ひとつ歳上のヒーロー 2
先輩を知ったのは一年前。
高校受験の日だった。
「すごーい……」
高校生が二人、テニスコートでシングルマッチをしていた。速い球を打ち合っている。
特に青のウェアの人が鋭いショットを放っている。
「君ー、受験生? そろそろ始まるよ」
「あ、すみません! ありがとうございます」
テニスコートの金網に張り付いていた僕に、腕章をつけた高校生が声を掛けてくれた。見入っていて、試験に遅れてしまうところだった。
「あれ、二人とも全国行っているんだ」
その人はすれ違いざまに教えてくれた。
「受かったらテニス部入ってくれよ」
「はい!」
高校に入ってから、この時声をかけてくれた人が市田先輩という名前と知ったけど、先輩は僕のこと覚えていなかった。
試験はよくできたと思う。
終わってからまたコートに行ったけど、もう誰もいなかった。
事務室の前で校内報を見つけ、バックナンバーを漁った。
「……国笠、治道さん……」
この人だ。全国大会進出と記載されており、写真もあるので間違いない。
(イケメン!)
遠目からでも格好よく見えたが、本当にイケメン……美形だ。ざっくりと切っただけの髪なのに輝いている。
「これ、いただけますか」
事務員の人に許可をもらい、参考書のぎっしりつまった鞄に入れた。
いまでもその校内報は、本棚に収まっている。
春、この高校の生徒になった。
意気揚々とテニス部の戸を叩いたのだけど……。困ったことになった。学級委員になってしまったのだ。
この学校は学級委員から体育祭委員や選挙管理委員など数々の委員が選ばれるため、年がら年中大変なのだ。所属しているテニス部になかなか参加できない。練習不足で、もともと上手いわけではなかったけど、二年生になっても試合には出られないだろう。
憧れの国笠先輩とは、ほとんど話せない。
先輩は面倒見のいい人で、四月の頃は一年全員に話しかけてくれた。
でもだんだん懸命に練習をやっている子とだけ話すようになり、あまり練習に出てこない僕とは関わることがなくなった。
委員の仕事が終わってから、誰もいなくなった部室で、先輩のスコアブックを開くだけだ。大会に向けて調子をめきめき上げていく先輩を、マネージャーが書き込んだ数字から想像するだけ。
夏。先輩は県大会で優勝した。
「おめでとうございます!」
口々に皆が喜ぶ声に、僕の声も少し混ざった。
「徳見は全国大会、応援行くのか?」
「行きたいけど、少し遠いですよね」
応援団は参加費がいる。僕の場合毎月の部費が小遣いと同額なので、お財布事情は悪いのだ。
ちなみに質問してきた市田先輩は、個人戦は負けたが、団体戦のメンバーなので学校から補助される。
「……新幹線……、ううん、高速バスでも可かな」
貯金……大学進学資金だけど……部員ほとんど行くんだろうし、夏休みだから委員の仕事ない
――少ないし。何よりっ、先輩が強い人達とプレイするとこみたい!
「
――行きます!」
勢い込んで宣言したが、
「行かなくていいんじゃないか」
冷たい声がかかった。
「国笠、先輩?」
「普段部活に顔出さないのに、こういう時だけ部員面するのか」
「おい、そんな言い方」
「市田、待たせた。帰ろう」
国笠先輩はそのまま後ろを見せて、出口へ向かう。市田先輩は軽く手を振ってくれたが、僕は震えて立ちつくすだけで、応えられなかった。
「どうしたんだ。お前出席率悪くても、いつも何も言わないじゃないか」
距離が離れていく中、市田先輩がそう言ったのが微かに聞こえた。
(こういうこと言われたの、僕だけなんだ)
手の先が、冷たくなっていく。
(先輩……僕のこと嫌い……?)
