武槍兵団 2
「すごいね、ギース教官。本当に魔力がないのかな」
アリエルとアッシュは、ギースとツノチコの手合わせを観戦中だ。
「アリエル様、隠しているのかもしれないよ。じっと観察して」
「なるほど。自分の目で見るのは大事だね」
アリエルは感知魔法と特殊知覚でギースを観察する。
「んー……。ないよ」
「ありがとう」
可愛い笑顔でお礼を言ったアッシュは、今度はギースを狩人の目で凝視した。
邪魔しない方がいいかな。
「そういえばフーシー、ギース教官のこと知っているって……」
「うん、有名な人だし。兵団の講習でたまに会うしね。それにフラドさんと同学年で友人なんだよ。フラドさんは留学もしたから、卒業年はギースさんの方が早いけど」
「へー。て、あ。教官の名前、フラドさんの共同研究者として見たことある」
「そう。優秀な人だからね。魔法実技以外はギースさんが常にトップだったらしいよ」
「トップ!」
「わあ」
アッシュも聞き耳を立てていたようだ。驚いている。
アリエルとアッシュはひそひそと相談する。
「学力一位ってマッドと一緒」
二人はいまだに、学力試験でマッドに勝ったことはない。
「そのうえ武術もできる。油断できないね」
「ね」
そうこうしているうちに、手合わせが終わった。
生徒達の中に戻ってきたツノチコは、黙って内省しているようだ。
(丸く収まったのかな?)
武槍兵団に対して結構暴言があったけれど、ギースは言われ慣れているのだろうか。
口は悪いけど、冷静にあしらって、助言までしていた。
けれど
――。
「さあ
――、ハロウの二人。前に出ろ……」
アリエル達には殺気に満ちた憎悪を向けてくる。
(何かしたかなあ……。はっ、クリフ先輩のことをすごく可愛がっていて、負けたのが悔しいとか)
「今度は武器を使わせてもらう」
ギースはテレサに向かって木刀を投げて、テレサは鈍色の武器を投げ返した。
槍……いや、尖っていないので棍だろうか。結合部がゴツゴツしていてカスタマイズできそうな見た目だ。
「結界を突き抜けるような力は出さない」
しようと思えば、魔法道具でもない武器で結界を突き抜ける力を出せるのか。怖い。
アリエルとアッシュはこそこそと相談する。
ギースは万全の二人と戦う気のようだ。待ってくれている。
「ツノチコくんの敗因は、ギース教官の対応可能な範囲で収まっていたからじゃないかな」
アリエルが言うと、アッシュも頷く。
「身体能力じゃ勝てない。多分、工夫でも。魔法の性質か、避けられない大技で勝とう」
「そうだね。それと武器の先、火の魔石が付いているよ。普通の魔石だから、教官には使えないのに」
「んー……」
アリエルの報告に、アッシュは首を捻る。
「それでもわずかには魔力の流れに偏りを作れるだろうし、教官ならそれを利用できるのかも」
「なるほど。気をつけよう」
しばらくして作戦が決まった二人は向き直る。
「さあっ、勝負! です!」
「よろしくお願いします!」
「いつでも来い」
ギースは今度は最初から武器を構えた。
アリエルとアッシュは互いに距離を取る。
口火を切ったのは
――。
「《|秋籾《オータム》》!」
アリエルの攻撃だ。クルミ大の魔法の種をばら撒き、ギースに向かって飛ばす。
同時にギースが踏み込んだ。
種を全てアリエルの方へと弾く。
「《|春濫《スプリング》》……えッ、うわあっ!」
春濫と唱えたタイミングで、種から四方八方に触手が伸びた。しかしその前にギースに種を弾き返されたせいで、触手はアリエルに襲いかかることとなった。
数十本の触手のどれもが地面をえぐるパワー。
アリエルはガードはできたが慌ててしまった。
(
――思ったよりやられたけど平気! だって本命は)
アリエルは陽動だ。だからわざと物質性の高い植物魔法を唱えた。ギースが対応に手を出すこと前提で。
本命は、魔力を感知できないならば、抵抗不能の魔法。
「
――――」
アッシュが無言で動魔法を放つ。
動魔法は、物を動かす魔法。
ギースを動魔法で掴んで空中へ。そして身じろぎもできない状態で地面に叩きつけて、結界を割れば終わりだ。
「いけ、アッシュ!」
しかし武器を軸に、ギースは反動をつけて飛んだ。
(なんで動いて……)
気づいた時には、アリエルの目の前にギースの飛び蹴り。
「わああっ!」
次の瞬間には、アリエルの結界が割れていた。衝撃は軽減されたとはいえ、アリエルは尻餅をついた。
「アリエル様!」
呆気に取られるアッシュ。
空中に残されていた武器の一端が、ドスッと落ちた。
武器は二つに分離できるようだ。もう一端はギースが持っている。
「この距離を跳躍する力を加えても、ビクともしない動魔法か。魔力量は学生レベルじゃないな」
ギースが呟く。
「掴んだのに。なんで……」
アッシュの声に、ギースが答える。
「動魔法には捕捉開始地点ってのがある。そこに武器を掴ませて、肉体が掴まれる前に離れればいい。ついでに武器を空中のギミックとして利用して攻撃、ってわけだ」
「なっ! 見えもしないのに?」
「魔力が見えなくても戦術は見える。アリエルが陽動役だったようだが、対戦相手が素早ければアッシュがメイン攻撃手ってことは分かってんだよ。使用魔法の中に動魔法があることも事前に知っている」
