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 特別講義






 セントラルタワーにある学園最大の講堂。

「それでは『特殊知覚での魔素・魔力の観察報告』を始めます」
 学園局録司室のエドがアナウンスする。
「講師は中等部二年生アリエル・ハロウ、アッシュ・ハロウ両氏です」

「よろしくお願いします」
 壇上に立った二人は、ラティプロデュース・神秘の双子らしく、恭しくお辞儀した。


「本日は七つの新発見と、それを合わせた見解をお伝えします」
(よーし。頑張るぞ)
 アリエル達の知っていることを全部伝えるのだ。
 聴講者は学園のマスターや研究者。本科生も席があるかぎり入っている。
 この講義の重要性や注目度の高さがうかがえる。





「まずは一個目の新発見、【魔素】についてお話しします」

 大会で発覚した、アリエルだけに見えているもの―。
「この世界には魔素がただよっています。魔素とは魔力の元になるものです。微細な粒子で、これが物質であるか、そうでないのかはまだ分かりません」

 この講義は、事前にまとめた研究報告書を元にしている。
 報告書から抜粋した図を、黒板に投影する。
 聴講者によっては、すでに報告書を手に入れていて、手元の魔法道具で読みながら聞いている。

「魔素は他の魔素・魔力の流れにのったり、魔力持ちや魔物に反応して、ふわふわと移動します。魔法使いや魔力持ちが魔力を作ろうとしている時は、魔力回路に引き寄せられます。壁で遮ると、周りこんだり、スピードを下げて浸透します。この辺りは魔力と同じです。しっかり遮る場合は、魔力への防壁と同じものを使います」

 ―【魔素】の存在は仮説としては知られていたので、聴講者もなんとなく理解できるだろう。
 そうエドが言っていた。


(伝わっているよね?)
 聴講者の様子をうかがうが、よく分からない。
 魔素がどうただよっているかなんて、アリエルにとっては見れば分かることだ。
 それを大人―世界トップクラスの魔法使い達が真剣に聴いている。
 不思議な感覚だ。

(トーラ先生があたふたしていたの分かる)
 入学直後の担任の様子を思い出す。
 アリエルも隣にアッシュがいてくれなければ、同じように頭の中が真っ白になっていただろう。

「アリエル様。トーラ先生、真っ青だけど大丈夫かな」
 アッシュがこそっと囁いた。
「本当だ……」
 担任のトーラが心配して、前列端で見守っているのだが、汗がすごい。

「僕、何か失敗しちゃったかな」
 アリエルは不安になる。
「彼女はいつもああなので気にしないでください」
 エドが言った。
 トーラとエドは、共通の友人がいる知り合いだそうだ。今回の席もエドに頼んで確保したらしい。

「君達の方がよほど落ち着いていますね。その調子です」
 褒められた。
「はいっ」
 エドの言葉を信じて、二人は前を向いた。





「二個目の新発見は、【特殊知覚】です」

 ここからはアリエル、そしてアッシュにしか分からない事柄だ。
「まずは僕アリエルの見え方を説明します。普段は魔素が濃い場所しか見えませんが、意識すると、どこにおいても魔石の色を薄くしたような色がぼんやり見えます」

「《投影》」
 アッシュが幻影魔法を使い、壇上にアリエルが説明した世界を再現してくれる。

「通常の大気や大地、人工物には、様々な種類の魔素が混ざっています。いろんな種類の魔素が混ざると、透明に近づきツヤツヤして、ほのかに七色の照りが見えます」
 アッシュの作る幻影は、繊細に変化する。
「おお……」
 と感嘆の声が聞こえた。
(ふふっ)
 アリエルは鼻高々だ。

「似た色や混ざった色の中に、目的の魔素があるかは、意識を向ければ浮びあがってきます。目で見つつ、他の感覚も使って捉えています。第六感……とでもいうのでしょうか」
 物心つく頃には見えていたから、見えないという状態がよく分からない。

「目でこの特殊知覚ができる人は、僕しか報告例がありません。ただ、隣にいるアッシュは、目ではなく触覚を中心に魔素を感じています」
「僕アッシュは風や水が流れるのに似た感覚を、魔素から感じることができます。皆さんの中には、魔力が周囲を流れる感覚が分かる方もいると思いますが、それと似た感覚だと思います」
 アッシュの涼やかな声が講堂に響く。
「僕の方は、肌で感じることはアッシュほど得意ではありません。ちなみに瞼を閉じた場合、三メートルほどは薄っすらと見えます」

