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 友人 2






 今日の魔法クラスは実戦形式の対戦だ。

「アッシュのクラスも見える!」
 レベル1のクラスが隣の修練場を使っていた。
 希望者を募り、対戦相手を決めているようだ。
「アッシュの相手は……ラティだ! ランドも見よう」
「ああ。引っ張るな」

 アッシュはレベル1担当教師のトーラの前に進み出た。
「あ。僕が渡した衝撃の魔法道具」
 アッシュは魔法道具を発動し、使用していいか確認してもらっているようだ。
 先生が首を横に振ったので、ショックを受けている。
「パワー上げ過ぎちゃったか」
 アッシュはのそのそと魔法道具を置くと、気を取り直して木剣を持ち、位置へと着いた。

(アッシュとラティ、何か話している)
 アリエルは魔法で音を拾った。

「こっちも魔法制限しようか」
 相手のラティは余裕そうだ。
 手にはアッシュと同じく木剣を持っている。
「いいよ、使って。それでも僕の方が上だし」
「ははっ。ラブグレイブの剣技、見せてやる」
「セネク流剣術で返り討ちだ!」
 二人ともかっこいい!
 でもセネク流……。流派名とかあったっけ。

 魔法を使わないアッシュにとっても、この授業は魔法使い相手の戦い方の訓練にはなる。
 それと様々な動きや判断が必要な対戦形式は、魔法の才能が開花するきっかけになることもあるそうだ。

 トーラがアッシュとラティに防護結界を張った。
「この防護結界を破壊したら勝ちです。耐久力は与えていませんので、魔法でも物理攻撃でも、一撃を当てれば壊れます」
 その他のルールもトーラは生徒達に告げる。
 生徒自身が唱える防護魔法は可。ただし性能と回数は制限する。

 ちなみにアリエルがアッシュに掛けている防護結界は、授業前に調整してある。
 授業に影響しないように、授業用の結界より内側に掛けているのだ。
(薄いから性能が落ちるのが難点だけど、二重の結界だからそうそう怪我はしないはず。でももっと高機能な結界を作りたいな)
 アッシュが元気に暴れ回るために、もっと守れるようにならないと。

「詠唱」
 審判の教師が号令する。
 試合開始前に、魔法を唱える時間を取っているのだ。
 これによって発動スピードに劣る生徒でも、最初の一発だけは発動できる。
「《疾風》」
 ラティが身のこなしを素早くする魔法を自身に掛ける。

「始め!」
 二人とも一気に踏み込んだ。
 木剣が撃ち合う音が響く。
「二人とも速い」
 特にラティの動きは洗練されている。
 それをアッシュが反射神経と勘の鋭さで弾く。

「近距離戦でアッシュと互角だ」
「やるな……」

 アッシュが大きくステップしてラティの側面に回りこもうとするが、ラティは体勢を保ったまま方向転換し、攻撃を剣で受け止めた。
 そしてその剣をいつの間にか脇に引き抜き、前のめりになったアッシュの側面を叩こうとする。
 アッシュは浮いていた片足で素早く地面を叩き、無理矢理飛びのいた。
「野生動物かよ」
「アリエル様製だよ!」

 身体能力だけならアリエルよりアッシュ、ラティの方が上だ。
 アリエルは優秀ではあるが、その道に誘われるほどではない。
 ただし魔法についてはエキスパートだ。
 彼に防御魔法を掛けてもらえば、相当無茶な戦闘を行える。
 アッシュの反応速度は、アリエルに四方八方から攻撃魔法を射かけられ続けた経験が大きく影響している。

 レベル1とは思えない激しい攻防。
 素早い攻撃が何度も繰りだされるが、決着にはまだ至らない。
(ラティの動きが鈍くなった)

 一旦距離を取ったアッシュとラティ。
 アッシュは地面に木剣を突き立てた。
「魔法掛け直していいよ」
 ラティの魔法が切れてしまったようだ。
 接近戦の中で唱える技量は、今のラティにはない。
「余裕だな」
「同い年で僕に勝てるのなんてアリエル様だけだもん」
「ぐっ。一つ上の俺に対する嫌味かよ」
「あ、そうだった」

「もー。アッシュってば」
 アッシュの不遜な態度に、アリエルは困り顔だ。
「なんだ?」
 ランドには二人の声は聞こえていない。
「せっかく魔法が切れたのに掛け直す時間をあげているの。あと僕と対戦する時より挑発している気がする」
「ラティもそういう傾向があるから気にしないだろう」
「まあ、そうかも」
 二人とも楽しそうだ。
「ランドとラティって齢が違っても仲良いよね」
「付き合いが長いだけだ」
「えー?」

 話しているうちに、ラティの魔法が発動したようだ。
 アッシュとラティが構え直した。
(あ)
 先程と魔法の掛け方が違う。
 先程は疾風の魔法を体全体に掛けていたが、今回は足と腕に集中させている。
「そっか。集中させた方がその部分のスピードは上がる」
「分かるのか。ああ、感知魔法か」
「え?」
 アリエルは辺りを見回した。特に何もいない。
 なぜ魔物を感知する魔法のことを?
 ランドの言葉が気になったけれど、アッシュの戦いに意識を戻す。

 アッシュは近寄らないと魔力のありようを見破れないから、ラティの変化にまだ気づいていないはずだ。
 二人が接近する。
 ラティは先程と同じ速さの振りをして近づき、そして一気にスピードを上げた。
(危ない!)
 だがアッシュはギリギリで身を翻した。
 そして口角を上げる。
(気づいてた!)
 ラティに懐に潜られてしまったのは、魔力を視るためにわざとか。
 ラティが何か仕掛けているのをアッシュは読んでいた。
「今度こそ!」
 アッシュは再び側面を狙う。
 ラティはそちらに剣を向けようとしたが遅かった。
 パリンッとラティの結界が割れ、ラティは受け止めきれなかった衝撃に押されて地面に手をついた。
「勝ったー!」
 アッシュが飛び跳ねて喜んだ。

 見学していたアリエルも喜ぶ。
「アッシュさすがー」
「ラティが魔法を使わない相手に負けるなんて……」
「ふふ。今回はアッシュの勝ちだね。でも最後、同じ攻撃なのに通った。ラティ疲れていたのかな」
 アリエルが疑問を口にすると、後ろから声が掛かった。
「魔法のかけ方のせいだよ」
「フーシー、対戦終わったんだ。勝った?」
「勝った。全く見ていなかったんだな」
「ごめん」
「ラティの疾風の魔法は部分的に掛ければ、その部分の速さが上がる」
「うん」
「でもそれじゃあ体の他の部分がついてこない。直進は足のパワーだけで速くできても、方向転換しようとした途端、体が連動しなくて遅くなる」
「なるほど」
「ラティは初撃に賭けたんだろうが、アッシュに完全に読まれていたな。しかも弱点まで的確に見抜いた」
「アッシュの勝負勘の勝利?」
「あとラティ相手に接近を恐れない反応速度かな」
「アッシュすごいっ」
 フーシーの解説のおかげで理解できた。
 アッシュの動きに慣れているアリエルには、目で追うことはできた。
 しかしその駆け引きまでは分からなかった。
 疾風の魔法も使えるが、補助としてしか使わないのであまり工夫したことがなかった。
 さすがフーシー。

「アッシュは魔法を使えないんだよな」
「うん。使っていなかったでしょ」
「そうか。……じゃあただの勘……。それとも動きを見て違いを判断したのか」
「?」
 フーシーが何か呟いている。

「次。アリエル、ランド」
「はい!」
 呼ばれた。戻らないと。


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