妖精のような 2
買い物が終わり、ノアバートとジュジュと共に、併設されたカフェに入る。植物がふんだんに飾られたおしゃれなカフェだ。
「いいの買えたね」
「うん」
買った魔木はジュジュの実家が卸したものだった。
ジュジュも得意げに、ベリージャム入りの紅茶を飲んでいる。
「魔石を造れるのに、魔木を使うこともあるんだな」
ノアバートが言った。
「はい。魔素や魔力に関することを、色々と試しているんです。あまり縁がなかったんですが、友達が聖獣様の神殿で魔木をもらっていて、ちょっと使ってみたくなって」
「そうか。二人の研究に役立つといいな」
「はい。……う、ぐ……」
アリエルは初めて飲むハーブティーの独特の風味に苦戦していた。
好奇心旺盛なアッシュの真似をしてみたが、アッシュと違い、飲み進められない。
「交換するか?」
ジュジュと同じジャムティーを飲むノアバートが訊いてくれた。
「はい、お願いし……」
「だめ!」
アッシュとジュジュが同時に言う。
アッシュが店員さんを呼び止めてミルクティーを頼んでくれた。
「アリエル様、ハーブティー苦手なんだね」
「うん。変な味する……」
運ばれてきたミルクティーをこくんと飲む。美味しい。
「苦手といえば、アッシュは聖獣様の神殿が苦手だけど、どうしてだろうね」
「神殿が?」
ノアバートが首を傾げる。
「はい。ぞわぞわしちゃうみたいなんです」
ジュジュはカップに視線を下げたまま、
「……気のせいじゃない?」
と言った。
「ううん。前に行った時もなったから二回目」
「神殿に植えてある植物と、体質が合わないとか」
「植物……。ささっと見ただけだから覚えていないなー。ジュジュくんなら木の種類も詳しそう」
「神殿のは、知らない……」
「ジュジュくん、神殿行ったことないの?」
「っ……」
ぐっとローブの布を握るジュジュ。
代わりにノアバートが答える。
「行ったことはあるよ。ああ、けどジュジュが急に兵団で父さんを見たいって言いだして、すぐに……」
「もうっ、言わなくていいでしょ、ノア兄!」
ジュジュがノアバートを止める。
(わがままが恥ずかしかったのかな。可愛い思い出っぽいから聞きたかったな)
二人の仲の良さに、アリエルはほのぼのとした。
話題は武槍兵団のギースとの手合わせとのことになる。
「あの人レベルになると、武術という名の魔法を使っているよな」
「です……」
「でも合宿中に絶対勝ちます! ノア先輩、アドバイスください!」
アッシュの頼みに、ノアバートは難しい顔をする。
「俺やクリフと、二人の戦い方は違うからな」
「違う?」
「俺達はもう適性は増えないものとして、限られた系統や武術を、使いこなし、洗練させることに軸を置いている。越えられない相手がいたら、その手札を育てたり、突飛な使い方でもいいから変化させる。思考錯誤を重ねて、魔法使いごとに違うスタイルができあがる」
「ふむ」
「アリエル達の場合、課題に対しての回答が、今の手札で必ず出せる。けれど魔法の基本部分を利用しただけでは、ギースさんの読みの外に出られないんじゃないか」
「あ」
とても頭の良いギース。経験も豊富そうだ。
「勝てる手はあるだろうけど、その場合ギースさんは読んだうえで諦めるだけだろう。実戦ならどうにか増援を使って対処するだろうけど、手合わせだしね。ギースさんと二人の勝負は、手合わせする前に終わっている。……それが嫌だからこそアッシュは怪力魔法で挑んだんだろう」
アリエルははっとアッシュを見る。
もしかしてアッシュは、ギースに勝てる方法は分かっていて、でも同じ条件で勝ちたいと……。
「認めてもらう方法は、もっと誠実に考えた方がいい」
膝の上で、ぐっと拳を握るアッシュ。
「ん……」
ノアバートは微笑む。
「アッシュ、本当はギースさんのこと格好いいと思ったんだろう。だから格闘でぶつかってみたかった」
「えっ、アッシュ? そうなの?」
「そっそそんなことないもん!」
アッシュはとても焦っている。図星だったのかな。
「……バトルを挟んだ時だけ、察しが良くなるんだから……」
ジュジュがボソッと何か呟いた。
「アリエル、アッシュ。君達は『手合わせする前に終わっていること』が、本当に嫌かな」
「え?」
「二人のことはよく図書館で見掛ける。バトルよりも、もっと机上の、複雑な魔法を解き明かそうとしているんだろう」
「
――……」
そんなところまで見ているなんて……。
「本当の君達はもっと万全の準備をするタイプじゃないかな」
……そうか。
魔法人形の制作、儀式魔法の研究など、複雑な魔法には興味がある。
けれど戦闘は即興に近くなっていた。
僕達らしい戦闘魔法。それってどんなのだろう。
じっと考える二人。
沈黙を破ったのは、アッシュの声。
「アリエル様……」
「なあに?」
「武術のことも知りたいから、僕、ギース教官に教えてくださいって言う」
「!」
アッシュが素直になった!