 ……アリエルが一番驚いたこと。
 それは、アッシュも他の魔法使いも魔素が見えていない、ということだ。
 見分けがつかない人が多いだけで、雑多な魔素は見えていると思っていた。

 けれど今、アッシュが隣に並んで発表してくれて嬉しい。
(それに……)
 自分で色々と調べても、サポートのプロであるエドに手を貸してもらっても、アリエルに近い知覚を記した記録は見つからなかった。
 唯一アッシュだけが近いことができるのだ。
(やっぱりアッシュは僕の特別なんだ)
 才能があってもなくてもアッシュは素敵だけど、お揃いはやっぱり嬉しい。

(あとは……ゴーリーさんも魔素を見分けていそうだったけど)
 ゴーリーは忙しいらしく、連絡が取れない。
 確認が取れないので、この発表では触れない予定だ。


 嬉しい発見があったように、恥ずかしい勘違いも発覚した。
 アリエルが知っていて皆が知らなかったことがあるように、皆が知っていてアリエルが知らなかったこと―。

 今アッシュが言った言葉。
 ―皆さんの中には、周囲を魔力が流れる感覚が分かる方もいると思いますが―。
 ―分かる方もいる―。

 そう。分かるのは一部の魔法使い、という点だ。
 アリエルは、魔法使いは皆「魔力が見える」と思っていた。
 しかし実は、【感知魔法】の適性がある人にしか見えなかったのだ。
 アリエルは感知魔法は「魔物を探知する」だけの魔法とばかり思っていた。
 魔物は魔力を持つから、魔力感知の応用で魔物感知していたのだ。

 また、アリエルが視覚中心、アッシュが触覚中心で捉えているように、魔力感知にもグラデーションがあるようだ。

(『初級魔法教本』の感知魔法のページには、魔物感知だけが書いてあったから勘違いしちゃった)
 あれはただの代表例だったのだ。見返せば、本の冒頭に『各魔法の代表的な魔法や簡単な魔法を載せています』と書かれていた。

 エドが教えてくれたところによると、
「あの教本は、広く魔法の適性持ちを探すことを目的にしています。そのため小さな個人塾の指導補助に使われるのは、まさしく想定していた使われ方です」
 とのことだ。
 リリアンクは他国も含めて魔法教育を奨励している。魔法は偶然の才能がものをいうので、新たな知識を得たければ、魔法使いの数を増やすことが肝要だ。
 エドは、
「しかしアリエル君のように、複数の魔法を使えたり威力が高かったりしたなら、普通はもっと大きな魔法塾に移って習うものですよ。ミスティア王都なら、良い塾は複数あったでしょう」
 とも言っていた。
 アリエルほどの才能があるのに、セーネのような、趣味で知り合いの子に教えているだけの師に習い続けるなど、想定外らしい。

(セーネさんの授業も楽しかったけど、ミスティアの魔法塾も行ってみたかったかな)
 通うとしたら、母メラニーやセーネが結婚前に通っていた塾だろうか。
(あ……だめだ。魔法を使えなかったアッシュは入塾できない。やっぱりアッシュが一緒じゃないと)

「アリエル様?」
 アッシュがこちらを見て、首をこてんと傾げる。可愛い。
「続き、できる?」
「あ、つ、続きだね」
 他の事を考えていたアリエルは、慌てて講義に意識を戻す。





「次は三個目の新発見、魔素・魔力の【種類】についてです」

 今日の目玉だ。
 アリエルの才能が生まれつきだとしても、アッシュまで【万能適性】を手に入れたのはなぜか。
 その要因は、同じ知覚を得る修練をしたから。
 すなわち「魔素・魔力の種類の知覚の習得」にある可能性は高い。

「ですがその前に、魔石について確認しておきたいと思います。なぜなら世に出ている『魔力に種類があるのでは』という研究は、魔石の性質から着想したものが多いからです。僕の解釈でも、魔石は、魔素・魔力の種類の違いが明確にあらわれたものだと思っています」



「四個目の新発見。【魔石】は魔素が固まったものです」

 エドが学園局から借りてきてくれた魔石を教卓に並べる。そして立体映像の魔法道具で拡大し、見やすくした。

「僕の目測で、九十九パーセント以上が一種類の魔素でできています。残りの混合物は、大気中、水中、地中などに通常存在する物質です。他の魔素は弾かれて、通常の石よりも存在しにくくなっています」
 魔石の成分は、いままで謎だった。
 各地でたまたま美しい石の鉱脈が見つかり、魔力を取り出せたならば魔石と判別していただけだ。

