武槍兵団
午後は武術修練だ。
希望者は修練場に向かう。
「ラティ、気合入っているね」
「ああ! 今日からしばらく、兵団の人が指導してくれるって話だからな」
「そういえば前回の終わりに言っていたね」
「兵団主催の教練、ノアやクリフは何度か参加しているそうなんだけど、他国人は参加できないんだ。学校でやってくれて運が良かった」
「そうなんだ。じゃあ僕も運が良いんだね」
プロの指導。アリエルはタッグ戦で皆の動きについていけなかったから、レベルアップしないと。
(アッシュとお揃いの、バトルもできる魔法使いになるんだ!)
アッシュも修練に付き合ってくれるけど、見慣れちゃうからね。他の人ともしないと。
マッドが、
「俺、この授業は参加しないつもりで……」
と弱々しい声を出す。アリエルとアッシュに両側から腕を組まれながら。
「予定表見たでしょ。楽しそうだから全員参加!」
「えー……」
修練場に出ると、いつもの先生の隣に、知らない男性と女性がいる。
筋骨隆々で、体を覆いつつも動きやすそうな軽装。
「この授業では【中央武槍兵団】の方に教官としてお越しいただきました」
「副団長のギースだ」
「一番隊副隊長のテレサです。よろしく」
生徒達は、
「よろしくお願いします!」
と声を合わせて挨拶する。
よく見ると教官二人は武槍兵団の制服だ。使いやすいようにカスタマイズしている。
武槍兵団の制服は、茶色ベースに橙色のアクセント。
それに対し魔法兵団の制服は、黒ベースに赤のアクセントだ。
『中央』と冠する
――つまり首都である市内管轄の兵団は、加えて装飾が白銀色になる。
他に、青灰色の制服の警邏も市内で見掛ける。
生徒達が小声で盛りあがっている。
「ギース副団長! 先月の大発生を一隊で阻止したっていう」
「すっげえ。一番隊も団長直属の精鋭だよな」
「中等部の講師の仕事なんて受けるんだ」
ラティも、
「まさかエースが来てくれるなんて」
と嬉しそうだ。
そんな浮き立った雰囲気とは逆に、ギースの眉間には深い皺が刻まれている。
「
――ハロウの二人……アリエルとアッシュってのはどいつだ」
低い声。厳つい体。そのギースが眼光鋭く受講者を睥睨する。
「ぼ、僕達です」
アリエルがつい弱腰になると、
「なんですか」
アッシュがツンとした声で応対した。
「クリフに勝ったって?」
「
――! ふふふ。そうですよ」
アッシュは機嫌が良くなった。あの勝利を何度でも自慢したいのだ。
「信じられないな」
「む」
「俺が教えた限り、あいつの剣は同じ年頃の奴なんて目じゃなかった。相手になるのはノアバートくらいか。魔法に関しても戦闘面ならトップクラスのはずだ」
クリフとノアバート、それとフーシーは時折、兵団の外部講習に参加している。スカウトも兼ねた体験講習だ。
そこで知り合ったのだろう。
「どうせ温厚坊っちゃんのクリフにつけこんで、変なルールでも押しつけたんだろう」
「そんな……」
「ふっ、勝負の世界は残酷なのさ」
「アッシュ、ちゃんと否定してぇ……」
めっ、とアッシュの唇を指で押さえて、アリエルはギースに向き直る。
「本当に勝ちました。タッグ戦の変則ルールではありましたが」
「見せてみろ」
「え?」
「対戦だ。二人で掛かってこい。魔法もありだ」
もう一人の武槍兵団からきた教官、テレサが呆れる。
「荒っぽい教え方を」
「うるせえ。俺達が見せられるものなんてコレだけだろうよ」
「待ってくださいよ」
「あ?」
第三者の声。
振り向くと、アリエル達の同級生が腕を組んでふんぞり返っている。
「ツノチコくん?」
「武槍兵団って魔法も使えない集団でしょう。ナンバーワンのアリエル達が出るまでもない。俺が相手してやりますよ」
割り込まれたアッシュは、
「えー、ずるい」
と不満そうだ。
「アッシュ、残念がることはない。武槍兵団ってのは魔法兵団が来るまでの時間稼ぎと後始末だけの半端者だぞ」
アリエルは慌てる。
「ツノチコくん、何言っているのっ」
彼は魔物に襲われたことがないのだろうか。襲われることが多いアリエル達としては、魔力の有る無しに関係なく、駆けつけてくれるだけで頼れるのに。
「アリエル。兵団については僕の方が詳しい。僕は訓練に参加を許された。つまり魔法兵見習い。いやもう魔法兵といっても過言ではない!」
過言。
「そんな僕が武槍兵など一捻りにしてあげます」
「ああ゛?」
ギースがさらに凶悪な人相になる。
ツノチコとギースが手合わせすることになった。常任教師が二人に結界を張る。
向かい合う二人。周りは距離を取る。
アリエルは兵団に詳しそうなフーシーの側に寄る。
「フーシー、武槍兵団は魔法使いはいないけど、魔法道具を使う魔力持ちはいるんだよね」
「ギースさんは魔力無しだよ」
「教官のこと知っているの?」
