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 友人 4






 教室に戻ると、同じクラスの魔法レベルが違う子が話しかけてきた。
 先程の対戦を見ていたらしい。

「ラティくんもアッシュくんも戦闘を含めると上のレベルだね」
 褐色肌の女の子、ティナ。魔法レベル2。
 黒髪のゆるふわアレンジが似合っている。
 ティナは付与魔法の修行中で、よく学園の広場の露店で先輩の魔法道具を売っていて、アリエル達も寄ったことがある。
「ほんと。あれだけ動けるなんて羨ましい」
 初等部主席だったの女の子、トリッシュ。魔法レベル4。
 真面目な子で先生達ともよく話している。
「トリッシュは魔法に集中していると動けないもんねー」
「うう、バランスが難しいのよね」
 キビキビしたトリッシュと、のほほんとしたティナだが気が合うそうだ。

 雑談が続き、アッシュはティナと話している。
 お互いにこやかだから仲良くなれそう。
 南方のリリアンクに来て、アッシュくらいの肌色の人をたまに見掛けるようになった。
 アッシュとティナが隣にいると姉弟のように見える。可愛い。

「それいいねっ」
 アリエルがほのぼのとしている間に、アッシュのテンションが上がっている。
「でしょー。試してみて」
「うん!」
 ……ちょっと仲が良すぎる。
「何を試すのー」
 アリエルは二人の間に体を割り込ませた。
「アリエル様、あのねっ」
 アッシュは話そうとしたが思い直して黙った。
「?」
「えへへ。次の休日まで秘密」
「!??」
 アッシュが……! 僕に秘密を……!
 フリーズしたアリエル。
 アッシュとティナは首を傾げながら、目の前で手を振った。

 トリッシュはラティと話している。
「ラティ君の魔法が切れたの、私にはしばらく分からなかった。状態に合わせて最適に動けるんだね」
「トリッシュちゃんみたいな綺麗な子に褒められると照れる」
「……真面目に評価しているんだけど」
 トリッシュが少し冷たい表情になると、ラティはむしろ相好を崩した。
「痛っ!」
 ランドがラティの頬をつねった。
「失礼した」
「いいえ」

 アリエルはアッシュの癒やしの手で撫でられて、ようやく意識を取り戻した。
 そしてラティ達の様子を見て不思議そうにする。
「ラティって何というか」
「チャラいな」
 フーシーが言葉にした。
「ラティみたいな人チャラいっていうんだ」
「ラティ、チャラい」
 アリエルとアッシュが揃って言うと、
「ああ。神秘の国の双子が、俗な言葉を覚えていく……」
 ラティはわざとらしく嘆いた。





 休日。
 今日もアリエルが目を覚ますと、アッシュがぜいぜいと肩で息している。

「…………。アッシュ! 秘密話して!」
 アリエルは覚醒してすぐに訊いた。
 今日はティナと話していた秘密を教えてもらう約束の日。
「服屋さんで話すよ」
「!」
 このあと街に出て、服を買い足す予定だ。
 また先延ばしにされた。
「さあ、ご飯どうぞ」
「うー……。いただきます」



 服屋の立ち並ぶ通りに来た。
 マッドから聞いたアリエル達の年齢のサイズも取り扱っている店に入る。
「さあっ、秘密を!」
「買うもの決めてからね」
 しーっと指でたしなめられてしまった。

 店の品揃えは充実していた。
 リリアンクの服は自由な型と明るい色使いで見ていて楽しい。
「これ可愛い」
 アッシュが上下セットの服をアリエルの体に当てる。
「そうだねっ。じゃあ二枚頼もう」
 アリエルはいつも通り二人分を注文しようとする。
「アリエル様。僕は今回こっちの色にするよ」
 と言って、アッシュは色違いの同じ型の服を手に取っている。
「! ど、どうして」
 出会って一年ほどで背が並んでからは、いつもお揃いの服を着ていたのに。
「ふふ。着てみれば分かるよ」

 アリエルは落ち込みながら試着した。
「アリエル様、顔上げて」
 アッシュの声に促されて、顔を上げて目の前にある鏡を見た。
「あれ……?」
 互い違いのような色違いなのに、統一感がある。
 ちゃんとお揃いっぽい。
「少しずらすことでリズムが循環し、より一体感が増す。ティナが教えてくれたコツを元に選んでみたんだ」
「わああ……」
「双子コーデには無限の可能性があるんだよ!」
「すごい! アッシュ、おしゃれ!」
 双子コーデ? 専門用語を使ってる。大人!
(秘密ってこのことだったんだ)
 よかった。アリエルとアッシュ、二人のことで。
 ご機嫌の二人は買った服で街へ繰り出した。