「魔石の成分は、これといって固体化を促すような成分に偏ってはいません。そのため魔素自体に固体になれる性質があるのでは、と僕は推測しています。水蒸気や水が温度変化で氷になるようにです。どうしてこんな石が自然発生するのかは、時間がなくて独自には調べられませんでした」
 時間ができたら、マデリン商会に頼んでマナグレイス鉱山で調査したい。

「【魔石】のすでに知られている性質をおさらいします」

 主な性質は三点。アリエルは一つずつ読みあげる。
『一.
 魔法を発動する時、魔法の系統に対応する魔石を使うと、格段に早く楽に魔力生成できる。
 二.
 魔石を使うと、普段使えない魔法が使えることがある。
 三.
 魔石の大きさに応じて一定量の魔力を取り出すと、働きが鈍くなる。時間を置くと、また魔力を取り出せるようになる。』


「一個目の新発見【魔素】の話に戻ります。魔素は【魔力】の元だと言いましたが、魔素は魔力に変換されると、しばらく変換可能量が落ちます。時間が経つとまた変換できるようになります。図にするとこうです」
 図解が投影される。

『・魔力生成
 【魔素】→生成→【魔力】→発動→【魔法】

 ・魔素還元
 【魔法】→魔力拡散→【魔力】→還元〈時間経過〉→【魔素〈パワー切れ〉】→回復〈時間経過〉→【魔素】』

「魔法を発動すると、辺りに魔力が散ります。そして魔力は不安定な状態なので、すぐに魔素へと還ります。魔素は時間をかけて力を回復します。つまり力を内包した魔素が大気中に散らばった状態に戻るのです」
 魔法とは【場】―世界の力を借りて発動しているのだ。

「ちなみに僕の目は、パワーがある魔素とパワー切れの魔素を見分けられないので、魔力生成してみないとどちらか分かりません」
「僕の感覚では、一部の魔素で性質が変わってしまい、捉えられなくなってしまう場合があります」
 アッシュが言い添える。
「威力の高い魔法を使う方や、密閉された作業場で作業される方は、同じ系統の魔法を使い続けると、魔力が作りにくくなった経験があるかと思います。ご自身の体力や集中力に問題がないなら、【場】の問題だったのです」



「それでは【魔石】の話に戻ります。魔石なしで魔法を使う時は、魔素はそのまま魔力になります。しかし魔石を使った時は、【パワー切れの魔素でできた魔石】と【魔力】に分裂します。つまり石の形の物質と、パワーに分裂するのです。そして魔石は周りの魔素を吸収し回復します。その魔素は魔石から取られて還元された魔素でも、全く関係ない魔素でも構いません。種類さえ同じなら由来は問わないのです。そして関係ない魔素を吸収しても、魔石の質量は変わりません」

 魔素が魔石を作るなら、魔素は物質だ。
 しかしその質量はどこにいったのか。

「魔力の方が物質ではないのなら収支は合います。しかし魔力についても、物質かどうかは解明されていません。例えば植物魔法で大きな植物を作った時、生成物は質量を持っている。そして特段対策をしないかぎり、時間経過で植物は消えて魔素に還ります。他の例えだと、結界魔法も、結界は質量がほとんどないのに、重いものがぶつかった時にその運動エネルギーを防げます」
 図を用意していなかったので、アッシュが黒板に絵を描いてくれる。デフォルメされていて可愛い!
「魔力で生成した物質がどこからきたのか、その謎の一部は魔素で説明がつきますが、大部分は僕達にも分かりません。僕達に知覚できない物質が残存しているのか、魔素というものが空虚な状態になれる亜物質なのか。今の僕達には分かりません」

 講義前に、友人達にリハーサルに付き合ってもらった。
 その時、ラティはこの辺りで目が虚ろになっていた。
 感知魔法適性があるフーシー、ランドは頑張って理解しようとしていた。
 マッドは一番成績が良くて基礎魔法学にも興味があるので、嬉々として聞いていた。

(一つ謎を解いたのに、謎が残ったり増殖する)
 研究は大変だ。
 エドからは、
 「謎のままでいいので見たままを著してください。未解明であることを示せば、焦点が絞られますので。それに半端であっても記録があると、他の研究者が興味を持って、研究を発展させてくれることもあります」
 と言われた。だからそのまま講義内容に加えたのだ。

