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 妖精のような






 予知魔法使いジュジュ。
 魔物の出現を前もって知ることができる予知魔法は、リリアンクの防衛の要だ。

 アリエルの知らない魔法なので興味を持ち、クラスメイトに訊いたことがある。
「どんな子なの?」
 初等部から魔法学園生徒だったクラスメイトは、口々に同じことを言った。
「すっごい美少年」
「女の子含めても世界一可愛い」

 そう聞いてアッシュは、
「世界一。はーん?」
 鼻で笑い、与太話を聞く体勢に入った。
(そうだね。世界一可愛いのはアッシュだものね)
 アリエルは口には出さないで、リリアンクの護り神を自慢するクラスメイトの話を、微笑ましく聞いた。





 そして今、目の前に―。
 冬にも関わらず溢れ咲く花々。
 その柔らかい色と香りに包まれた『美少女』がいた。


 ここはタモン園芸店。
 リリアンク市の北部にある大きな花屋だ。
 そこで偶然、知り合いに会った。
「アッシュ、アリエル。偶然だな」
「ノアバート先輩……。その子は……」

 ノアバートの隣に『美少女』が立っている。
 ふくらはぎまで隠す厚手のローブは、魔法学園初等部のもの。
 豊かなピンクブロンドは緩く二股の三つ編みで、先にいくほど桃色に染まっている。
 ふわふわとしたウェーブのシルエットは、春に咲くリナリアの花の妖精のようだ。

(世界で二番目に可愛い!)
 アリエルは衝撃を受けた。

「ノア先輩の彼女ですか?」
 アッシュはいつもの調子でためらわず訊く。
「!」
 すると『美少女』は息を飲んで、桃色の目をきらめかせた。
 だがノアバートは否定する。
「違うよ。こう見えて男なんだ。一緒に住んでいて、弟みたいなものだ。ってッ」
『美少女』……ではなく美少年は、なぜか体当たりした。

「……ジュジュです」
 その子は不機嫌そうに名乗った。声まで可憐だ。
「ジュジュくん!」
「予知魔法のっ」
 アリエルとアッシュは驚く。
 ノアバートが答える。
「そう。予知魔法使いだ。九歳から兵団に協力していて、今年十一歳になる」

「年齢は一つ下だね。僕はアリエル」
「僕はアッシュ。魔法学園中等部の二年生だよ」
 二人が名乗ると、ジュジュも返してくれる。
「僕は初等部の五年です」
 小学校は五年制。
「じゃあ春から魔法学園の中等部?」
「はい」
「わあ、楽しみ。よろしく」
「よろしくお願いします」
 素っ気なくて、あまり笑わない子だ。それでも可愛いからすごい。

「リリアンクの護り神なんだよね。お仕事いつもありがとう」
「別に。予知しかできないし」
 ツンと答えるジュジュ。ノアバートが注意する。
「そう言うなら、魔法の修行をもっとしっかり続けろ。せめて防御結界くらいできるようになれ」
「ノア兄が守ってくれればいいでしょ」
「俺はまだ学生だぞ」
 ノアバートは相変わらず面倒見が良い。
 ジュジュは言葉は刺々しいが、
(手が、ノアバート先輩の服を掴んでいる)
 ノアバートをとても慕っているのだろう。



「僕達、魔木(まぼく)を探しにきたんです」
「調合魔法で色々作るんです」
 アリエルとアッシュが口々に言う。
 家を貫く魔石が生る木の枝を、色々な土壌や栄養剤で育てるのだ。
「じゃあ、あっち」
 ジュジュが答えて、先を歩いてくれた。

 タモン園芸店は飾り方も庭園のようで美しい。
 花の中を歩くジュジュとノアバートは、物語のお姫様と騎士のようだ。
 親しげに話す二人を、アリエルは後ろから観察する。
(アッシュの紫系もとても珍しいけど、桃色の目って初めて見た)
 探せば赤い目なんかもあるのだろうか。
(あ)
 ノアバートが頭を撫でたら、ジュジュがはにかんで微笑んだ。

「かわいー……」
 良いものを見た。

 ほっこりした気分でいると、
「……アリエル様」
「ん。……ん!?」
 アッシュからドス黒いオーラが見えるような気がする。
 一体なぜ?

「クリフをやっつけたと思ったらッ、アリエル様! また違う子に……!」
「ク、クリフ先輩?」
 何に怒っているのだろう。違う子って誰?
 クリフ先輩をやっつけて、じゃあ、その次は……。
「ギース教官のこと?」
「あんな筋肉オバケまで気になるの!?」
「ええ……?」
 違うみたい。


 ジュジュはうるさくなった後ろを振り向く。
「何? 急に」
 ノアバートも話を聞いていなかったが、興奮しているアッシュの端々の単語から予測して答える。
「アッシュはクリフをライバル視しているんだ。それに関することかな」
「……皆クリフのことばっか。ノア兄の方がかっこ……すごいのに」
「才能でいえばクリフの方が上だ。あの魔力量はどうにも追いつけない」
「魔力量なんてどうでもいいでしょ!」
「重要だ。兵団を目指すならな」
 ジュジュは悔しそうにする。
 ノアバートは眉間を寄せる。
「なぜあいつを邪険にするんだ。俺も悔しさはあるが、良いライバルがいてくれる喜びの方が大きいぞ」
―ッ。クリフってば馴れ馴れしいの! ノア兄にべたべた触って!」
 ジュジュは声を荒げた。