目に入っていないだけだと思っていた。嫌われていたんだ……。
ぼーっとしていたのを部のマネージャー達に捕まった。僕が徒歩通学だと知っている同級生がいて、学校に持ち帰らないといけない備品やスコアブックを渡された。
ちょうど良かった。何もすることが無ければ、いつまであそこに立ち尽くしていたか分からない。
「徳見君、ありがとー」
「ううん。おつかれさま」
どうにか笑顔を作れた。
電車に乗って、学校について、部室に荷物を置いた時、誰もいない部室が寂しくて、涙がこぼれてしまった。
応援は行かないことにした。
市田先輩は、
「国笠の言ったことは気にするな。あいつの応援なんかじゃなく、俺の応援してくれよ」
と誘ってくれた。
「ごめんなさい。親に旅費断られちゃって、どちらにしろ行けないんです」
「……そうか。なら仕方ないけど」
本当は元々自分の貯金から出すつもりだから、親には聞いてもいない。優しい先輩に嘘をつくなんて……ごめんなさい。
先輩達は去年を越える見事な成績を残してきた。
「先輩、おめでとうございます」
それからすぐの部活で、国笠先輩と市田先輩が一緒にいたので、どちらともなく言った。
「ありがと。まあ、俺はたいして勝ってないけど」
思った通り、市田先輩だけが応えてくれた。ずきっと胸が痛んだけど、笑顔で言った。
「全国でプレイするなんてすごいです。楽しかったですか」
市田先輩は噴き出して、僕の頭をぽんぽん叩いた。
「お前は気楽だなあ。緊張してそれどころじゃなかった」
そういうものなんだ。
僕と市田先輩が話しているうちに、
「大会中のスコアブック見せて」
国笠先輩はマネージャーの方へ向かってしまった。市田先輩も慌てて追いかける。
僕もネットを持って設置場所に向かった。
「もうまとめてある……。いつも誰がやっているんだ」
「マネージャーの皆で分担でつけているんですよ」
「記入用紙に書き込んでいるやつじゃなくて。こっちの総計とか確立まで表にしてあるやつが知りたいんだけど」
「えー、知りません。コーチじゃないですか」
「コーチ、パソコン使えないじゃん」
女子マネージャーはほとんど先輩のファンだから、楽しそうに受け答えしている。
僕は知っているけど……。先輩に話しかけてまた無視されるのが怖くて、黙り込んでコートの設置をした。
僕と先輩はとても遠かった。でもそのうち、先輩が僕に近づいてきてくれるようになった。
今はとても可愛がられている。
確か、秋頃からだ。
文化祭や生徒会選挙が続いて、その日は久々に部室に入った。
(急いで着替えれば、三十分くらい練習できるかも)
洗ってから使わないまま、ロッカーに置きっぱなしだったウェアに頭を通す。ラケットを持って部室から飛び出そうとして、
「おっとっと、そうだ。あれ……」
ドアを開きかけにしたまま、鞄の方に戻る。
クリアファイルから厚みのあるプリントを取り出し、部室のファイル棚を開けた。穴開けをしてから、ファイルに収めていく。
「あっ」
ひらりと一枚が落ちた。目で追ったその先で、大きな手が落としたプリントを拾う。
「先輩っ」
「お前……」
国笠先輩がプリントを見ている。なんだか驚いた様子だ。
そして、まじまじと僕の顔を見た。
「すみません! 部活遅れてしまって!」
頭を下げて謝って、目を伏せる。
「試合の記録のまとめって、お前がしていたのか」
「は、はい」
ファイル棚にはマネージャーが紙に書いたスコアが入れられている。それを家に持って帰って、まとめているのだ。
「部活に出られてないから、ちょっとでも皆の役に立てたらいいなと……」
「なんで部活に出ないんだ。家に持ち帰ってパソコンに向かって作業するより、テニス部で体動かした方が楽しくないか」
「委員の仕事があるんです」
あれ? 部長や市田先輩に言ってあるから、仲のいい国笠先輩も知っていると思っていたけど、僕が委員ってこと知らなかったのかな。
先輩は少し考え込んでいる。
「……、お前、委員の仕事って何やっているんだ」
「え?」
「四月からやってきたこと全部答えろ」
何でそんなこと聞くのだろうと思いながら、先輩の雰囲気が怖いので、よく思い出して答える。
「えっと、体育祭委員、図書委員、美化委員……課外学習委員、職業研修委員、近隣交流会委員、学校対抗球技会委員、文化祭委員と選挙管理委員です。あ、あと今度から生徒会雑用に任命されました」
「多すぎるだろ!」
「ご、ごめんなさいっ」
怒られてしまった。
「いや、お前を怒ったんじゃない……。なんでそんなにやっているんだよ。学級委員結構人数いたはずだろう」
「でも皆忙しいらしくて……」
「……口だけに決まっているじゃないか」
先輩は大きく溜め息を吐いた。
「市田が部活に支障が無かったから、それを基準に考えてた」
そうか。市田先輩、入学試験係やっていたんだから、学級委員の可能性が高いよね。先輩もくじ引きかな。
「要領悪い奴は仕事が増える仕組みなのか」
(よ、要領悪いって僕のこと?)