「魔素・魔力が物質かどうかについては、今は解決不可能なので以上です。先に進みます」



「では、魔素・魔力の【種類】の話に戻ります。魔石の種類と合わせて考えていきますね」

 教卓に並べた魔石を、再び大写しにする。
 器用で繊細なアッシュと、手慣れたエド。頼りになる。

「魔石には色があります。これはそのまま魔素の種類ごとの色になります。普通の鉱石は少ない混ざり物が色を決めることも多いですが、魔石は主成分の魔素の色になります。僕が特殊知覚で見ている色と同じなのです」
 オレンジの魔石は、火の魔素。
 水色の魔石は、水の魔素の色だ。

「そして皆さん、魔石を使う時は、魔法の系統に合った色の魔石を使いますね。つまり魔素の色・魔石の色・魔法の系統の三つは一致するのです」
 段階があるだけで、関係性はシンプルだ。

「ただ、似た色を全て見分けるのは困難です。また、魔石か浮遊する魔素かで、周りの環境から受ける視覚的な影響が違うので、より見分けが難しくなります。そのため目に頼り過ぎるのは禁物です。そういう時は目をつぶって知覚すると、周りの環境の影響がほぼなくなるので効果的です」
 見分けるコツを伝えるが、そもそも見える人がアリエルしかいないので、反応はない。
 しかたない。この記録が、いつか誰かの役に立つことを願おう。

「【魔石】と対応する【魔法の系統】については、複数の方が研究していらして、学園局が対応表を公開しています。そちらでは現在、二十五組が載っています。自然界にそれなりの量がただよっている魔素の種類が、そのくらいの数になります」



「魔石が対応する系統の魔法にしか使えない。それは皆さんご存知かと思います。―そして実は魔力も、対応する魔法にしか利用できません」
 聴講者は難しい顔をする。
 当然だ。
 ……それは『重い制限』となりえる。

「魔法を使うには魔力が必要です。魔力回路に魔素を取り込み、必要量の対応する種類の魔力を作ります。ですがこの時、魔素と魔力の種類を知覚できない方は、その場の雑多な魔素を取り込み、そのまま幾種類もの魔力を作ってしまうのです。すると、その人の魔法回路が一度に生成できる限界量に達してしまい、目的の魔力が、魔法の発動に必要な量に満たなくなってしまいます」
 従来の感知魔法で見れば魔力は足りているように見えるのに、魔法が発動しない。そのため適性なしと判断されてしまうだろう。実際に魔力が足りていても難しい系統もあるが。

「ある魔法に対して適性の高い人は、集める魔素に偏りがあります。そのため、その種類の魔力は十分な量を作れて、魔法を発動しやすいです。ただ無意識の偏りでは、適性は一つや二つで打ち止めになってしまうのではと思います。適性がより多い人は、魔力回路の容量が多い傾向にあるという研究がありますが、僕達もそれに同意します」





「適性の話はまたのちほど。次は五個目の新発見、魔石の【人工生成】について説明します」

「それでは火の魔石を作ってみます」
 アッシュが実演する。
 両手をすくうように前に出し、その上に火の魔素を集めていく。まだ聴講者には何も見えていないはずだ。
 アリエルは説明する。
「今、手の上に百パーセント近い純度の火の魔素が集まっています。そして、これを包むように圧力を加えると……」
 パシッと結晶が現れた。オレンジ色の魔石だ。
「火の魔石が完成しました」
 純度を上げることができれば、わりと簡単に作れるのだ。
 まあ、純度を上げられる者が今のところアリエルとアッシュしかいないのだが。

「この魔石は魔力持ちが触れないと使えません」
 アッシュは魔石を教卓に置く。


「次に、六個目の新発見、【活性化】を維持した魔石をお見せします。アッシュ」
 アッシュが頷く。
「もう一個、火の魔石を作ります」
 アッシュの手の中に、再びオレンジの魔石ができあがる。
「できました。魔石は通常、魔素の状態ですが、こちらは一定量の魔力が維持されるようになっています。魔力感知できる方には、二つの石の見え方が違うはずです」
 アッシュが二つの石を掲げもつ。
 魔力を投影魔法で映すことはできない。したとしても、術者が恣意的に表したものになるので、学術発表では意味がない。だから拡大せず直接見てもらう。
 聴講者の何人かが隣の人に聞いたりしている。聞かれている人は感知魔法が使えるのだろう。
「表面の魔力は特殊な模様を描いています。気になる方は後で近くでご覧ください」