「うん。あ、始まるよ」
「ギース教官、武器は?」
ツノチコが訊く。
「この中等部用の木刀でちょうどいいだろう。優しく指導してやるから、安心して掛かってこい」
「はんッ、では行きますよ! 《光矢》!」
ツノチコは閃光を細く鋭く照射した。
「遠距離なら手も足も出ないでしょう!」
だが歩くようなステップのギースに当たらない。
「なっ! くぅッ」
連続して放つが、やはり避けられる。
ツノチコの命中精度が悪いように見えるが、その実、ギースが予知するがごとく狙いを読んでいるようだ。
「【閃光魔法】か。発動から着弾までの時間がゼロに近い攻撃魔法。
――だが駄目だな。お前の照準時間は長すぎる」
ギースが距離を詰めた。
「近づけるものか!」
ツノチコは閃光を拡大し、前方を広く守る。
(あんな使い方が)
防御魔法の使えるアリエルがしたことのない閃光魔法の使い方だ。
だがギースは平気でその光の中に入る。
「魔力が足りていないぜ。チリッとするから虫除けにはなりそうだ」
「《光矢》!」
ツノチコは光の中で光弾を撃つ。
非常に見えにくい攻撃のはずが、ギースは難なく躱す。
ツノチコは必死で後ずさり、距離を取った。
ギースは冷めた目で観察しながら見逃す。
「ど、どうやら本気にならないといけないようですね。魔法使いの本当の恐ろしさ、見せてあげますよ!」
ツノチコが手刀を構える。
「…………」
ギースは足の位置を変え、先程までよりまともな構えになった。
「たしかに恐ろしい魔法だよ。最も簡単で、殺傷力はトップクラスにもなれる……」
「ええ! 木刀などでは受け止められませんよ!
――《斬空》!」
【斬刃魔法】だ。
見えない刃がギースに向かう。
アリエルが捉える刃の幅は、八メートルほどの広さ。
今から横には躱せない。下になら
――。
だがギースは移動せず、魔法の刃に木刀を向けた。
二つが触れた瞬間。
シュッ
――とギースが素早く自分の前方を払った。
それだけで、魔法の刃は刃先から四散した。
「え
――」
唖然とするツノチコ。
「時間切れだ」
瞬きの間に走りこんできたギース。
ツノチコの喉には、木刀の切っ先が向けられていた。
その木刀は一直線に削れ跡ができていたが、芯は無事だ。
「……ッ!」
寸止めされたので、結界はまだ破壊されていないが、
「参った……」
ツノチコは戦意を喪失した。
木刀を下ろしたギースに、ツノチコが問う。
「どうして……斬刃魔法が消えたんですか」
「木刀で刃を削ぎ潰した」
「はあ?」
「斬刃魔法の根幹は切れ味だ。その切れ味はおそらく、物質的な波動の【並び】によって得られている。その並びは実在の刀よりも理想に近く、実在の刀よりも別方向からの力に弱い」
「別方向からの力に弱い……。まさかッ、あの速さの魔法に対してそれを狙ったんですか!? 感知魔法も無しで?」
アリエルを含め、周りも驚く。
非常に繊細な角度と、できるかぎりの力で木刀をぶつける必要があったはずだ。
「魔力なしでも全く見えないわけじゃない。空気を切り裂いているわけだから、そこに歪みがある」
透明な刃で透明な空気を切り裂いて見えるものなど、微細な変化だけではないか。
「一対一ならば充分に軌跡を見る余裕がある。先に見せた閃光魔法で、魔力量や練度のほどは絞れたしな。練度が上なら」
呆然とするツノチコ。
聴衆の方から声がする。
「化け物……」
「あ゛?」
「い、いえ!」
「それで?」
ギースの目が、落ちこんだツノチコを捉える。
「俺の手を聞いて、お前はどうすれば当てられたと思う」
「
――……」
ツノチコは思案を巡らせる。
「切れ味をもっと上げて……いや、それは今の僕にはすぐにできない……。
――多段にすれば、教官が対応しきれない可能性もあったかと思います」
「そうだ。まあ、それも崩しようはあるが、格段にやりにくい」
すぐにできる改善となると、増やせる刃は質が低いものを二、三倍くらいだろうか。それにもギースは対処できるようだ。
「多段にする訓練をしろ。そしてその後は、街中で市民を傷つけない工夫だ」
ツノチコはハッとして、ぐっと拳を握る。
「そこまでできて……ようやく兵団で役に立つ魔法使いになるんですね」
ツノチコの落ちこみようが目に見える。
斬刃魔法は簡単で、適性を持つ魔法使いは多い。
しかし『初級魔法教本』には載っていない。
『初級魔法教本』の目的は、広く魔法の才を発掘することであるのに。
それは、斬刃魔法という危険な魔法を、未熟な者の手から遠ざけるためだ。
ギースは大きく溜息をつく。
「閃光に斬刃。戦闘向きの良い適性だ」
「え?」
「終わったなら、さっさと下がれ」
「は、はいっ」
ツノチコは後ろを気にしながら走り、生徒達の中に紛れた。
「さあ
――、ハロウの二人。前に出ろ……」