打倒クリフ隊
そこだけ雨が降っていなかった。
見えない屋根があるかのように、土砂降りのの水がドーム状に流れていく。
「魔法すごい……」
幼いマッドはキラキラと目を輝かせた。
水の壁の向こうの少年
――クリフのアメジスト色の目もマッドを見つめていた。
魔法クラスの時間が早く終わったので、アリエル達六人は修練場で魔法無しの武闘対決をしていた。
「来いやあ!」
「アッシュッ、悪い言葉!」
「はいっ。来い!」
アッシュはラティと木剣で戦っている。
結界はアリエル製。
一つ歳上の相手だが、アッシュの方がやや勝率が高い。
アリエルの相手はフーシーだ。
フーシーは剣もできるが、アリエルに合わせて素手での組み手をしている。
結界は無しだ。
「ほら、ここが空いているよ」
「こ、このっ」
身体能力にあまり差を感じないのに、とにかくアリエルの攻撃をいなすのが上手い。
アリエルは負け続けだ。
フーシーはアッシュやラティにも、魔法無しルールで良い勝負をする。
もう一組も素手だ。
「投げられても終わりじゃない。すぐに構えろ」
「えっと、休憩を」
「始めたばかりだろう」
教え上手で厳しいランドと、体術についてはのんびり流そうとするマッドは良い組み合わせだ。
マッドはこの間までできなかった受け身をできるようになっている。
(マッド、クリフ先輩と幼馴染というけど全然タイプが違うな)
マッドがクリフを避けている件について聞いたところ、今はちょっと気まずいが別に嫌いになったわけではないそうだ。
恥ずかしいからと詳しくは教えてくれなかったが。
「えー! なんで勝てないの!」
アッシュが声をあげた。連続でラティに負けたらしい。
ラティは笑う。
「アッシュ攻略法、見切ったり。クリフ先輩との対戦見て弱点に気づいたんだよ」
「何?」
「もう一戦してみようか」
アリエルは二人の打ち合いを見学する。
ラティの攻撃は当たるのに、アッシュのは当たらない。
「踏みこみ過ぎだね」
フーシーが言った。
「剣の長さを考えると、あと靴二個分離れていい。それとずっと同じ距離を狙っているから単調になる」
「たしかに」
「ラティからしたら、近づいてくると確定している相手なら、間合いの駆け引きにおける負担は軽減される。余裕ができて当然だ」
アッシュは近づかないと魔力や魔素を知覚できない。そしてより近づいた方が、多くの情報を得られる。
それは魔法を使わない対戦でも同じだった。魔力を感じることで、目で追わなくても相手の動きを感じとれるというメリットがある。だからこそ頼ってしまうのだろう。
「あの近さは直した方がいいな」
「そんな。アッシュが頑張って手に入れた戦い方なのに」
魔法使いなら視れば魔力が分かる。それがアッシュには分からない。その差を埋めるために頑張ったのだ。
「ラティやクリフ先輩相手ではデメリットの方が大きいよ。距離があった方が相手の攻撃を見てから反応することができる。同じ速さの相手の懐に無闇に入るのは避けた方がいい」
「でも……先手必勝っていうし」
「猪突猛進ともいうね」
ショックを受けたアッシュがこちらに来たので、抱きしめてフーシーに聞いたことを教えてあげる。
「フーシーの言う通り」
ラティがフーシーの考察を肯定した。
「ラティとクリフ先輩には見抜かれているんだね」
「クリフ先輩はそれだけじゃないかも」
「クリフさんの懐に入ってからの勝負ではなく、初撃で崩すことを目指したらどうだ」
「ふむ」
アッシュは皆の意見を聞いて、真剣に思案している。
(よかった。前向きだ)
でもアリエルの手を握って離さないところは、ちょっと可愛い。
昼休みの食堂。
お弁当片手にアッシュと手を繋いで歩いていると、
「あ」
クリフと目が合った。
二年生数人と一緒に、大盛りの昼食を食べている。
「クリフ! 勝負しろ!」
