が小さく跳ねた。優しく円を描くように弄ると、感覚の遣り場が無いのか彼女の足が動く。
「あ、あっ……」
指を離すと糸を引くさまが見えて、彼女の求めを知る。アローネの体も熱を覚えており、自らの卑しい部分と、それ以上に求めていたい衝動を疼きで伝えてきた。
「ユーズトーリュ、その……」
しかし一抹の不安から先に進めず、己の恥と彼女への失礼を承知で尋ねてみる。
「どうすればもっと、君の為になってくれるかな……」
拙い己を恥じるアローネへユーズトーリュは小さく笑い、不安を宥めるように頬を撫でてくれた。
「この あと に、すこし の あいだ その まま に して ください」
「それだけ……?」
「はい。この からだ が べつ の そんざい を うけ いれる じかん は、あまり かかり ません」
ユーズトーリュの体からすれば内部に侵入した異物になるが、それも慣らせるようだ。ただし彼女はそうされた事が一度たりとも無く、どうなるかは未知数らしい。
「痛かったり怖かったりしたら、すぐに言ってね」
「はい」
ユーズトーリュの表情に不安の色は無いが、内心はどうなのだろうか。最高潮の緊張の中で体を宛がい、ゆっくりと埋めていく。最奥まで届いた頃には蠢動で強い疼きに襲われ、堪え忍ぶしかなかった。
「アローネさま」
ユーズトーリュから伸ばされた腕に包まれると、疼きこそ変わらないが多幸感が内に湧いてくる。温かな感覚、共にいる喜びは何時も薄まらないのだと思い知るのも何度目だろうか。
「じかん です」
不意にユーズトーリュが囁く。実際はかなりの短時間であり、本当に良いのかと不安に思うが、繋がりの熱もあって耐えきれなかった。腰を引いてみると、ユーズトーリュの体が震える。
「あぁあ!」
荒い呼吸には熱が篭もり、耳に絡み付いて離れない。少し埋めただけの体へ内部は必死に縋るように吸い付き、それだけで前回とは全く違うと理解した。
決して性急にならないように突き入れると、目立った声が上がる。過去、彼女が相手の嗜虐心を満たす為に上げる声を非常に不本意な形で何度も聞いたが、それらとは全く異なるものだ。彼女自身でさえ抑えられない、彼女の衝動を痛感した。
「はぁっ、あ、あう……あはぁっ」
思考は既に形を無くし、彼女の浮かされた表情を見るしか出来ず、更に気分を高揚させる。高ぶりが強く主張し、やがては自身と彼女の境目が解らなくなっていく錯覚に陥るが、それすら喜びを覚えてしまった。
粘液質な水音と二人の吐息、衣擦れと寝台の軋みが響く。音は近いようで、彼方のような気もするのは意識が乱れている所為なのだろう。疼きはそろそろ激しくなり、動きが速まっていく。
「んんっ、あっ、アローネさまっ、ああぁっ」
「ユーズトーリュっ……」
視線が絡み合い、吸い寄せられるように口付ける。熱く柔らかな舌を舐め摺り、絡ませて啜る事に何の躊躇も無く、ただ心身の熱に突き動かされた。
「はぁ、あっあぁ……!」
ユーズトーリュの切ない声と共に内部が一層きつく締まる。限界を迎えて全身に感覚が広がり、離れる事も出来ず彼女の内部へ欲を注ぎ込んだ。しかし鈍くなった動きの中でも、今し方が嘘のように再度熱を持ち始める体へ気付く。繋がり合った侭、口だけは離してユーズトーリュの顔を窺うと、茫然とした表情が見えた。彼女の熱い吐息はやがて弱々しく言葉を紡ぐ。
「アローネさま……。もっと、みたし て ください……」
囁きに焦がれた時には体が動いていた。背筋を上る寒気のような疼きが止まらない。彼女の内部は吸い付いて離れず、注がれたばかりのものを境目から溢れさせながら次を欲している。アローネにだけ向けられた貪欲は深淵なるものだが、受け止める事を少しも恐ろしく思わなかった。
言葉を発する事も、思考する事もかなわない程に疲労し、身体の欲するに従って尚も求める姿が、ユーズトーリュへ堪らない疼きと感情とを与える。無茶をして汗に塗れた体を抱き寄せ、その熱を改めて知る。無茶をさせる事そのものは、この身の持つ作用からである為に申し訳無い心地もするが、其処に優しく触れられた事は途方も無い幸福を呼ぶ。ただひたすらに注がれる直情は、ユーズトーリュが今はこの上無く望むものだった。
やがて果てた体が限界を示し、意識を無くす。後を考えて身だけは離して、浅い呼吸を整えてやるようにその背を撫でる。表情に苦しみは無く、持てる全てを使い果たした脱力と満足とが窺えた。この眠りに悪夢は来ないだろう。
この幸福はいつまで続いてくれるのだろうか。その恐怖は大きいが、それ以上の安らぎがユーズトーリュを包んでいた。今はただ、愛しさへ身を委ねたいと願いながら。
温もりの中で目覚めて、やはり昨夜の記憶が途中から抜け落ちている事に気付く。何か彼女に酷な仕打ちをしていないだろうか、それだけが不安だった。
「おはよう ござい ます」
眼前では紫色の瞳が穏やかにこちらを見詰めている。瞳へ吸い込まれそうな心地になりながら、微笑む彼女へ不安の中身を尋ねてみた。
「おはよう、体は平気?」
「はい」
迷い無く答えは返ってきたが、今一つ不安が拭いきれずにアローネは俯いた。其処へ白い手が伸ばされ、細指が白く変色した髪を梳く。
「ふっふふ。とても きぶん も よい の です」
「そう、なの?」
「アローネさま は、ちがい ます か?」
やや悪戯っぽく問われ、アローネはやはり観念するしかなかった。
「……しあわせ」
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