私雨奇譚


■-4 催花雨

 零と過ごす時間は、とても充実していました。
 それ故に、過ぎ去るのも早いものでした。
 しかしわたくしは、もう淋しくありませんでした。



 窓の外では、雨が降っています。
「ねえ」
 呼びかけた零の体は、淡く朧げになっていました。
「あんな風に、貴方ならなれるわ」
 外には花壇がありました。咲いている花もありましたが、まだ蕾が多くありました。
「大丈夫よ。進んでも、きっと大丈夫」
「はい」
 零が微笑みました。
「行きましょう、催ちゃん」
 揺れて、次には靄になり、わたくしの中へと戻っていきました。



 翌日、わたくしはお世話になった此処を旅立つ決心をしました。
 見送ってくださる中、奥様がわたくしの顔をまじまじと覗き込みました。
『来た時とは大違いね。とっても立派だわ』
『良いお顔になりましたね』
 旦那様からもお言葉を頂きました。
「有り難うございます。そのお言葉に恥じないようにしますね」
 挨拶を交わして、旅立とうとした時です。
「あっ、うっかりしていました、まだ名乗っていませんでした」
「怪雨、じゃあなくて?」
 研究者のかたが首を傾げます。
「それは姓になりました」
「じゃあ、名前は?」
 零がくれたものは、わたくしには叶えられないかもしれません。
「催花。怪雨 催花といいます」
 しかしいつか、花を咲かせられるように、わたくしは進もうと思うのです。



 催花雨(さいかう):春に花が咲くのを促すように降る雨

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