11. 友だち
「王女様! 無事だったんですね」
リューは王女の前に駆け寄った。
「痩せましたか……?」
元々すっきりした体型だったが、今は細さが目立ちすぎる。
「そうかもしれないわね。食事があまり喉を通らなくて……」
リューは心配そうに見つめる。
「あなたは……血色が良くなったかしら。ガグルエ軍に同行していると噂に聞いたけど、大丈夫なの?」
「はい。毎日ご飯をくれます」
「そう。体は、休めている……?」
王女は複雑そうに眉を寄せた。
「それも大丈夫です。兵隊さんと一緒に、規則正しく休んでいます」
リューが答えると、王女は少しだけ表情を緩める。
「もう。いきなり兵隊と同じ行動を取らされたら、普通はへとへとなのよ」
「体力には自信があります」
リューは胸を張って答えた。セブにいた時は、ノームの特性など、便利に使われる道具にしか思えなかった。それが今、笑顔で自慢できる。
しかし、王女の表情から暗さが晴れない。
「……ガグルエ兵が噂をしているのを聞いたの。ガグルエ王があなたを……」
言うことをはばかることなのか、王女は唇を噛んだ。
「私がガグルエ王を恐れたばかりに、あなたには辛いことばかり……」
「
――……」
リューの体が硬直した。
(王女様が、アージュ様を恐がらなければ……)
そうなっていたら
――。
背筋が凍った。手足が、なんだか冷えていくのに、汗がじわりと滲む。
お互いに声を出せずにいると、
「ごめんなさい……」
王女の目から涙が零れた。
リューは戸惑った。ポケットの中に、レースのハンカチがあったはず。ハンカチを取り出して王女の方に手を……。
硬い手が、リューの腕を掴んだ。
黒い獣毛の大きい手。
「何をしている……」
アージュがリューを見下ろしている。怒りを帯びた目は、赤みが広がりかけている。いつも優しく撫でてくれる手が、ギリギリとリューの腕を締め上げる。
「来い」
彼に抱き上げられ、その胸に閉じ込められる。
「……ア、アージュ様」
アージュが怒っている。リューは声を掛けようとしたけど、何を言っていいか分からない。
(王女様、泣いたまま……)
リューはアージュの後ろにいる王女が気になって、アージュの腕の中から身を乗り出そうとした。
アージュの抱きしめてくる手の力が増す。リューの目を、彼の手が覆い隠す。
「見るな」
「…………」
アージュの命令。リューの大事なひとからの。
リューは大人しく、アージュの腕の中に収まった。
アージュが歩き出した。その揺れを感じながら、リューの胸には不安が募っていった。
食堂に用意された昼食。
アージュに合わせた高さのテーブルに、リューが座りやすいよう調整された椅子。
美味しい料理。大好きなアージュ様……。
「…………」
全てが揃っているのに、リューは何も言わず、アージュもまた黙ったまま。沈黙の中、リューの持つフォークとナイフが、カチャカチャと不格好な音を立てている。
アージュ一人用の広さのテーブルだけど、そこにリューの分も載せるのは難しくない。右斜め前、すぐそこにいるアージュを見つめる。今は目の赤みは元に戻ったけど、表情が硬く、リューの方を見ない。
(アージュ様……。僕、何かしたかな……)
このままじっと、アージュが何かを話すまで、待った方がいいのだろうか。
王女の声が、頭の中に響く。
――私がガグルエ王を恐れたばかりに。
……アージュを恐れたら、アージュが遠くなってしまう気がした。
リューは思い切って声を掛ける。
「あの、お昼、待たせてしまったから探しにきてくれたのでしょうか。申し訳ありません」
「時間は決めていなかった。待ったのも探したのも私が勝手にしたことだ」
そう言って、アージュはまた黙々と食べる。
(じゃあ、何が悪かったのかな)
リューは言葉を探して、上手く出てこない。
(話題を変えた方がいいのかな。料理のこととか)
「あの、この香草……」
リューはアージュに話しかけようとして、言葉を止めた。
(セブ特有の植物で、王女様の好物……)
アージュが嫌いそうな話題だ。
アージュがちらりとこちらを見たが、
「何でもありません……」
リューは誤魔化して、皿の上に視線を落とす。
下を向いていると涙が出そうで、けれど顔も上げられず、リューは膝の上のナフキンを握りしめた。
(もっと楽しくお話しして、アージュ様に喜んでもらいたかった)
