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 打倒クリフ隊 2






 放課後の修練場。
 アッシュ達は一年生の教室に近い階段から、クリフは二年生の教室に近い階段から足を踏み入れる。
 アッシュのギラギラした睨みに気づいていないのか、クリフは笑顔で手を振る。
 応援に友人四人が皆来てくれた。
 クリフ側にノアバートはいないようだ。
 授業終了から間もないので、ちらほら見物人がいた。

「行ってくる」
 修練場の中央に進み出ようとしたアッシュに、フーシーが耳打ちする。
「アッシュ、少し試してほしいことがあるんだけど」


 二人に結界を張ったアリエルは、浮遊魔法で浮いた。
「始め!」
 開始の宣言をして、後ろ向きに飛んで離れる。

 アッシュはクリフに向かって飛び出した。
 前回と同じようにクリフは待ち構える。
「ッ!」
 攻撃しようとしたクリフの動きが止まる。
 アッシュが近づききる前に、斜め前方にステップしたからだ。

 アリエルはフーシー達の隣に着地する。
「あの距離ならアッシュの反応も間に合う。クリフ先輩が一方的に攻撃することはできない」
「アッシュ……練習もしていないのに一発で間合いを変えられるのか……」
 約束の後はずっと教室だったので、その場で軽く手足を動かすくらいしかしていない。
 さすがの身体操作。抜群の適応力だ。
 まだクリフに比べて動きは大きいが、クリフは格段に攻めにくそうにしている。
「すごい……」
 アッシュの目まぐるしいステップによって、二人の剣戟は激しさを増していく。
 二人とも背後さえ見えているかのように反応し、紙一重で防いでいく。

 だが、
―ッ」
 クリフの剣がアッシュの胸元に届き、一つ目の結界が割れた。
 後ろに仰け反り、片足が宙に浮くアッシュ。
 クリフはその側面に足を進め、最後の一撃を加えようとする。
 アッシュの剣はそれを受け止めた。
 そしてクリフの力を利用して、体を捻って着地しようとする。

 クリフの目から、アッシュの剣が隠れた。
(あ―)
 アリエルの目には、アッシュの剣が見える。
 それが繰り出されるタイミングを、クリフは正確に捉えた。
 タイミングだけは。
「!!」
 アッシュは剣を逆手に持ち直していた。
 クリフの予想より大回りで剣を薙ぎ払った。
 ―しかしその軌道ではクリフに届くまでほんの少し掛かる。
 クリフはギリギリで剣を受けとめた。
 ただしアッシュの剣には勢いがのっていた分、体勢を崩される。
 アッシュはそれを追う。
「ォりゃあッ! ――――」
 だが、クリフの目は冷静にアッシュを捉えていた。
 クリフの剣が一閃する。
 アッシュの剣を持たない方の腕を打ち、結界は壊れた。

―……」
 言葉に詰まったアリエルだが、フーシーに促されて、
「クリフ先輩の勝ち……!」
 と終わりを告げた。



 皆で集まり、クリフに訊く。
「不意は突けたと思うのに、どうして対応できたんですか」
「殺気が伝わってきて攻撃のタイミングが分かった」
「殺気……」
「そんな曖昧なもので……」
 皆でアッシュの方を向くと、凄まじい負の思念をクリフに向かって放っている。
「あるかもな」
 と納得した。

「どー、どー」
 アリエルが声を掛け続けていると、アッシュも会話できる状態に落ち着いた。
「クリフも殺気があった。だから受け止められた……」
 アッシュが言う。
「クリフ先輩から?」
「アッシュの野生の勘が感じとったんだな」
「どうして両面でアッシュが原因になるのっ」
「お互いに殺気を鋭敏に感じるということか」
 あの打ち合い。反応。
 この中ではアッシュとクリフの二人しか到達できない速さだった。
 捨ておくことはできない情報に思えてくる。

