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 敗北






「あれ。少しきつい」
 買ったばかりの服を着てアッシュは言った。
「成長期だもん。着られなくなったらまた買おうね」
「そうだね。でも……」
 財布を開き、二人で中を覗く。
「お金がない」
 二人の声が重なった。


「いつのまにこんなに減ったんだろうね」
 ソファテーブルにお菓子を積み上げて、二人で作戦会議だ。

「家、寮よりは高いかも」
「そうだね。でもこの家好きだから借りて良かったよ」
「うん!」

「本もかなり買っちゃったね」
 二人はソファから振り返った。階段下の壁面の棚を本が埋めている。
「もっと図書館使わないとね」
「でも自分のだと【付箋】を付けっぱなしにできるからなー」
 ティナの店で買った【付箋】という魔法道具。
 安かったので試しに買ってみたが、メモしたり自己流の目次を作れたり、とても便利な魔法道具だ。
 あまりに便利なので、複数の本に付けた付箋を管理できる【ポータル】もつい買ってしまった。
 こちらは高かった。
 こうしてお金が減っていくのだ。

「むー。他には……」
 考えながらアッシュはアイスクリームをスプーンですくう。
 ミスティアでは高級レストランでしか食べられなかったアイスクリームも、リリアンクでは買える店がそれなりにある。
 リリアンクの豊富な食べ物を二人はとても楽しんでいる。
 自分達で献立を決めているから、毎日デザート付きだ。
「イチゴ味美味しー」
「ミルク味もあげる」
「ありがとう。あむっ」
 アッシュはリリアンクに来てから丸みを帯びてきた頬を幸せそうに膨らませている。
「いっぱい食べて大きくなるんだよ」
「んー」
 丸々としたアッシュも可愛いだろうなあ。

「アッシュ、僕いいこと思いついた」
「なあに?」
「もうすぐ大きなイベントがあるでしょ」
「まさかそれは」
「そう! 学力試験!」
 入学して一か月。
 内部進学者と外部入学者を合わせた初めての試験だ。
「成績アップでお小遣いアップ作戦だよ! 一位を取って、ご褒美に仕送りを増やしてもらうの」
「なるほど。さすがアリエル様!」
「じゃあ早速今日から対策だー!」
「おー!」

 その日からみっちり勉学に勤しみ、試験も万全の体調で臨んだ。



 そして今日は結果発表である。

 制服の校章をカチッと回すと、土台から外れた。
 それを中等部ロビーに置かれた魔法道具にかざすと、自分の成績が見ることができる。
 パネルの表示はまっすぐ正面でないと見られないようになっているそうだ。
 アリエルとアッシュは頬をくっつけて一緒に閲覧する。
「そこまでくっつかなくて平気よー」
 と側にいる事務員が呆れている。

 シュンッとパネルに結果が表示された。
「わあ、アッシュ二位だ! すごい」
「やったあ! じゃあきっとアリエル様が一位だね」
「よおし」
 アリエルの校章をかざすと、パネルの表示が変わる。
「…………」
「さ、三位……」
 アッシュと一点差でアリエルは三位だった。

 とぼとぼとロビーの隅に向かう。
「一位、なれなかったー……」
 そこにいたフーシーに泣き言をぼやいた。
「まあ、一位はあいつだろうね」
 アリエル達はフーシーの視線を追う。
 マッドが事務員に頼んで、紙で結果をもらっていた。
「どうだった」
 合流したマッドに成績を見せてもらう。
「一位……!」
 ガクンッと膝を屈す二人。
「え? えぇ?」
 突然のことにマッドは戸惑っていた。

 フーシーは七位、ランドは五位だった。
「やりましたよ! 目標の三十位、ジャストっす」
 ラティが満面の笑顔でランドに報告しにきた。
「……まあ、よし」
「やったー」
 ランドに褒められて?手を上げて喜んでいた。

「マッド、放課後間違ったところ聞いてもいい?」
「うーん。用があるから少ししか時間ないけど、いい?」
「うん。ありがとう」


 放課後。教室にて六人で机を囲む。
「アリエルの魔法関連の回答、結果は合っているけど途中の論理がすっぽり抜けているね」
「そう?」
 意外なことに最終的な答えの正否は、マッドよりアリエルの方が合っていた。
 ただ答えに至った過程を記した文章も採点対象のため、総合点はマッドの方が上になっている。
「だって、魔法って見ればだいたい分かるよ」
 魔力が見えない魔力無しの人にも分かる論理を書かないといけないのだろうか。
 文章だけで説明するのも大事だけど、それしか証明にならないとすると、ただでさえ未解明だらけの魔法の世界がより茫洋としたものになる気がする。
 マッドは驚いて、
「え、ここまで分かるものなの? フーシーも?」
 対角にいたフーシーを指名して訊いた。
「いや、分かんないよ」
 あれ。フーシーにも分からないんだ。
(僕の考え方、どこかずれている?)
 アリエルは皆の答案を見比べて考えこむ。
「んー……? よく分かんないけど、もう少し細かく書いてみる」
「うん。アリエルは結果を出しているから、本質は間違いなく掴んでいるよ。圧倒的な万能適性だもん。それを言葉で表現したら皆喜ぶと思う」
 マッドの教え方はとても優しい。
 アッシュの能力開発の際も様々な提案をしてくれて、その豊富な知識に驚く。
 悔しいが学年一位も納得だ。
「一度教科書を読み直して正攻法を確認した方がいいかもね」
「なるほど。してみる」

「あ、そろそろ行くね」
 マッドが用事に向かう時間になった。
「うん。ところで用事ってなあに?」
「家の仕事だよ。取引先の魔法学園のマスターから、依頼していた品を受け取りにいくんだ」
「だからいつも忙しそうなんだね。でもちょっと楽しそう」
「うん。自分でやりたがったことだし。それに親しくなると研究について話してくれたりする人もいて楽しいよ」
「へー」


 マッドが去り、残り五人で教え合う。
「五位か……。魔法学園はレベルが高い」
 難しい顔で額を抑えるランド。
「僕達も一位取れなかった……」
 しゅんとするアリエル、アッシュ。
「目標が高いなあ。俺も三人に押されて初等部の時より下がったんだけど」
 フーシーは苦笑している。
「俺は目標達成したし、ランド様にも褒められたし大満足!」
 ラティは「もっと褒めて」とランドに頭を差し出してデコピンされていた。
「痛っ。……まあさっき最大限褒めてもらったんでいいっすけど」
「あれで最大限なの……!」
 アッシュが驚愕している。
「ランド様素直じゃないから。昔は可愛かったんだよ。俺のことラティ、ラティ♡っていつもついてまわって……ぶふッ」
 ランドがラティの口を鷲掴みにして塞いだ。
「ぷはっ……うう。初等学校で俺と離れていたせいでツンツンした感じになっちゃって」
「お前は関係ない」
「そっか。ランドとラティは齢違うもんね」
「別々だったんだ! 可哀想……!」
 アッシュが悲愴な顔で同情している。
「歳が違って良いこともあったじゃん。今ちょうど三十位なら、ランドと同じ齢で受験したら、ラティ合格できなかったでしょ」
 フーシーが言うと、
「……まあそうなんだけどさ」
 ラティがちょっと拗ねた。
「巡り合わせだね。僕はラティと友達になれて嬉しいよ」
「僕もラティと対戦するの楽しい」
「俺もー」
 いえいっ、とアリエル、アッシュ、ラティはハイタッチした。


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