「では実際に使ってみますね。こちらは僕達が作ったランプの魔法道具です」
 油ランプのような小さな壺。その中を拡大して見せる。
「中は空っぽです。油や炭など、火を維持する物は何もありません」
 そこに魔石をセットし、蓋を閉じる。
「まずは普通の魔石。何も起きません」
 魔法使いが触れていないので当然だ。

「次は活性化した魔石です」
 魔石をセットし直し、蓋を閉める。
 するとボウッと蓋の中心の小さな穴から、炎が灯る。
 魔法道具を教卓に置き、二人は距離を取る。
「ご覧のように、火が維持されています」

 聴講者から感嘆の声があがる。
「魔力持ちが必要ない魔法道具!」
「付与魔法に待ち望まれていた技術だ……!」
 やはり基礎魔法学より、具体的な利用方法が分かった方が反応が良い。
「魔石の製造量によっては、社会が変革するぞ!」
(そ、そこまでかなぁ)
 たじたじするアリエル。その隣でアッシュは得意そうだ。

「ただ活性化した魔石の具体的な制作方法ですが、閲覧制限が掛けられました。閲覧できるのはマスターと上級研究員のみ。しかも司書長を通していただく必要があります」
 一部の研究員から残念そうな声があがる。





「そろそろ最後です……。七個目の新発見。今日ご説明した内容全てに関わってくる重大な要素―。魔素・魔力の【純度】についてです」

 アッシュの得意分野だ。
「魔素・魔力に種類があるなら、純度も存在します。純度の違いの影響で分かりやすいのは【威力】です。アッシュ」
「はい。ではこちらの装置にご注目ください」
 端に置かれていた二つの球体のガラスを、ふよふよと動魔法で引き寄せ、教卓に置いた。
「これは魔力を密閉できる一般的な実験器具です。今回、【同じ量の魔力】で【同じ魔法】を使って差が出るか実験します。錬金魔法で鉄を創ります」
 錬金魔法で創りだせる物質は少量なので、卓上で試すにはピッタリだ。
「こちら側の入口から魔力を注げます。満杯になると自動で栓が閉まります。そして反対側からは魔法を掛けられますが、その時使われる魔力は、今溜めた魔力です。魔法発動者の魔力はほとんど吸い込まないようにできています」
 二つの器具の、片方にアッシュが、もう片方にエドが魔力を満たしていく。しばらくしてキュッと入口が閉まった。

「ではエドさんの魔力から。錬金の適性はないそうですが、普段通り魔力生成してもらいました。《創生・鉄》」
 アリエルが器具に手を添え、錬金魔法を発動する。
 すると器具の中に、ひとつまみもない程度の砂が零れ落ちていった。
「次にアッシュの魔力です。錬金の魔力の純度をできるかぎり高めてもらいました。《創生・鉄》」
 ビキビキッと今度は小石程度の塊ができあがった。
「鉄です」
 器具の外側から磁石を近づけて引き寄せてみせる。

 結果を見て、聴講者達が驚く。
「たったあれだけの魔力で!? 一センチ角はあるか……」
「適性の高い魔法使いと、そうでない魔法使いの魔力を比べる実験は、いままでもあった。しかしここまで差が出るのは初めて見た。エドだって上級研究員なのに、【純度】を操ることで、ここまで差が出るとは」
「アリエル・ハロウは錬金魔法の適性まであるのか。たしかに机上サイズで見せるなら分かりやすい魔法だが、あんな簡単に……」

 アリエルは言い添える。
「他者の魔力を使う時の相性は、僕はアッシュとの方が良好ですので、その影響もあります。ですがこちらの計測研究で……」
 アリエルは他の研究者による研究を表示する。
「スピードには影響しますが、威力への影響は数パーセント程度に留まっています。今回のように落ち着いた状況で密閉器具を使った場合、同じ結果が期待できます。僕達が事前にした簡単な計測でもそのくらいでした。魔力の拡散や魔素還元の面では、純度が高いアッシュの魔力の方がやや早いくらいです。つまり総合して影響は同等です」





「以上、七つの新発見を経て、最後に僕達の説を主張させていただきます。【適性】について―」

【万能の双子】が【適性】について話す―。
 大講堂は静まりかえる。

「魔石は高純度の単一の魔素でできているとお伝えしました。そして魔石の特性として、魔石を使って魔法を使う時、術者の魔法適性を無視できるという点が挙げられます」
 自分では火魔法を使えない魔法使いが、魔石を使っている時は火魔法を使えるようになるのだ。