 繋いだ手を振りながら歩く。
(アッシュすごいな。ファッションセンスに磨きが掛かってる。二人分の私服、毎朝選んでいるもんね)
 アッシュの横顔を見つめた。
(料理も上手で、洗濯物も皺が無くて、庭もアッシュのおかげで素敵なデザインに決まったし)
 思い返していて、はたと気づいた。
「僕って家事、全然役に立っていない……?」
「? 掃除はアリエル様の方が得意でしょ。高いところも簡単に拭けるし」
「そっか。でもやっぱりアッシュの負担が大きくないかな」
「んー。僕、家事好きだよ。アリエル様も嫌いじゃないでしょ」
「うん」
「じゃあいいと思う」
 そう言ってアッシュは次に入る店を吟味している。
「アッシュは家事楽しそうにするね。昔からそうだった」
 たしか初めてのお手伝いは、アリエルの髪のブラッシング。
「だって」
 アッシュはくすくす笑った。
「アリエル様が僕のお世話楽しそうにするから、僕もしたくなっちゃったの」
―!」
 天使の笑顔を向けられて、アリエルの頬は火照った。
「そ、そっかー」
「……それに世界の王の邸宅なんだから、雅じゃないと……」
「え?」
「なんでもない。あ、このお店かっこいい」
「ほんとだ。入ろー」

 アッシュのおかげで素敵な服が手に入った。
 途中で寄ったカフェのケーキも美味しかった。





 色々揃ったので、友人を家に招くことにした。
「お邪魔します」
「いらっしゃい」
「おお、中に木が生えてる」
 フーシー、マッド、ランド、ラティ。いつもの六人組の集合だ。

「キッチン広いね」
「うん。なんか前の人が調合魔法を使える人で、大釜を置いていたらしいよ」
「そんな古典的な魔法使いいるんだ」

「メイプル、はじめましてー」
 ぬいぐるみに挨拶してくれるマッド。
「ふふ。《ハジメマシテー》」
「あれ、寝室ここだけ? ベッド一つだけど」
「うん。アッシュに一緒に寝たいって甘えられちゃったから。まだまだ子供だよね」
「あー、そー」

「庭のあの機具は?」
「アリエル様が作ってくれた水やりの魔法道具だよ。時間を設定したら、その通りの時間に水を撒いてくれるの」
「水の補充は夜でもできるから、僕が担当なんだ」
「朝弱いんだっけ」
「……うん」
「早起きより魔法の方が得意なんだね」
「うん!」


 ひと通り見学して、庭のテーブルでティータイムにした。

「マッドの持ってきてくれたジュース美味しい」
「うん。出資している店の商品。ご贔屓よろしく。高いけど」
「高いのかー……」
「アッシュの料理、うまー」
「おかわりいっぱいあるよ!」
 アッシュは得意げに追加の料理を運んでくる。
「アリエルも作ったの?」
「僕は食材を洗ったり切ったりしたよ。火加減や味付けはアッシュじゃないと、なんか変なものができる」
「変なもの」
「でもアリエル様、ピクルスは上手なんだよ」
 ピクルスなら作り置きできるから、朝に弱いアリエルも助けになれる。
「えへへ。アッシュに教えてもらったレシピ通りに作っているだけだよ」
「じゃあ僕だってアリエル様が作ってくれた食材、茹でたりしているだけだよ」
 仲良くきゃっきゃする二人。

「それにしても本当に二人だけで暮らしているんだね」
「そうだよ。大変だったら通いで誰か雇うけど、今のところ平気」
「不思議なのだが、ミスティアは将来の国の要に何の守りも付けないのか」
 ランドが疑問を呈す。
「か、要? 大袈裟だよ」
「しかしアリエルの能力はリリアンクでさえ稀有だろう」
「そうでもないと思うよ」

 学園からアリエルの万能適性について聴聞されるはずだったが、未だに話が来ない。
 忘れているのではなかろうか。
 隷属魔法のことを漏らさないよう、アッシュと問答の想定練習までしたのに。

「あ、でも引っ越してしばらくは色んな目があったね」
「うん。ちょっと嫌だった」
「今は一人になったけど、あれは僕達を守っているのかな」
「うーん」
 アリエルとアッシュが何でもない調子で話す。
「は?」
「家に勝手に見張りが付いているのか……」
 ランドが難しい顔をした。

「それとミスティアは国王様のご威光があれば他は重要じゃないから、学生一人に大仰なことはしないんじゃないかな」
「そんなものだろうか……。なっ、なんだ!」
 ランドの膝に黒い毛玉が乗り上げた。
「にゃんこも来たんだ」
 紫耳の黒猫がテーブルに乗り上げようとしていたので、
「ほーら、こっちだよー」
 とアッシュが素早くスティック野菜で下に誘導した。