 それと同時にアリエルは、
(相手の心を読んでいるような。通じ合ってるような……)
 ともやもやした。

「アッシュは才能はあるけど、それを手合わせに活かしきれていないね」
「そうだな。最後の方、冷静だったクリフさんに持っていかれた。崩し切れていないのに踏み込むから。能力に溺れているようにもみえる。逆にクリフさんは必要最低限に立て直して機会を掴んだ」
「うー……」
 友人からの指摘にアッシュは耳が痛そうだ。
(才能頼りか)
 アリエルも自分に合った戦闘スタイルを練られているか自信がない。
「……我慢する。次から頑張る……」
 敗因をぐっと受け入れるアッシュ。
(アッシュはどんどん直している。僕も、ステップアップしたい)
 そしてアッシュにかっこいいって言われたい。

「クリフ先輩!」
 アリエルはトッとクリフの前に立つ。
「僕と魔法で戦ってください!」
「ア、アリエル様?」
 アッシュは戸惑ってアリエルの顔を見つめる。
 クリフは困った顔をした。
「戦ってみたいけど、先生に止められているんだよ」
「えっ、な、なんで」
「さあ。修練場ボロボロにしちゃったせいかも」
 なるほど……。残念。



 クリフが帰り、修練場の観客も引いていった。
「剣を逆手に持ちかえたのってフーシーの入れ知恵?」
「うん。前回いけそうだったっていう攻撃のアレンジ。アッシュの柔軟性ならいけるかと思って。実際できたけど、上手くいかなかったな」
「いや、悪くない」
「ランド?」
「そうっすね。タイミングを掴まれているなら、攻撃自体を予期せぬものにするのは有りっす」
「だね。いける気がする。もっと詰めてみようか」
 皆であれこれ話し合う。
「最大の難関はクリフ先輩のスピードだね。特訓するにもあの速さを再現しようが……」
「ラティともう一人で囲めばいい」
 ランドが提案した。
「おお!」
 たしかに二人を相手にすれば倍の対応力が求められる。一撃自体の速さは再現できないとしても、十分有効だ。

「皆の力を合わせたら、クリフ先輩に届きそうだね」
 アリエルとアッシュの目がいきいきしてくる。
「打倒クリフ隊の結成だよ!」
 アリエルは両の拳を握った。
「ラティがアッシュの実戦相手をして、フーシーがクリフ先輩を分析し、ランドが戦略を練り、僕が応援し、マッドはえっと、釣り餌?」
「かっこわるい」
「そしてアッシュが勝つ! 頑張るぞー!」
「おー!」
「おー」





 それからアッシュは戦闘で進歩するたびクリフに対戦を申しこんだ。

 クリフは用事がなければマッドとの仲を取り持つことを条件に付き合ってくれる。
 アッシュの縁で、マッドを抜いた他の四人も相手してもらった。
 ノアバートも時折来てくれる。
 ラティは同い年でクールなノアバートによく懐いていた。

 今日はフーシーとクリフの対戦だったが、あえなくフーシーは敗北した。
「ありがとうございました。クリフ“先輩”」
「……ありがとう。フーシー」

「フーシー、手を抜いてる?」
 皆の元に戻ってきたフーシーに尋ねる。
「私達が相手の時は、もっと奇計を使ってくるはずだ」
「ええ。腹黒って感じっすよね」
「フーシー、腹黒」
 皆で好き勝手言うが、フーシーは気にした様子はない。
「次回に向けて観察していただけだよ」
「観察……」
「自信のある策はアッシュに教えてぶつけようと思って。初等部では勝てず仕舞いで学年変わっちゃったけど、アッシュの野性の運動能力を使える今こそ勝ちたいんだよね」
 笑っているフーシーだが、割とクリフに対抗心を燃やしているようだ。
 それなのに情報分析に徹する優れた自制心を持っている。
「打倒クリフ隊、気に入ってる?」
「もちろん」





「クリフに勝つ……ね」
 夜。
 自宅の書庫で調べ物をしていたマッドは一息つき、昼間の友人達の熱中ぶりを思い出していた。
 窓から斜向かいに見えるクラッセン家を眺める。
 といっても道路幅十二メートル、お互いに間口四十メートルとそれなりに離れている。
 市内中心部の住宅街にしてはゆったりしたスケール感だ。