「ところで皆さん、二種類の魔石が結合した魔石や、斑になった魔石があることはご存じでしょうか」
 以前マデリン商会の鉱山でアリエルがもらった、白と青色の合わさった魔石を見せる。
「こちらは二種類の魔力を取り出せます。しかし適性のない魔力持ちには、魔力が取り出せなくなります。とっても可愛い魔石なのですが……」
 斜めから見ると水色に見える。アリエルの好きな色だ。

「コホン。つまり【適性】を得るには、純度の高い魔素を集め、純度の高い魔力を作ればいい。それが【万能適性】の正体です!」
 アリエルの声が大講堂に響く。

 どよめく聴講者。
「し、しかし……」
「魔素の純度を上げる。それには魔素を知覚しないといけないのでは」

「そうです。そこでアッシュの存在が鍵になります!」
 アリエルは誇らしげにアッシュを手で示す。
「アッシュが一年生の秋まで、魔法を一つも使えなかったこと、ご存知の方もいると思います」
 聴講者から、
「そうなのか」
「だから去年は名を聞かなかったのか」
 と声がする。

「さらに、最初に魔素を知覚したのも、五歳で魔法修行を始めてから四年近く経った頃です。魔法を発動したのは、それからさらに二年。頑張り屋の彼はたゆまぬ努力を続け、その抜群の才能を見事に開花させました。努力で! そう。アッシュこそが魔法の世界に希望をもたらす宝石なのです!」
 アリエルは今日一番の饒舌さでアッシュを讃える。
 褒められたアッシュは頬を緩める。
「えへへ。アリエル様が教えてくれたからだよっ」
「ふふ」
「二人とも。修練の内容をお願いします」
 エドが冷静に先をうながす。

「はい。それじゃあアッシュ。どうやって習得したか、説明してくれる?」
「任せて!」
 アッシュが一歩前に出るのを、アリエルはにこにこと見つめる。

 実はここから先は、アリエルは把握していない。
 講義の日が差し迫っていた頃。
「大事な締めだからね。ギリギリまでこだわりたいから、一人でもう少し詰めてみる」
 とアッシュが言った。
「そっか。手分けしないと間に合わないし助かるよ」
 とアリエルは答えた。この部分はアッシュに任せて、アリエルは他の部分に集中したのだ。
 すでに提出した報告書をなぞるわけだから、概要は分かっている。エドとも相談しているようなので大丈夫だろうと。


「僕アッシュが魔法に触れたのは―五歳の冬のはじめでした」
 スーッと講堂の灯りが絞られていく。
「?」
 アリエルは照明の操作盤の方を見る。アッシュの魔力の跡から、彼が動魔法で操作したと分かった。元々薄暗かったので、かなり暗い。
 そして、パッとアッシュとアリエルだけが、劇場の役者のように照らされた。
「???」
「僕の側には、いつもアリエル様がいました。あどけない天使なれど、魔法の才に溢れ、僕を優しく教え導いてくれたのです」
(ほ、褒めすぎ……)
 アリエルは戸惑いつつも、アッシュの話を邪魔してはいけないと、口を挟まないようにする。

「アリエル様は僕のために、魔素を知覚するための修練を考えてくれました。それは冬が深まってきた頃でした」
 アッシュはアリエルの両手を取り、指を絡めてキュッと握る。
「アリエル様の手の温かさを感じながら、アリエル様が集めてくれた単一の魔素の中で、僕は魔力生成をする修練を続けました」
 今でも毎日している修練だ。

―そう。毎日一時間以上。雨の日などは八時間を超す日もありました」
 そんなにしていたっけ。
(ふふ。一日中一緒にいるのが普通だから、気づかなかった)
「ですが僕は魔素どころか、魔力が生成される感覚さえ感じとれませんでした」
(たしかにアッシュ、あの頃はそう言っていたな。懐かしい。今はどんどん新しい系統を吸収していく天才だけど。でもあの頃だって、すごい魔力の量だった)

「僕は目を瞑って、ただひたすらに集中しました。全てが霧の中のまま、ただアリエル様の声だけが頼りでした。―『アッシュ、さすが。天才。すごい。いい子だね。頑張り屋さん……』」
「…………」
 ん?

