目次へ



 魔法の隠蔽






 講義が終わり、忙しかったアリエルとアッシュにも時間ができた。
 だから今日は、打倒クリフ隊の打ち上げだ!

「わあー、庭付きだ」
 マデリン商会のパーティールーム。窓の外には紅葉した庭が見える。
「幻影魔法だけどね」
 もう冬だから、本来なら葉が散りきった木が多いはずだ。
「アリエルにも庭として見えているのか」
「うん。意識しなければ見えるよ。じゃないと板書を魔法で書く先生の授業で困っちゃう」

 マデリン家の美味しい料理に、アリエルが頬を緩め、アッシュが対抗心を燃やす。
 食べおわった後は、ランドがくれたヘイゲン産のお茶を楽しむ。
 そして皆で講義の映像記録を観た。

 ランドが言う。
「魔法教育は実技に寄りすぎているのだろうな。だから勘違いを見逃す。証明されていない事柄も、小さいうちから……少なくとも中学では伝えてもいいのかもしれないな」
「んー、そうかも?」
 ランドはヘイゲン帝国魔法省の長官を目指している。魔法技術施策に取り組み、大国のアドバンテージに見合ったレベルにまで高める、という野望があるそうだ。

 魔法といえばリリアンク国が一等。
 次いでウィディギィ陣連。リリアンクの西の国境に接する、【魔装】という特殊な魔法を発展させた国だ。
 その次にヘイゲン帝国やミスティア王国など、数か国が横並びとなる。
 ヘイゲン帝国は農地も人口も、これらの国の三倍はある。だがこの世界において、魔法技術は豊かさや軍事力を決める要だ。その魔法技術が凡であることに、ランドは歯がゆさを感じているようだ。

「アリエル達がミスティアに戻ったら、確実にミスティアが上になるからな」
「ん……」
 戻る……。あまり考えたくない。

「ところで」
 ラティが問う。
「二人はこれから何を目標にするんだ。クリフに勝ったことだし。マスターでも目指す?」
「ええっ」
 驚くアリエルに代わり、ランドが答える。
「マスターになるのは時間の問題だろう。今回の報告書で十分だ。追加で詳細や証明を望まれることはあるかもしれないが」
「それもそっすね」
「ぼ、僕達まだ学生で、研究員にもなってないよ。マスターなんて……」
「アリエル。研究員から順に経験する、なんて条件はマスターにはないよ。大事なのは研究成果」
 マッドが教えてくれた。



 リリアンク魔法学園の研究者には、三つの職階がある。

 まずは【研究員】。
 各マスターの研究室や、学園が直接管理する研究所に所属して、日々、魔法の研究に励んでいる。
 学歴は必須ではないが、基本的に魔法学園の本科、もしくは国内外の他の大学を卒業している。
 トーラは中等部の教師だが、教育科の研究員も兼ねているそうだ。

 次は【上級研究員】。
 マスターほどの独自性や抜きんでた技術はまだ持たないが、各研究室や学園に大きな益をもたらす者がなる。
 エドは学園局局員であると同時に、上級研究員も兼ねている。

 最高位は【マスター】。
 独自の研究成果、もしくは卓越した技能を持つ者だ。一人一つずつ研究室を持ち、そこには研究員達が所属している。
 新たなマスターは、学園の最高意思決定機関である【マスター会議】にて任命される。
 マスターになる条件は、素晴らしい研究成果をあげること。
 また、戦闘系や大規模魔法であると、新規性ではなく、当代随一の使い手かどうかが問われる。凶悪な魔物の討伐や戦争で功績を立てることで認められるのだ。とはいえ戦争はもう三十年以上起こっていないが。

 ―この三つの職階とは別に【十賢】という称号がある。
 これは国議会が与えた特権なので、魔法学園の職階ではない。基本的に魔法学園の研究者ではあるが。



「アッシュはマスターなりたい?」
 アリエルが訊く。
「当然なるよ。格好いいからね!」
 アッシュが意気揚々と答えた。可愛い。
(マスターかぁ)
 今回の報告書のための調べ物で、学園局録司室のエドにお願いすると、資料の閲覧権限がぐっと広がった。自分達がマスターになればもっと広がるのだろう。
 そうすれば、隷属魔法の手掛かりも見つけられるかもしれない。

 アリエルが考えていると、
「でもやっぱりバトルは派手でいいね。中等部は僕達のタッグが平定したから、次は本課程に殴り込みをかけようか」
 とアッシュが言いだした。
「ア、アッシュ? そんなことしないよ」
「? じゃあ次はどこを平らげるの?」
「どこも平らげないよ。僕達の目的覚えてる?」
「アリエル王国による天下統一!」
「王、国……? 違う。これでしょっ」
 友人もいるので口にはせず、アッシュの服の上から、呪印のある場所をこっそり指差した。
「! そうだった」
「もー」
「じゃあさ、エドさんに見せてもらった資料で、あれが気になった」
「もしかしてフラドさんの?」
「それ―」

「フラドさんがどうしたの?」
「!」
 フーシーが急に話に加わってきた。こそこそしていた二人はビクッと驚く。
「えっと、あのね。付与魔法の資料を読んでいたら、参考文献欄に何度かフラドさんの研究が出てきて気になったの。ほら、知り合いだから」
 本当はその研究論文のタイトルが気になったのだ。呪印への疑問のヒントになりそうだったから。