 クリフの部屋の窓に明かりが点いている。



 魔法の才能。
 それは生まれつきのものと云われている。

「魔法使いになりたいの? 魔力ないのに。無理だろ」
 幼い頃から、マッドに何度か投げかけられた言葉だ。
「こんなに成績が良いんだから、他の道もあるんじゃないかな」
 もう少し善意をまとったものも含めれば、数えきれないほど聞いた。

「マッドの魔法、見たい!」
 そう言ってくれたのは……あの光を束ねたような才能と笑顔を持つ幼馴染だった。



 マデリン商会とクラッセン商会。
 リリアンク有数の商会に同じ齢の男の子が生まれて、関わりができるのは必然だった。
 クリフといつ出会ったかは覚えていない。
 けれどマッドが魔法使いになりたいと思った日、クリフと一緒にいたことと、雨だったことは覚えている。

「マッド! 外で木登りしようよ!」
 クリフは窓の外の土砂降りの様子が見えないのか、キラキラした目でそう言った。
 マッドは聞かなかったことにして本に視線を戻した。
「読書飽きたよー」
 たった三日、雨が続いただけでこれである。
 マッドならば何日でも読書を続けられる。
 知識を得ることはワクワクした。

 やんちゃな幼馴染。
(弟みたい。僕が見ていてあげないと)
 同級生との試合で負けなしのクリフを見ても、マッドはそう思っていた。
 それなのに、クリフだけ先に中等部へ進学してしまった。

「まあ、マッド。似合うわぁ。可愛いっ」
「母さん……」
 白のレースのヘッドドレスを被せられて、マッドは溜息をつく。
「とっても似合っているわよね」
「ええ。可愛いよっ」
 姉達が口々に褒めてくる。
 さらにメイドがにこにことクローゼットから今度はドレスを出してきた。
 マッドを置き去りに、皆楽しそうだ。
「冗談はいいよ。僕出掛けるからね」
 マッドはヘッドドレスを外し、マッド好みの派手なヘアバンドを付けた。

 行く当てもなく出てきたので、クラッセン家に向かった。
 ちょうどクリフが在宅していて運がよかった。

「マッド、いらっしゃい」
 なにやらここでも服を飾るトルソーが出されていた。
「これ、中等部の制服?」
「そう。ジャケットタイプ」
 白と紺が合わさった厳かな制服。
 マッドの好みからすると地味だが、美形のクリフが着ればなんだって華やかになるに違いない。

「マッドも進学すると思ってた」
「俺は魔法実技ができないからね。それに親が不満みたいなんだ。他の子より背が低いまま進学したら、これ幸いと体育サボるだろうって家族に言われた」
「ああ……。マッドに運動させたいんだろうな。放っとくと何日でも部屋にいるし。信じられない」
 マッドは時間があれば本を読んでいるか、店の工房で見学している。
 本ばかり読んでいないで遊びにいきなさいとよく怒られている。
 逆にクリフは雨の日でも遊びに出て泥だらけで帰ってくる子だ。
 一時期、表口からの帰宅を禁止されたくらいだ。
 今はどちらから入るか自分で判断している。
「それと中等部に入ったら仕事を手伝わせてもらう約束だから、引き延ばしたいみたい」
「マッド、はまると仕事しかしなくなりそうだからなあ」

 クリフが紅茶のカップを置く。
「……中等部に入る子で、同い年はいないって言われた」
「そっか」
 クリフは微笑んでいるが、少し淋しそうだ。
「ノアバート君と同じ学年にしたかったんじゃない? お互い競う相手がいた方がいいだろ」
「俺と同じ学年なら、トリッシュもいるのに。あとクラスは違うけどフーシーって子も戦いにくかったな」
「トリッシュは遠距離の大技が得意で、フーシーは相手の行動を読んで不意を突いてくるのが得意。でもノアバート君なら一人で両方できるだろう」
 まあ、ただの観戦者の意見だが。

 会話が途切れて、なんとなくマッドは制服を見た。
「ねえ、マッド。着てみてくれる?」
「はあ?」
 やたらとクリフがお願いしてくるので、しかたなく着た。
「ぶかぶかだ」
 同い年なのにこの差。いや、クリフの成長期が早く来ただけだ。マッドもそのうち追いつくはず。
 クリフの視線に気づく。
 彼は目をキラキラさせて言った。
「可愛い」


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