そういえば他の委員に比べて仕事が片付くのが遅いかも。
(部活に出られないの、僕が要領悪いせいだったんだ……)
しゅんと肩を落とす。
ふと、頭に温かい重みが乗る。先輩の手が、僕の頭を撫でていた。
「学級委員って……、言い訳じゃなかったんだな」
(言い訳……)
何のだろう。
「ごめん。俺、お前にひどい態度取ってきた」
先輩は、なんだか辛そうな表情でうつむいている。僕も視線を落とし、先輩と僕の視線が、手に持ったプリントにいった。
「これ、ありがとな。助かってる」
そう言って、先輩は微笑んだ。
明るい笑顔でいつも皆の中心にいる先輩。彼が僕に見せてくれた笑顔は、少しぎこちなかった。
先輩がファイルに入れるのを手伝ってくれようとした。
「そんな……、僕がやります! 先輩部室に何か用事があったんじゃ」
「ああ。ラケットのガット(網)が切れて、交換しにきた」
「ならラケット持って早く戻ってください」
「でも」
「皆待ってますよ」
テニス部の要なのだから。
「……分かった」
先輩は床に置いてあったテニスバッグからラケットを取り出し、弦が切れた方のラケットを壁に立てかけた。
「じゃあ、徳見もすぐ来いよ」
「はい」
ドアが閉まり、一人きりになった。
(来いって、言ってもらえた)
テニス部に参加しても、先輩の目障りじゃないのかな。ほっとした。
ファイルはすぐに整理できた。今度こそ部室から出ようとして、
「あ、そうだ」
弦の切れたラケットが目に入る。
「張替えとこ」
マネージャーノートから、ラケットの張り方のメモを探した。
「できたー」
ガット張りは久々だったので大変だったけど、どうやら上手くできたようだ。と、その時外がガヤガヤしだした。
「あ、あぁ! もうこんな時間」
部活を終えた生徒達が部室棟に集まって来ているみたいだ。
(また……サボっちゃった)
荷物を慌てて抱えて、テニス部の人達に見つからないよう逃げ帰った。
テニスウェアのまま、アパートの階段を駆け上がる。自宅に走りこみ、ドアを大きな音を立てて閉めた。
「はぁ、はぁ」
涙がじわっと滲んだ。
(先輩に、来いって言われたのに……)
また嫌われる……。
足から力が抜け、玄関にしゃがんでしまう。
がらんとした玄関。擦り切れて休日用になった父の革靴が一足だけ。とても静かなそこで、ドアに背を預けながら、呆然としていた。
シャンシャン
――ッと携帯が鳴った。
唐突な音に、落下したように竦みあがってしまった。心臓の鼓動に体が振動している感覚がするが、携帯に手を伸ばした。知らない携帯の番号が表示されている。あまり考えないまま、通話ボタンを押して耳に当てた。
「徳見?」
「は、はい」
男の人の声。この声、まさか……。
「俺、国笠……。ごめん、市田に番号教えてもらった。あ! 市田は渋ってたけど、俺が強引に訊いて」
「……構いませんが」
先輩だ……。何で僕に電話くれたんだろう。
「ラケット張り替えてくれたのってお前だよな」
「えっと、あの」
「ありがとう」
「……っ!」
先輩の優しい声、向けてもらったの初めてだ。電話越しだというのに、澄んだ低音が柔らかい。
「ありがたいけど、今度はコートの方に来いよ」
微かな笑い声が伝わってくる。
「はい……」
優しい言葉が流れてくる機器。現実感のないそれに、うっとりと耳を当てて、交わされる短い、他愛のない言葉に頷いた。
校門に入って、葉が赤みを帯びた並木道を歩く。
「おはよ、徳見」
「っ……おはようございます!」
昨日のこと、夢じゃなかった。国笠先輩に挨拶してもらっちゃった。
思わず立ち止まったら、後ろからきた人にぶつかってしまった。
「すみません!」
振り向いたら、市田先輩だった。
「あれ、仲良くなったの?」
「まあ……」
国笠先輩がちらりと僕を見た。先輩が肯定してくれたのが嬉しくて、自然と笑顔になってしまう。
「何があったんだよ」
「教室で話す」
昇降口に向かう国笠先輩は、僕に小さく手を振ってくれた。
「よかったな」
市田先輩は追い抜きざまに僕の頭を撫でた。
あ、国笠先輩が少し眉を寄せた。
その表情に僕は身をすくませるが、先輩達はそれには気づかずに背を向けて行ってしまった。
(今の表情……)
胸の辺りでぐっと手をにぎる。
(何か、気に触ることしたかな)
落ち葉を踏んで進む周りの生徒達。
(また、嫌われたくない)
僕も歩きだした。
今日は部活出る。絶対出る!