「アンリ。こんな遠くにも来るんだ」
「アンリ?」
 フーシーが黒猫をそう呼んだ。
「師匠の道場に顔を出す野良猫だよ。同じ子だと思う。そんな耳、他にいないし」
「そっか。アンリっていうんだ」
 毛並みがいいから飼われている子かなと思って名前を付けていなかったが、野良猫なのか。
「アンリー、マッドが持ってきてくれたドライフルーツのケーキ食べる?」
「えっ、大丈夫? 人間用だよ」
「やめなさい」
 アリエルが軽挙に及んだせいで、フーシーによる猫の飼い方講座が始まってしまった。



 わーわー騒いでいるうちに日は傾き、マッドのお迎えの魔法車が来た。
 解散の時間だ。
 庭の隅で待機していたラブグレイブの大人の従者も、近所に停めてある魔法車を取りにいく。
「フーシーも途中まで乗る?」
「駅近いからいいよ。ありがとう」
 フーシーは歩いて帰るようだ。

「じゃあねー」
 二台の車が去っていく。
 三人で見送っていると、
「フーシー?」
 後ろの方から大人の男性の声がした。
「フラドさん」
 振り返ると中央魔法兵団の隊長フラドがいた。
「こんばんは。アリエル、アッシュ」
 あれから巡回中に見掛ける度に挨拶してくれて仲良くなった。
「こんばんはー。巡回中ですか」
「つい先程までね。交代して今から帰るところだよ」

「フラドさん、フーシーと知り合いなの?」
 アッシュが訊く。
「ああ、魔法を指導してもらっている道場で兄弟弟子なんだよ。今行った魔法車も友達の?」
「はい。あと三人で遊んでいました」
「そうか。二台もこの辺りを走っているのは珍しいと思ったんだ」
「ちょっと乗らせてもらったんだよ。うちもいつか魔法車欲しいね」
「あれは、億万長者が買うものじゃないかな」
 アリエルは興味がない振りをするが、本当はアッシュが欲しいなら欲しい。

 むーっと難しい顔をしていると、フラドが言った。
「ハニアスタ先生に頼めば買えると思うよ」
「えっ」
 驚くアリエル。
 軽く事情を知っているフーシーも同意する。
「有名な付与魔法使いだからね。幽閉されたあとも、魔法道具の契約による収入は継続して入っているはずだよ。賠償金も彼にとっては少額だろうし」
「知らなかった……」
 ハニアスタに対しては旅帰りの身軽な印象しかない。
「おじい様に頼らなくてもアリエル様なら自力で稼げるもん」
 アッシュはなぜか張り合っている。
「まあ、それはその通りかもね」
「えっ!」
 フラドの同意にアリエルはまた驚いた。
「付与魔法は金のなる木だからね。アリエルもできるんだろう。あれは組み合わせる魔法が多いほどできることが広がる。ハニアスタ先生も九系統の魔法を操る天才だったけど、アリエルはその遥か上をいく万能適性だから」
「ほあ……」

「あと移動なら魔法車よりいいものがあるよ」
「え、なんですか」
「実は十賢になれば浮遊魔法使い放題なんだよ」
――――」
「アリエル、狙ってみない?」
 子供三人は意味を飲み込めずに固まる。
「それはさすがに……」
 十賢といえば空間魔法のクーを筆頭に、魔法学園学長のダリア、中央魔法兵団の団長など錚錚たる魔法使いが名を連ねている。
「悪くはない」
「ちょっとアッシュ!」
 アッシュがまた不遜なことを言い出したので、
「あの暗くなっちゃいますから」
 とお別れした。





 フラドとフーシーは駅までの道を歩いていた。
「アリエル達と仲良くなったんだね」
 フラドの言葉に、
「……はい」
 とフーシーが視線を逸らして答える。
「誰の指示?」
「…………」
「師匠?」
「学長です」
 フラドは溜息をつく。
「忘れていい。俺から断っておく」
「でも」
「じゃあ、せめて事が起こるまで何もせず忘れているんだ。俺は子供の過ごす日々を縛りたくない」
「子供じゃないです」
 フーシーは拗ねた口調で言った。
 その頭をフラドが撫でる。
「フーシーには期待しているよ。でも今は自由に学んで遊んでほしい」
「せっかく俺が同じ学年なんですよ」
「俺の気持ちを分かってくれないか?」
 少し淋しそうに言われる。
「……ッ。……分かり、ました」
 フーシーが折れると、フラドは微笑む。
「夕飯、一緒にどこか行こうか」
「! はい!」


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