珍しく取れた一緒の昼食。綺麗な服におめかしさせてもらって、アージュの目に魅力的に映らないか、少し期待していた。
顔を歪めて、涙を堪える。
「
――すまない」
アージュが、ぽつりと呟いた。
「…………?」
リューは疑問に思って、顔を上げる。リューの目元を見て、アージュは辛そうに目を伏せる。
「話していたのを、邪魔して……」
「邪魔……?」
リューには何のことか分からない。
(話していた……)
王女のことだと気づいた。
「いえ、王女様とは庭で偶然会っただけです。アージュ様と約束していたのですから、その方が大事です」
「……そうか」
アージュの手が伸びてきて、リューの手に重ねられた。
「お前は、私との約束も大切にしてくれるのだな……」
手に力がこもる。
「あの王女だけでなく、私のことだって……想ってくれている」
(アージュ様の手……)
溜まっていた涙が、嬉しさに押されて零れた。
「当然です。大事な約束ですから」
笑顔で答えれば、アージュがリューの涙を拭いてくれる。涙の向こうのアージュの顔が、微笑んでいるように見えた。けれど涙が止まると、沈んだ表情だった。
(気のせいか……)
でも、今もリューの手の上には、アージュの手が重なっている。温かくて、勇気をくれる。
朝、アージュともう一つ約束したことを思い出した。
「訊きたいことがあるって言っていましたが、なんでしょうか」
「ああ」
アージュは少し視線を逸らして、リューの手元を見る。
「それはもういいんだ」
「そう、ですか」
なんだろう。リューがアージュより知っていることなんてあまりなく、心当たりがない。
「あの、また訊きたいことができたら、何でも訊いてください」
「……ありがとう」
(お礼……)
アージュの声に、優しさが戻っている。
(でもなんだか……)
悲しみが晴れたようには見えないのは、気のせいだろうか。
食事の終わり。リューがベルニルの実を食べ終えた頃、アージュが言った。
「リューの方こそ訊きたいことがあるだろう」
「訊きたいこと……?」
「王女サンドラの現状について」
「
――……!」
リューは息を飲んだ。
「訊いていいのですか……?」
「ああ」
アージュが話してくれた。
セブという国は、リューたちがセブの都を発ってすぐ、消滅したそうだ。ガグルエ王アージュが人伝てに政務官に渡しておいた書面に、セブの代理人である王女サンドラが調印して。
王女という身分は失うが、一領主として土地を与えられる。元セブ内か、そう遠くないガグルエ領で。贅沢さえしなければ貴族として不自由なく暮らせるように。
今は、その土地の経営が上手く回るよう、政務官が準備を整えている。王女はこの城で、その準備が終わるのを待っているのだ。
「生きられる……」
気持ちがすっと浮き上がる。リューは胸に圧し掛かっていた重しが軽くなるのを感じた。
「これからはガグルエの貴族となることになる。セブの頃ほどの特権はないが、貴族一人の生涯を送るのに十分な財産は与えられる。……使用人の一人くらい養える」
「良かったです。王女様、家事できなそうですから」
不自由ない暮らしを、ガグルエが用意してくれる。
(王女様、意外としっかりしているから、きっと贅沢したりしない)
王女を思い起こして、ふと、リューは疑問に思った。
(
――王女様は泣いていた)
ガグルエに負けたセブの王族。
その王女が描ける未来の中では、これは良い結末。
(……どうして泣いて……)
幼い頃から、王女と描いていた物語を思い出す。
その物語には必ず、迎えに来てくれる王子様がいた。
二人で同じ夢を見て、同じ王子様を待って……。
(王子様……)
リューは、自分の手を見た。その上には、アージュの手が重ねられている。
温かくて、触れているだけで幸せをくれる……。
「
――っ!」
リューは勢いよく立ち上がった。その手はアージュから離れる。
「……どうした?」
アージュの問いに、リューの唇は震えて答えられない。
リューは夢見るだけだった。王女が幸せになるのを、見送るだけ。王女が演じる物語を、王女の口から聞くだけで、まるで自分のことのように幸せになれた。
(僕がこんなに幸せなのは……王女様のおかげ)
ご飯をくれて、話し相手になってくれて。そして、リューを世界一幸せにしてくれる、アージュの隣にいられるのは
――。
……その王女は今、泣いていた。
(王女様が不幸せなのは、僕のせい……?)