「でも【閲覧制限】が掛かっていたの。だからエドさんに知りたいことを伝えて、閉架書庫で部分的に写してきてもらうことしかできなくて」
 全文読みたいのに。
「フラドさんの研究っていうと、魔法の隠蔽かな。広い範囲のセキュリティに影響しそうだし、制限レベルは高そうだね」
「そうなの……。フラドさんの論文自体、図書館の端末でフラドさんの名前で検索しても載っていないし」
「それも情報制限だね。タイトルを正確に入力しないと、存在自体知ることができない研究があるんだよ。マスターの印章で認証すれば検索できるかも。もし最高レベルの制限なら、司書長しか探せないって云われているね」
「僕達が見つけるには……」
「地道に参考文献欄をチェックしたり、マスター達と話して教えてもらう感じかな」
「うう。頑張る」
 マデリン商会のバイトで、交友は広げている。特に付与魔法関連の研究者とはよく会う。しかしマデリン商会は家庭や一般企業向けの商品が多く、高度なセキュリティは必要としていない。そのため高度な魔法隠蔽技術を研究している知り合いはいないのだ。

(アッシュの呪印が何をしているのか、まるで分からないんだよね……)
 魔法であるからには魔力を吸っているはずだ。
 一度、簡単な命令をして【魔力】の流れや【魔力層】の構築を観察しようとしたことがある。
 だが呪印に雑多な魔力が吸われたとたん、隠蔽魔法が発動した。アリエルは魔力層も何も観察できないで、ただ命令に従うアッシュを見ることしかできなかった。
 さすが儀式魔法というべき技術だ。

(高度なセキュリティ……。軍、ゴーリーさんの防御結界……)
 しかしそんなところを調べてバレたら、ハニアスタの二の舞になり幽閉されてしまう。

(ん、あれ? 高度な隠蔽技術を持っている人がいるとしたら、僕達の家を覗いている魔法使いはもっといる可能性も? 僕達が知覚できないだけで。うう、考えることが多すぎる……)
 アリエルはそっと溜息をついた。





「これが風の魔素だよ」
 アリエルはランドと手を繋ぎ、ランドの得意な風の魔素を集める。
「なるほど。魔素は分からないが、格段に風魔法が使いやすくなった」
「ふふ、いい調子だね」
 今日は友人達に、魔素・魔力の【種類】を捉えるための瞑想を体験してもらうのだ。

「片手だけだからね! アリエル様と両手繋いでいいのは僕だけだからね!」
「アッシュー、俺の方に集中してくれー」
 向こうではアッシュがラティにレクチャーしている。

 フーシーにも同じことをして、魔力のないマッドともあれこれ試してみた。
 けれど何かを掴む人はいなかった。

 マッドが言う。
「魔力を感知できなかったんなら、アッシュは俺と同じで何の感覚もなかったんだよね。これを四年間か……」
「へへん」
「うう……」
 なぜか得意げなアッシュと、縮こまるアリエル。
 講義の日から、アリエルは時間を控えめにしようとしたが、アッシュが物足りなそうなので、結局いつもの調子でおこなっている。
 今はグングン成長しているからいいのかなあ。

 フーシーが言う。
「まあ、努力で万能適性への道をひらくっていう画期的なことが起こったんだ。魔法界は二人に感謝しないとね。俺達もアッシュに色々教えたけど、結局のところアッシュにはアリエルのやり方が合っていたことになったね」
「でしょう。ほーら、アリエル様は正しい」
「アッシュっ……」
 ちゃんとオーソドックスな方法を教えてくれた皆に向かってなんて態度……。
(でもアッシュに理不尽なことをしちゃったから、僕からは叱りにくい……。あ)
 アッシュはフーシーにデコピンされた。



 今日の会はこれで終わり。
「アリエル、アッシュ。これからも瞑想に付き合ってくれると助かる。……一回二十分くらいで」
「え、それだけでいいの?」
 アリエルがつい聞き返すと、友人達は胡乱げな目をした。
「それだけって……。付き合ってくれるのは助かるけど、闇雲にしたら俺達もアリエル達も辛いって」
「あ、そうだね。十分だね」
 しまった。長時間するのが当たり前になっている。
「ふふー。アリエル様に何時間でも時間を取ってもらえるのは、僕だけだね!」
「うん……。お前が辛くないんならいいんだ」


 友人達の楽しそうな声の中、
「差がついちゃったな……」
 誰にも聞こえない声で、マッドはぽつりと呟いた。

「スケジュールはマッドが優先ね」
 アリエルが言って、アッシュも頷く。
「え?」
「だってマデリン商会の皆、新しい魔法道具考えるので忙しいだろうし、それはマッドもでしょう? 僕達も忙しいから、積極的に予定を合わせていかないと」
 マッドは意外に思ったようだ。少し目を丸くして、そしてすぐにいつもの穏やかな笑みに戻った。
「大丈夫。たまたまタイミングが合った時にしてくれるだけで嬉しいよ」
「そう?」
「うん」
「分かったー」


目次