「素敵だね」
「うん。それとギース教官に僕達の魔法、もっと見せつけて知ってもらう!」
「でも僕達、『僕達の魔法』のことまだよく知らないよ」
アリエルとアッシュは、目をきらきらさせて話す。
「もっと組み合わせたオリジナル魔法を作ろう」
「それも事前に」
「ギース教官を追いつめる『えげつないやつ』を」
「アッシュ、悪い言葉」
「複雑に織りこんだ魔法を」
「そうだね。ふふっ」
合宿が楽しみ。
「あ! そうだ。予知魔法見たい!」
学習意欲アップ中の二人は、目の前にレア魔法の使い手がいることを思い出した。
「ジュジュくん、お願い!」
ちょうど友達になれたんだ。あわよくば習得したい。
「そうだな。予知魔法使いが増えた方が、ジュジュも楽になる」
ノアバートも嬉しそうだ。
だが
――。
「だめ」
ジュジュが言った。
「そう軽々しく見せるわけないでしょ」
「ジュジュ?」
「そっか……。せっかくの得意魔法だもんね」
しゅんとするアリエル。
その耳に、
「
――その子が大事なら、予知魔法には関わらない方がいいよ」
とジュジュは囁いた。
夜。
入浴後のブラッシング。
アリエルはアッシュの髪を梳かしながら、ジュジュの言葉を伝えた。
「『その子』って」
「多分アッシュのことかなぁ」
「僕が大事なら……?」
「そう。どういう意味だろう」
「さあ」
今日は三つ編みにしてみる。
ジュジュはウェーブ掛かった髪だったが、アッシュの髪はストレート。ストンと手が滑る。
手こずっていると、アッシュが動魔法で毛束をキープしてくれた。
「これならできそう。ありがとう」
「どういたしまして」
出来上がると、清楚で知的な美人さんがいた。
「アッシュ……綺麗ー……」
「……可愛くはない?」
「世界一可愛いよ!」
アリエルが褒めると、アッシュは嬉しそうに照れた。
(可愛いって言われたかったんだ)
アッシュを褒めることなら任せてっ。
「可愛い。アッシュ可愛い。天使みたい」
「えへへ、ありがとぉー」
幸せそうに溶けていくアッシュを、さらにたくさん褒め称えた。
翌日。
「どうしたんですか」
登校中、ノアバートとジュジュに出会ったが、その距離が離れている。
「昨日の夜、ジュジュの聞き分けが悪くて。アリエルから聞いた、抱きしめて頭を撫でる方法で言い聞かせてみたんだが……」
「ぐるる……」
なにやらジュジュはノアバートを警戒しているようだ。白い肌を紅潮させて、涙目で威嚇している。
すぐ動物みたいに唸るところ、アッシュに似ていて可愛い。
「ちょっとアッシュとは違うタイプなんでしょうか」
「そうみたいだ。あ、ジュジュ、あまり離れないでくれ」
ノアバートがジュジュの手を取って繋ぐ。
するとジュジュの顔が真っ赤になった。
「う、あ……ノア兄のっ! 馬鹿ぁあ!」
「ジュジュ!?」
ジュジュは手を振り払って、初等部の方へ走っていく。
「ごめん、じゃあ! ジュジュ! 初等部までは俺が送る約束だろ!」
護衛のノアバートも走って追っていった。
「どうしちゃったんだろ、ジュジュくん」
「慣れるしかない。頑張れ、ジュジュ」
アッシュは何かを感じとっているみたいだ。むう……。
教室に着いた。
「あ、三つ編み初めて見る。似合うね」
アッシュの変化に、フーシーがすぐ気づいてくれた。
「そうでしょ! 可愛いでしょ」
アリエルは自慢げに応える。
「うん、うん、可愛い」
「ありがと」
アッシュのフーシーへの返事はあっさりしていた。
(あれ、アッシュ、可愛いって言われたいんじゃなかったっけ? 昨日褒めすぎて飽きちゃったのかな)
アリエルは首をひねった。
つづく