どうしてこんな……。
(あの日、王女様がアージュ様を恐がって、アージュ様に連れていかれたのが、恐がらなかった僕で……)
赤い四つ目の王子様に、惹かれた日を思い出す。
(ううん、僕が連れていかれたのは、ベルニルの実を食べていたから……)
ベルニルの実を
――。
黄色い果実を差し出された日を、思い出した。
「
――――」
幼い頃からの罪。
(ベルニルの実、僕が食べることになったから……)
リューが断っていたら、侍女に監視されていた王女は、実を食べざるをえなかった。
餓えていたリューは、少年は、……その実を食べることしか考えられなかった。
アージュと距離を取ったまま、リューは立ち尽くす。
アージュは、リューに離された手を見て、握りしめた。
「王女に、会うか」
「……え……」
「話したいだろう」
「いいのですか」
「……ああ」
アージュはそう言って、笑った。
待ち望んだ、アージュの笑顔。
(悲しそう……)
どうすれば、幸せそうに笑ってくれるのだろう。
「さあ、私の気が変わらないうちに」
使用人に、どこか見通しが利いて話しやすい場所はないか訊き、広間のテラスで会うことになった。
「もし、二人で話し、望むことがあるなら、聞かないでもない」
「……ありがとうございます」
王女の処遇についてだろうか。
(贅沢なことでなければ、許してくれるかもしれない)
王女に望みを訊かなくては。
使用人の後について、アージュと共に外回廊を歩く。庭に突き出たテラスに、婦人が立っているのが見える。遠目だけど、多分王女だ。
「私はここで待っている」
アージュが立ち止まる。使用人もその側に控える。リューだけで会うということらしい。
(アージュ様……)
心細いけど、いきなり王女をアージュに会わせることはできない。セブの王侯貴族を殺戮したガグルエの王なのだから。
リューはテラスに向かって足を踏み出そうとした。
その時、リューの手をアージュが掴んだ。そのまま引き寄せられ、
「アー……っ」
口付けを受けた。柔らかく食む感触。アージュの伏せた瞼が、目の前にある。ぎゅっと、優しく抱きしめられ、放された。
「行け」
アージュはすぐに顔を逸らした。
「……はい」
リューは口付けの感触と、アージュの行動に戸惑いながらも、テラスに向かった。
低い階段を上ると、風の通るテラスの上。王女が振り向いた。
王女は辺りを見回し、アージュを見つけたようだ。ここからだと、声は聞こえない距離にいる。緊張した面持ちで、王女が言う。
「ガグルエ王は来ないの?」
「はい。二人で話をしていいそうです」
王女は少し緊張が解けたようだ。
「……王女様には辛いですよね。アージュ様を見るの……」
それでも、リューが誰かと話すのには、主人であるアージュの許可がいる。一度アージュが話すのを嫌がった相手ならなおさら。
「私のことは気にしないで。廃れた国だとは思っていたけど、惨めな最期で……、私が思っていた以上に惨めで、まだ実感が湧かないの。大分経ったのにね。
――あなたの話したいことを、話したいまま話して」
リューがまだ躊躇していると、王女は続けて言った。
「ごめんなさい。ガグルエ王のことを話すのは、あなたの方が辛いでしょう」
「……え」
それは、リューが予想していなかったものだった。
「この二か月、ずっと側から離さなかったと聞くわ。さぞ……」
「ま、待ってください。離さなかったって……、アージュ様はお仕事があるから、夜しか一緒にいられませんよ」
「……夜”しか”?」
王女はリューの顔をまじまじと見て、何か考えている。
「先程会った時、ガグルエ兵の噂を聞いたと言ったわね」