「それから月日が流れました。集中した時の僕の感覚は、霧の中を脱して、静謐な無の境地となりました。アリエル様の声だけが、穏やかな波紋を広げる虚空に」
「…………」
「そこにわずかな変化を感じました。普通の空気が、単一の魔素に変わっていく変化」
 暗い教壇に、きらきらと小さな光魔法がただよう。
「そう。それはアリエル様の魔素操作。鋭敏なる穏やかさを手に入れた僕は、ついに魔素の存在に気づいたのです。それは九歳の秋のこと。修練を始めてから―実に四年が経っていました」
「……………………」

 聴講者の、
「四年……」
「無の境地を四年……」
 という苦々しいささやきが聞こえた。

 アリエルは青くなる。
 アッシュは文句を言わないし、なんなら嬉しそうだから続けていたけど、何も分からない子に同じことを何時間も……。
「僕、アッシュに……そんな理不尽なことをさせていたの……!?」
「え?」
 アリエルのかすれた叫びは聞こえなかったようで、アッシュはこてんと首を傾げた。

 そしてアッシュは正面に向き直って、胸を張って話を続ける。
「つまり【万能適性】の習得方法とは、アリエル様を信じることです! アリエル様を信じれば、世界に溢れる魔素を感じられるようになり、万能適性が手に入る。そう。アリエル様を信じれば!」

(あ、あれっ。『濃い魔素と魔力の中で瞑想を続ける』っていう結論じゃ……)
 報告書にはそう記した。
 いや。確かに大筋に変更はない。
 ただ、アリエルの理不尽さが明らかになり、かつ、変な勧誘みたいになっているだけで。

「以上、ご清聴ありがとうございました」
 優雅にお辞儀するアッシュ。
「あ、ありがとうございました」
 慌ててアリエルもお辞儀した。

 聴講者は戸惑っていたが、やがてちらほらと拍手が鳴り、そして割れんばかりの大きさとなった。
(えっと、好評?)
 最後のアレは皆、気にならなかったのだろうか。
 アリエルはとりあえずホッとした。
 隣を見ると、アッシュが大満足の表情で微笑んでいた。





 まとめると―。

一.【魔素】
 世界にただよう魔力の元。

二.【特殊知覚】
 アリエルの目。
 アッシュの触覚。
 この二つは魔素・魔力の種類を捉えられる。
(また魔力が見えるのは【感知】の適性持ちだけである。アリエルは、魔法使い全員が見えると勘違いしていた)

三.【魔素・魔力の種類】
 ある系統の魔法を使うには、対応する種類の魔力が必要。
 魔力生成するには、対応する魔素が必要。

四.【魔石は魔素】
 魔法や魔法道具の補助になる魔石。
 それは百パーセント近くが魔素でできている。
 パワー切れした場合、時間が経てばパワーを取り戻す。

五.【魔石の人工生成】
 アリエルとアッシュは魔石を人工生成できる。

六.【魔石の活性化の維持】
 アリエル・アッシュが作る活性化した魔石は、魔法使い・魔力持ちの魔力回路を通さなくても使用可能。
(重要情報のため閲覧制限あり)

七.【魔素・魔力の純度】
 単一の種類の純度を高めると、魔力回路の利用効率が上がり、適性に関係なく魔法を使える。
 魔石も高純度であるため、同様のことが起こりうる。

そして二人の主張―【適性の習得】
 濃い魔素と魔力の中で瞑想を続ければ、適性を得られる可能性がある。

 ―以上である。





「それでは質疑応答に入ります」
 エドが進行してくれる。

「あ、その前に」
 アリエルは手を上げた。
「今回説明しなかった部分で、先に断っておきたい事項があります。魔石の性質として『普段使えない魔法が使えることがある』という点を挙げましたが、【魔法道具】でも同じことがいえます」
 何人かの聴講者が頷く。
「つまり、魔法道具も適性が無くても使える時があります。特に高性能な魔法道具ほどその可能性が高いです。しかし、その理由はいまだ解明されていません」
 そこまで言って、アリエルは申し訳なさそうにする。
「えっと、そして僕達の意見もまだ決まっていません。他に考える項目が多すぎたのと、あと僕達は付与魔法のマスターであるハニアスタ・ハロウの孫なのですが」
 皆、アリエルの素性は噂で知っている。
「高性能な魔法道具が周りにあることが当たり前すぎて、全ての魔法道具が適性を無視できると思いこんだまま調査して、時間を無駄にしたり……していました。ごめんなさい……」