 ―アリエルの方も、アッシュに詰め寄られていた。
「だいたいアリエル様っ、クリフ見かけたらすぐ声掛ける!」
「だってクリフ先輩、マッドや同い年の子とも遊びたいみたいだから」
「クリフ、アリエル様が優しいからってアリエル様を選んで頼みごとしてくるようになってるし! ずるい……!」


「クリフなんか構わないで!!」
 アッシュとジュジュの声が重なった。

――――」
 アッシュとジュジュが、はっとした表情で見つめ合う。
 何かが―通じ合う二人。
 薄紫色と桃色の視線が絡まる。

 アリエルの前に並ぶ、世界の頂点の可愛さ。
 きらきらと美しい。
 けど……。

「み……」
 アリエルはタッと二人の間に割りこむ。
「見つめ合わないでっ!」
 両手を突っ張って、二人の間の距離を保った。


「お客様、大きな声はお控えください……」
「はっ、ごめんなさい!」
 店員らしき声に謝ると、
「あ、タタン先輩」
「げっ!」
 店員の中で一人だけ華やかなエプロンのタタンがいた。

「子供同士で修羅場を演じていると思えば……」
「え?」
「いやッ、なんでもありません!」
 どうして震えているのかな。





 アリエルはアッシュと腕を絡ませて歩く。誰が仲良しかを知らしめるような行動だ。

「この辺りだ」
 タタンが案内してくれた屋根の下。棚や床にたくさんの魔木が積まれていた。
 魔木より、魔石の方が多くの魔力が凝縮されていて純度が高く、劣化もほとんどないというメリットがある。
 魔木のメリットは値段の手頃さだ。そして不純物が多いことで、消費スピードを鈍化する効果が得られる場合もある。

「質が良いのが欲しければ、うちの木材選んでね」
 ジュジュはアリエル達にそう言って、タタンの方へ行ってしまう。

「うちの木材?」
 アリエルとアッシュが首を傾げると、ノアバートが答えてくれた。
「ジュジュの実家は北東地方で木こりをしているんだ。魔木や調合用の珍しい木材なんかを卸している」
「へー」
 リリアンク国の北東地方は森林地帯となっている。
 アリエルは、入国時に空から眺めた霞むほど広い森を思い出した。

(あそこがジュジュくんの故郷かぁ)
 妖精でも棲んでいそうな秘境めいた森。
 そこで育った、妖精のように可愛いジュジュ。

 アリエルは想像する。
 ひっそりとした森の水辺の翠の光の中で、花のように微笑むジュジュ。
 俗世のことなど一切知らないような―。

「タタンさん、うちの木、もっと目立つ場所置いてよ。魔石の需要が高まっているなら、魔木も売り時なんだから」
「だめだ。レイアウトはこちらの領分。売れ筋は表にも出している。お前のところの高級魔木や木材はマニア向けだから奥でいいのだよ」
「注目度を利用して、高単価に誘導した方がいいでしょ」
 ……妖精がビジネス交渉している。



「ジュジュくんがノアバート先輩の家に住んでいるの、市外の出身だからなんですね」
「ああ。リリアンク市は国の中央に位置する。ここならジュジュの予知の観測範囲が国全体に届く。うちに預けられたのは、父さんが半分兵団、半分学園に属しているような立場だから都合が良かったんだ」
「へー」
 ちらっとジュジュを見る。
 あの子は実家の木材を誇らしく思っているようだ。
 家族と友好的だったのなら、九歳で離れることになったのは淋しかったかもしれない。

 ノアバートに撫でられた時の、ジュジュの笑顔……。
「預けられたのがノアバート先輩の家で良かったですね」
 アッシュも隣でこくんと頷く。
「そうかな。人に対して態度が悪い時があって、手こずっているんだが」
「そういうところも可愛らしいですよ」
 アッシュがちょっとムッとする。
 ノアバートは眉間を押さえた。
「周りがそうやって甘やかすんだよな……」

「んー、どうしても困った時はこうやって」
 アリエルはアッシュにちょっと屈んでもらって、頭をきゅうっと抱きしめる。
「いいこいいこってすると、いい子になってくれますよ」
「ふにゃにゃぁ……」
 力が抜けて、溶けていくアッシュ。可愛い。
「そうなのか……」
 ノアバートは、ふむ、と思案していた。



「この木、初めて見る。真っ白」
 魔木コーナーの棚の中に、青白い魔木があった。内側までカラッカラで、叩くと澄んだ音が鳴った。
 棚に産地名が貼られている。
「ヘイゲン帝国の南東の……」
「アリエル様、あっち見よう」
 アッシュが手を引く。
「わっ。うん。……?」
 繋いだ手が、ジトッと冷たかった。


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