たしかそう言っていた。リューはこくんと頷く。
「無理矢理なことされているって」
「無理……?」
「山越えの最中でも寝所に呼ばれて、疲れ切った体を、道端のような場所で……」
「ご、誤解です! アージュ様は優しい方ですからそんなことしません。それにアージュ様に望まれるなら僕はいつでも嬉しく……」
リューは自分の口を押さえた。幼い頃から知っている淑女に、とんでもないことを聞かせるところだった。顔が熱る。
王女は目を丸くした。
「あなた、ガグルエ王が好きなの?」
王女に訊かれ、リューはさらに真っ赤になる。
「……あんな素敵な方に優しくされたら、好きになってしまいます」
混乱したリューは正直に答えてしまう。熱る体を抑えようと戦っていたが、沈黙に気づいた。王女を見ると、呆然とした様子だ。
「王女様にとっては……、残酷なことをした方ですよね。ごめんなさい……」
そんなひとを、王女の前で褒めるなんて。
リューが自分の迂闊さが嫌になっていると、王女の目から、涙が零れた。
「不幸ではないのね」
王女の膝が崩れ落ちた。
「お、王女様……!?」
「私がガグルエ王を恐れたばかりに……」
その言葉を聞いて、リューはびくっと震えた。
「あなたを魔獣王の生贄にしたと思った。いつも私に優しくしてくれたあなたから、あの日、目を逸らして……。けど……良かった……」
(良かった……)
泣き崩れた王女の前に、リューはしゃがんだ。
「僕、アージュ様を好きになっていいんですか」
「……? それはあなたの気持ち次第でしょう」
「……アージュ様の側にいるのを、幸せに感じても……? 王女様の……婚約者だったのに……」
リューはぎゅっとローブの裾を握った。
「私の……?」
王女の目の前では、少年が、怯えるように震えている。
「そうか。私たち、彼を見たとき感じたものが、まるで違ったのね」
「……感じた、もの?」
「立ちなさい」
立ち上がった王女は涙を拭いて、いつもの気丈な顔に戻っている。
「私はもう王女ではないわ。サンドラよ。あなたも名前を付けてもらったのでしょう」
サンドラの真っ白な手が、しゃがんだままの少年に差し出される。
「僕は、リューです」
リューが伸ばした手は、爪先が少し黄色く染まっている。
立ち上がって、手は繋いだまま。
「あなたと語り合った未来。とても楽しかった。キラキラと輝いていて……」
「僕もです……。王女様が……」
「サンドラ」
「
――サンドラ様がいたから、僕はどんなに辛くても、明日が楽しみだった……。僕が生きてこられたのは、サンドラ様とのお喋りがあったから」
サンドラはリューの半身。サンドラが笑っているだけで、リューは心を失わずにいられた。
「サンドラ様が幸せにならないと……僕は、幸せになれない」
けれど二人が夢見た婚約者は、一人しか迎えに来ない。
「リュー。私が、ガグルエ王アージュを、愛せると思う?」
「だって……アージュ様はとても優しい……」
「私を見て」
サンドラはリューの目をじっと見た。リューも見返して、やがて、ぽつりと呟いた。
「思いません……」
サンドラにとって、とても残虐なことをした、悪魔のような相手……。
(ああ、僕……)
心のどこかで、セブが滅ぼされたことを天罰だと思っていたのかもしれない。
「そうよ」
サンドラの声音は穏やかで、責める気配を一切みせない。
「あのひとに、夢見た未来を見ることは、私にはできない。けれどリューは今、幸せなんでしょう」
「幸せ……」
まだ奴隷だけど、
「はい。とても幸せです。……それと、もっと幸せになれるよう、頑張っています」