 聴講者達はなんともいえない顔になる。
 恵まれた才能だけでなく、恵まれた環境を持ちながら、どうも抜けた子達だ。
 「魔法は才能の世界」と云われるが、魔法使い達はそれを理由に、教育の抜け漏れを許容しすぎているのかもしれない。



 取りこぼしを説明したところで……。
「それでは最初の質問をお願いします」

 一つ目の質問。
「一つの魔法に対して、一種類の魔素を使うのでしょうか。それにしては単純な魔法と、複雑な魔法があるように感じます。例えば動魔法と植物魔法ではかなり差がありますが……」
「魔素にはそれぞれ特性があります。単独で複雑なことができる子、他の魔素と協力して複雑なことをする子です」
「特性……」
「はい。植物魔法を例にしますね。植物魔法を使うと、植物の魔素を軸に、水や土の魔素も呼び寄せられます。まだ詳しく調べていないので、適性の違う詠唱者がするとどうなるかは検証していませんが」
「水や土の適性がなくとも、植物魔法の適性があれば、水と土の魔素を呼び寄せられると?」
「そうです。魔素にはリーダー気質な子と、一匹狼な子がいるんです。あ、一匹狼の子も、僕を超える精密な【目】で見たら、実は複数の魔素が常に行動を共にしているだけという可能性はありますけど。とりあえず今の段階で分かっている魔素の特性については、後で付属資料をご覧ください」
 質問者は礼を言って座る。

「分からないことがいっぱいでごめんなさい。僕達の推測が広範囲で一人歩きしてしまうと良くないので、今回触れなかった事柄は、それぞれ専門の方に監修や共同研究してもらってから、ゆっくり発表しようと思っています」



 次の質問。
「先日のエキシビションマッチでは、魔石が触れただけで魔法道具が作動するようにしていましたが、あれは幾種類もの魔石を散りばめたのですか」
「あれは可能性がありそうな魔素を、十種くらい配合してばらまきました」
「……それは純度の点ではどうなっているのでしょうか」
「えっと」
「活性化の維持に関わることなので、お答えできません」
 エドが断り、アリエル達と共に謝った。



 いくつも質問に答えていく。
 また次の質問だ。
「魔素を魔力に変換しているなら、魔素と魔力を足した量は常に一致すると考えていいですか」
「基本的には一致します」
「基本的? 例外があるのですか」
「はい。一部の魔法使い……魔力持ちも含みますね。魔法を覚える前からできていたので。その一部の魔法使いは、魔素がない場所でも魔力を生成できます」

 他の人が手を挙げた。
「同じ件で」
 一番前の席の男の人だ。骨格は大きいのに肉の薄い細腕で、顔色が非常に悪く見えるが、目は爛々と輝いている。
「マスターグール、どうぞ」
 エドが指名する。
(聞いたことある名前……あ)
 たしか高出力の魔力を研究しているマスターだ。
(ゴーリーさんに大規模結界のエネルギーや持続時間について訊いたら、この人が担当って言っていた)
 活性化を維持した魔石を作る際、魔素に還ろうとする魔力の維持を、他の魔法使いはどうしているのか知りたくて訊いた。しかしゴーリーは詳しくは教えてくれなかった。
 防衛チームはすごい技術を隠していそうだが、国家機密なのでしかたない。

「無から魔素を得る魔法使いとは、どのような魔法使いか、傾向は分かりますか」
 グールが尋ねる。
「傾向……? 二人しか知らないので、はっきりとは分かりません。アッシュとクリフ先輩なので、魔力量が多い人、なのかもしれません」
 中等部生のアリエルの行動範囲で見掛けた人だ。魔法学園全体なら、もっといるかもしれない。
「僕?」
 打ち合わせになかった話なので、アッシュがきょとんとしている。可愛い。

「へえぇ。クリフ・クラッセンですか。私の研究している『魔生(ましょう)』の可能性を持つ一人だ。それに、その子もそうなのか」
 妖しい目でアッシュを射抜くグール。アリエルは思わずアッシュに一歩寄る。
「おやおや」
 グールはなだめるように笑うが、目はアッシュをねっとりと観察している。
 エドが割って入る。
「マスターグール。少し二人の発表から遠のいていますので、あとは後程、録司室を通してください」
「……はーい」

(『魔生』ってなんだろう……)
 あとであの人の論文を読んでみよう。



 しばらくして、質疑応答も切りあげた。
「それでは特別講義を終えます。皆様、良き学びを」
 アリエルとアッシュの初めての講義は、予想外のこともあったが、おおむね好評に終わった。


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