アッシュは弁当を持っている手で、そのまま人差し指を突きだす。
改善すべき点を見つけたアッシュは、もうクリフに勝負を挑んだ。
周りがざわつく。
「一年がクリフに? しかも自信ありそうだ」
「ミスティアの二人組だよ。さすがだね」
クリフは微笑んだ。
「いいよ。いつにしよう」
「二人とも、どうかした?」
マッドの声が聞こえて、クリフがピクッと反応する。
「クリフに決闘の申し込みしているの。先に行ってて」
「あ、うん」
マッドは座っているクリフに気づかなかったらしい。
クリフと目が合って気まずげに逸らした。
クリフはグッと唇を結び、そして言った。
「じょ、条件がある!」
「むっ、何?」
「俺も一緒に昼、食べていい?」
マッドを気にしながらクリフは言った。
「……っ」
「えー、これから作戦会議の詰めが」
「アッシュっ」
アリエルは不満げなアッシュに耳打ちする。
「クリフ先輩に意地悪しちゃったでしょ。お詫びに仲直りのお手伝いをしてあげようよ」
「んー」
「ねっ」
アリエルが両の拳を握って顔を近づけると、アッシュの頬が赤く染まっていく。
そして、こくんと頷いてくれた。
「ふふ。マッド。クリフ先輩も一緒にいい? アッシュと対戦してもらいたいから」
「うん。アッシュがそうしたいならいいんじゃない」
クリフが嬉しそうにして、その背中を一緒にいる二年生が親しげに叩いた。
クリフと共に皆と合流する。
アリエル達がささっと先に席を選び、マッドとクリフが隣になるようにした。
今日もランドは高級ランチだが、クリフは気にしていない。さすがクラッセン商会の子だ。
「クリフ先輩の校章もキラキラだ」
マゼンタレッドの二年の学年色の校章。その枠が他の生徒より豪華だ。
「スターエンブレムだね」
「主席入学だったんですか」
「それはノア。俺は大会の成績でもらった」
クリフは十歳になる年、つまり九歳での進学だから、さすがに入学時はノアバートを越えられなかったそうだ。
「入学試験以外でももらえるんですね」
「うん。学年末の学力試験とか、魔法研究論文で取った先輩もいるな」
マッドの胸にはオレンジイエローの学年色のスターエンブレムがある。
主席入学のトリッシュも持っていた。
(それにしてもマッドとクリフ先輩、直接話していないな)
ここはアリエルが仲を取り持たないと。
アリエルは話題を探して、あっと顔を輝かせた。
「校章、一年生の色はクリフ先輩の髪の色みたいで、二年生の色はマッドのヘアバンドの色みたいで、お互いの色をつけてるみたいですね。リンクコーデっ」
アリエルの発見に、クリフは嬉しそうに照れる。
「そうかな。……ってなんで取るんだ!?」
対してマッドは無言でヘアバンドをむしり取った。
フーシー、ラティが眉間を抑えたり、天を仰いだりしている。
アリエルが小声で、
「惜しい。もうちょっとで仲直りだったのに」
と呟くと、
「いやいやいや」
「攻め方おかしいだろっ」
と全力で否定してきた。
なぜ……?
次の手を考えていると、マッドから声が掛かる。
「そうだ。アッシュ、アリエル。魔法習得の例を新しく見つけたから、後で説明するね」
「うん。ありがとうっ」
アッシュ達がお礼を言う。クリフが興味を示した。
「マッドに教えてもらっているんだ」
「はい。忙しそうなのに優しいんですよ」
「仲良しだろー」
またアッシュがクリフに自慢している。
「俺も色々教えてもらってたし。初等部までは……」
クリフは心底羨ましそうだ。
小声になっていって憐れに思えてくる。
アッシュはますます愉快そうだ。
「友達に新しい友達ができたくらいでそんな情けない声を出してー、恥ずかしくないの?」
友達に友達……情けない声……。
どこか既視感があった。
「時間だな……。じゃあ放課後」
「必ずだぞ!」
昼休みの終わりが近づいていたため、既視感の正体は突きとめられなかった。