「徳見ー、おいでー」
「行きません! 僕の作業は昼休みのうちに終わらせました」
早歩きで校舎から出ようとする僕を、生徒会長の秋下先輩が呼んでいる。
「飴やるからさ。俺が飲みかけの牛乳もやろう」
「それで行くわけがありません!」
必死で断ったけど、早歩き競争で負けてしまった。階段を降りようとしたところで追いつかれ、秋下先輩に羽交い絞めにされる。
「わっ、わっ……」
持ち上げられて、下り階段の上で宙に浮いてしまう。
「降ろしてください!」
「えー、このまま落としていいの?」
「や、やですっ。落とさないで!」
遠い踊り場。恐ろしくて暴れることができない。
「じゃあ俺の手伝いしてくれるよね」
「そんな……」
「あー、俺手がしびれてきたかも。離しちゃおうかな」
そう言いながら僕をさらに上に持ち上げる。
涙が視界を歪めた。
一日の授業終了直後の、人が多い時間帯。生徒会長の奇行を、ただ皆好奇の目で見ている。
「ほら、徳見。五、四」
行かなきゃ、……駄目なのかな……。
「三、二、い……」
「……!」
強い力で後ろに引っ張られる。秋下先輩の腕が離れてしまって、僕は悲鳴を上げそうになった。だが、他の腕がしっかり僕を掴まえていた。足が床につく。
「秋下……、俺の後輩に何をやっているんだ……」
僕の頭上から、低く迫力のある声がした。僕を抱きとめてくれた人だ。
「あ……」
「大丈夫か」
国笠先輩だ。
「生徒会で一緒なんだから、俺の後輩でもある」
「後輩を大事にしないやつが先輩を名乗るな!」
「それ、お前が言う?」
「……ッ」
睨み合う二人。
僕は、場違いではあるが、先輩に抱きしめられた状態にどきどきしていた。
(大きい……)
スタイルがいいから痩せて見えるのだけど、腕に抱かれてみるとそのがっしりした体つきが分かった。
(先輩……)
こんな機会はもうきっとない。うっとりと大好きなプレイヤーの体を堪能した。
「で、徳見?」
「は、はいっ」
ちょっとぼーっとしていた。
「どちらの先輩が優しい?」
「えっ」
「いつも菓子あげているし、俺だよな」
秋下先輩が自信満々に言う。
「……」
国笠先輩はただ黙っている。
「えっと」
秋下先輩からは雑用いっぱい言いつけられるし、国笠先輩とはほとんど話すことはないし。
でも、今救ってくれたのは国笠先輩だ。
「くに……」
「え?」
言おうとしたのに、その前に秋下先輩が顔をぐっと近づけ聞き返した。怖い。それと同時に国笠先輩の腕が、より強く僕を引き寄せる。
「ストップ、ほら、早く部活行こうぜ」
止めに入ってくれたのは、
「市田先輩!」
いつも助けてくれる先輩に、必死のまなざしを送る。
「市田君、今大事なところなんだ」
秋下先輩は国笠先輩と睨み合うのをやめない。
「めんどくせえ。じゃあさ、徳見、俺達三人の先輩で誰が一番優しい?」
「あ、それなら市田先輩です」
これは簡単な質問。すぐに答えると、
「ぐ……」
国笠先輩と秋下先輩は二人して、うめき声をあげた。
「?」
「ということで、今日はテニス部で決まりだ。行くぞ。国笠も」
市田先輩に促されて、
「はい!」
「……ああ」
先輩達と一緒に部室に行くことになった。短い距離だけど、すごく嬉しい!