大会でアリエル達が活躍した情報は出回っている。そこから計算したのだろう。
「そして動魔法の捕捉開始地点は、殺意がない場合、正面向いた人間相手なら、無意識に両肩から始めるもんだ」
捕捉開始地点を読まれて、武器を囮に無力化。そのうえ支点にして加速。
動魔法はアッシュの得意魔法。ラグは一秒あるか程度なのに。
精密な分析。作戦を可能にする運動能力。ギースはこの場を完全に支配している。
「一人になったが、降参するか?」
「やる!!」
アリエルをやられたアッシュは怒りに溢れていた。
「負かす負かす負かす!」
「アッシュ……冷静にー」
負けたアリエルは距離を置く。
ここから先の作戦はない。
しかしアッシュならば、有利な性質の魔法がまだあるはずだ。
「てやああぁ!」
アッシュが両手を上げると同時に、暗黒の霧のベールが形成される。
「大技!」
水魔法の霧に、幻影魔法の光吸収の合わせ技で、場の半分を覆った。これでギースにはアッシュの位置が分からない。アッシュ側は遠距離攻撃を仕放題。アッシュは魔力量にものをいわせ、圧倒的有利な場を作ったのだ。
アリエルは視覚感知から、もっと奥の第六感に意識を向ける。ベールの中に、膨大な魔力を感じる。
――全面からの無数の氷弾。弾幕となってギースを襲う。
「そこは閃光だろう」
ギースは向かってきた氷弾を弾き、闇の中に飛びこんだ。
「なんで……!」
危険を顧みないギースに、アリエルや観衆は驚く。
ギースはアッシュの居場所を見つけたのか。
一直線に走るギース。
アリエルは避ける魔力の流れで位置を捉える。
「足音を隠すのに魔法を使ったな。氷弾の風切り音が聞こえない場所がある」
武器を振るギース。
ガツンッ
――。
「!」
結界とは違う金属音。
アリエルの知覚は、火の魔素を捉える。
(火の魔石。分離した武器を動魔法で!)
アッシュに当たるか外すかを予想していたギースは、一切動じない衝突相手にのけぞる。
「騙せた!」
アッシュの声と、とどめの攻撃。
(アッシュ、クナイ先輩の走り方、いっぱい練習していたもんね)
「くっ」
苦し紛れに声の方向へ手を伸ばすギース。
もう遅い。
「アッシュの勝ちだ!」
しかし
――。
「え……」
アッシュの繰り出した魔法は、怪力魔法だった。
アッシュの拳はギースの結界に届いたが、同時にそこは、大男のギースの懐。
ガッ
――とアッシュの背を掴むギース。
アッシュの勢いは死に、結界を壊すには至らなかった。
「てめえ……」
ベールが晴れてきた。
むーっと固く口を閉じているアッシュ。
「俺の得意分野の格闘戦で倒そうとしたな。適性の差じゃないと見せつけるために」
「…………」
「結界に触れてもすぐに壊れなかったところを見るに、筋力を成人の二倍程度にとどめている……。
――俺と純粋な格闘で勝とうってのか!」
ギースは組み方を変えて、アッシュの背筋を抑えたまま、首と足を思いっきり引っ張る。
「舐めやがってえー!」
「ギャアアーー!」
「アッシュー!」
あたふたするアリエル。
「はは、ギースの勝利かな」
もう一人の教官テレサは笑って言う。
「まだまだァー!」
「ぐおおぉぉ!」
結界が壊れにくい関節技の負荷で、アッシュをいたぶるギース。
「じゃれていないで、授業再開するよー!」
テレサの声掛けで、ようやく解放されたアッシュ。
「わああぁん」
アリエルは涙目で飛びついた。
「中等部どうでしたー」
ギースが自分の隊に合流すると、指揮を執っていた細身の副隊長が訊いてきた。
武槍兵団副団長のギースは、四番隊の隊長も兼ねている。
巡回しつつ、郊外の演習場所へと向かうところだ。
「ハロウの適性の広さは別次元だな。戦い方は素人でも、まるで違う戦いの様相を作りあげる。……しかし素人なうえに、身の程知らずにも舐めてきやがる……」
また腹が立ってきた。
「魔法って血は関係ないんでしょ? そういうのは隊長の方が詳しいでしょう」
「そうなんだが、ミスティアだからな」
ミスティア王が継承していると云われる、魔族にも対抗できる魔法。
その存在が真実なら……。
神秘の国などとお綺麗にぼかしているが、リリアンクの想定をはるかに超える兵器を隠していても不思議ではない。
(それにあいつの孫なら王の……)
「まあ、講習の間、じっくり観察すればいいじゃないですか」
副隊長の言葉に、ギースは煩わしそうに顔を逸らす。
「何言っている。もう行かねえぞ」
「隊長こそ何を言っているんですか。一度受けたからには、期間中ずっと出てもらいますよ」
「期間?」
「はい。あれ、連続講習ですよ」
「まじか……ったく。何回だ」
「四回です。最後の一回は合宿になります」
「……聞いてねえ」
「あ、すみませーん。言い忘れたかもしれません。でもぉ、生徒達は合宿も来てくれると期待していると思いますよー」
副隊長は分かりやすく煽る。
「ぐっ」
「聞きしにおよぶ麗しの双子だってきっと……。あ、もしかして苛めちゃって嫌われたりしました?」
「……ライバル宣言された」
「ぷっ。くっ、くっ……。俺も、見にいっていいですか」
「いいわけねえだろ。何のための副隊長だ」
こいつ、この後の演習で絞ってやる。
ギースの心も知らずに、副隊長はへらへら笑った。