アージュとの未来に、リューは希望を見出している。
「別々の幸せを手に入れましょう」
「はい!」
リューの泣き顔を、サンドラはハンカチで拭いた。
リューのハンカチを渡すと、サンドラは自分の目元を拭く。女性は化粧があるので、涙を拭くのにも慎重だ。
「それにしても……私に恨み言を言ってもいいのよ」
「恨み?」
「私の代わりに連れていかれて。ガグルエ王を好きになるまでは、さすがに辛かったでしょう」
「僕、その……一目惚れです」
一目見て格好良いと思ったし、少なくとも、その日のうちには大好きになっていた。
「それは嘘でしょう。私に気を使わなくても」
「本当です」
「…………」
リューが嘘をつくのが下手なことを、サンドラは知っているはずだ。サンドラは離れた場所にいるアージュの顔を確認しようとして、やはり見るのが恐くてやめたようだ。
「あなたとの違い、理解したつもりだったけど、衝撃的だわ」
「サンドラ様はどんな方が好きなんですか」
「……特には。少し前まで、婚約者を好きにならないと、と思っていたから。それと、様はいらないわ」
「? サンドラ様は今でも貴族でしょう」
「あなたはガグルエ王の唯一の愛妾になったのよ。私よりよほど権力があるのよ」
権力……。
聞き慣れない言葉に首を傾げていると、
「何でも好きなものを貰えるということよ」
と教えてくれた。
何でも。すごい。
(好きなものかあ……)
最近はお腹が満たされているので、ひとつしか思い浮かばない。
――アージュの笑顔が、思い浮かぶ。
大分待たせている。ちらりと外回廊の方を見ようとして、
「私が王女だった時は、あなたに何もあげられなかったけど、ガグルエ王なら大抵の物は手に入るわ」
サンドラの声にまたそちらを向いた。
「サンドラ……は、ご飯をくれました」
そうだ。
「僕が権力者なら、もしかしてサンドラに命令できるのですか」
「まあ、そうね」
サンドラは腕を組んで、胸を張った。
「恨みつらみもあるでしょうし、好きなだけ言いなさい」
「じゃあ、ご飯ちゃんと食べてください!」
リューは両手の拳を握って言った。サンドラのやつれ具合が、どうしても気になっていたのだ。
「少しずつ食べて、元気出してください。幸せを手に入れるんです。ふくよかになれば、サンドラは世界一の美人です! あと、好き嫌い多いけど、直さないと、めっ、ですよ」
サンドラは目を見開いて、やがて、
「……ごめんなさい……」
その目から、ボロボロと涙を零し、手で顔を覆った。
「え、そんなにきつく言っちゃいましたか」
慌てて慰める。
「サンドラ、ごめんっ。あの、我がままは駄目だけど、今だけ許します。僕の権力を使って、好物を用意します。なんでも言ってください」
「もう、もう……あなたは、どうしてそんな……」
顔を上げたサンドラは、泣き笑いだ。
「どうしてそんなに、優しいの」
しばらくして泣き止んだサンドラは、
「大丈夫よ。きっと、今日からは食べられるから」
と言った。
「僕、今、文字を習っているんです。サンドラが領地に着いたら、手紙を書いてもいいですか」
「嬉しい。私も書くわ。私の……一番の友だちへ」
リューは息を飲んで、
「僕も、大好きな友だちに!」
元気に返した。
「ただし、あなたの主人から許可が出たらね」
「う……、頼んでみます」
ハンカチは交換したまま、リューはテラスから外回廊へと下りた。
サンドラは腫れた目を誰にも見られたくないからと、もう少しテラスにいるらしい。
(僕も泣いた目、恥ずかしいな)
けれどアージュには大分待ってもらったから、急がないと。
弾むような足取りで、リューはリューの主人の元へ向かった。