「市田、何でお前ばっかり懐かれているんだよ」
国笠先輩が機嫌悪い。僕はおろおろしながら、二人の後ろをついていく。
「俺、この子がこの学校に入れた恩人だもん」
(四月にお礼を言った時、僕のこと忘れてたのに)
市田先輩の言い方に、笑って同意した。
「? 家庭教師かなんかか」
「違うけど……」
市田先輩は意地悪な笑いをした。
「お前は逆にこの子を不合格にさせるところだったけど」
「はっ?」
国笠先輩の顔が青くなった。
「そ、それは僕が勝手に。もう、内緒にしてください」
国笠先輩に見惚れていて、試験に遅れそうになったなど、恥ずかしくてならない。
「じゃあ、俺と徳見の秘密な」
「はい」
良かった。……あれ、国笠先輩の視線が怖い。市田先輩はにやにやそれを受け止めているけど。
「言えよ」
「聞いてただろ。今約束したの」
「ならお前の彼女に、中学の頃の眼鏡チビだったお前の写真見せてやる」
「…………」
市田先輩は黙った。
「すまん、徳見」
「!」
なんで謝……、
「徳見が入学試験の日、コートで練習していたお前に釘付けでさ、試験開始ギリギリまで、それはもううっとりと見ていたのを俺が注意してやった訳」
いやあぁぁ!
「徳見、本当に?」
「…はい……」
「こいつ、それ以来お前の大ファンなんだよ」
「ファンって」
「朝聞いたスコアブックのこと、どうせ部のためじゃなく国笠のためにやっているんだろ」
「うう……」
テニス部の皆のこと大好きだけど、……やっぱり、先輩のついでかも。
国笠先輩の表情をおそるおそる覗う。口を抑えて、赤くなっている。
「国笠にも言われただろうけど、あのスコアブックありがとうな。俺も参考にしている」
「少しでも力になれたら、嬉しいです」
「あれ誰が作ったか、国笠が随分探してたんだぜ。名乗っていれば、もっと早く仲良くなれたかもしれないのに」
市田先輩は寂しげに言った。応援にいけなかった大会のこと、やっぱり気にしていたみたいだ。
「ごめんなさい。言うほどのことじゃないと思ってたので」
国笠先輩の方を見て言うと、
「謝ることはないよ。控えめな子だな、と思っただけだ」
「控えめ?」
「だって国笠に興味を持たれたら嬉しいだろ。女子マネージャーだと思ってたから」
そうか、先輩はもてるから。男の僕でも仲良くしてほしいもん。
「こんな気が利く子なら彼女にしたいって言ってたもんな。女子の前じゃ煩いから黙ってたけど」
「おい、黙れよ」
先輩はまた赤くなって、市田先輩を小突いた。
「僕なんかで、ごめんなさい」
スコアブックをまとめていたら、それはマネージャーだと思うよね。女の子だと思っていて、男だったら嫌だよな。
「いや、彼女とかは言葉の綾だ。それよりも徳見と仲良くなれて良かったと思っている」
「先輩……」
「そうだ。携帯の番号だけじゃなく、メアドも知りたいんだけど」
「は、はい! いま……」
鞄から携帯を取り出した。メール送ることなんてあるのかな。でも、アドレス帳に先輩の名前があるだけで幸せかも。
「まず俺から送るから」
「はい」
(えーと、赤外線てどうするんだっけ)
春以来使ってない機能だから、待ち受けを開いたまま思いだそうとする。
「……お前、その待ち受け」
「え? ……あ。あああぁっ!」
テニスウェアの先輩の写真だ。慌てて携帯をバチッと折りたたんだ。市田先輩も見たらしく、半眼で言った。
「いくらファンってったって、同じ高校生の男待ち受けにしてるのは、引くぞ」
血の気が引いた。
「いや! 俺は嬉しいから!」
国笠先輩は僕の手を取りながら、僕の携帯を開いた。
「四月の写真じゃん。こんな頃から、俺のこと見ていてくれたんだな」
本当に嬉しそうに言ってくれたのだ。
それから先輩は優しく携帯の操作を教えてくれ、僕の携帯に先輩の、先輩の携帯に僕の名前が載った。
「ほら、早く着替えよう」
もう部室前に着いた。
「はい!」
携帯を鞄のポケットに大事にしまい、着替えを始めた。
制服を脱いで、上半身裸になると、なんだか視線を感じた。
「?」
振り向くと、国笠先輩が僕の方をじっと見ていた。話しかけようとしたけど、すぐ目を離されて、なんだか残念だった。
「俺……、徳見なら男でもいいかも」
「帰ってこい、国笠!」
国笠先輩と市田先輩がじゃれている。仲良くて羨ましいな。