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 杉林の帰り道 2






 夕飯は大根の味噌汁と、大根の葉の和え物と、茹でた大根に甘味噌をかけたもの……。あと今晩は出せなかったけど、大根を漬けている最中だ。
 台所にあったのは大根と米と味噌や調味料だけ。十峰はどういう食生活を過ごしていたのだろう。
「……明日からこれで食材を買ってきなさい」
 食べ終わってから、銭入れを受け取った。
「いいんですか」
「美味かったが、さすがに大根だけ毎日は食わぬ。もう少し他にもあると思っていたのだが」
「美味しかった、ですか」
「ああ」
 雪乃助は頬を緩めた。
「明日は他にもできるよう買ってきますね。好き嫌いはございますか」
「特にはない」
「魚や鳥は大丈夫ですか」
「ああ。そうだ。明日は布団も買わないとな」
「あの、そんな、高いもの……」
「高くはない。あと、先ほど体調には気をつけろと言ったばかりだろう。遠慮するところではない」
「……はい。ありがとうございます」
 そんな大きいもの買ってもらうなんて、本当にここに住むんだ、これから。
「今夜は私と共に眠れ。一組しかないから」
(十峰先生と一緒……)
 抱きしめられた時の体温を思い出して、うずうずと嬉しくなった。
(一晩くらい畳にごろ寝で我慢できそうだけど)
「冬場に馬鹿なことを考えるなよ」
「……!」
 考えが筒抜けだ。先生するどい。
 その夜は十峰の布団に入れてもらった。





 夜中に目が覚めた。布団とは違う温かさに包まれている。十峰の胸の中だ。
(先生……)
 彼に静かに擦り寄って、彼の胸に頬をつける。心音を聞きながらうとうとしだしたが、ふいに下腹部が気になった。
 戸を見る。手水場には寝る前に行ったけど、灯火も消えた今の暗さは怖い。寝てしまおうとぎゅっと目を瞑ったが、どうにも眠れない。
 仕方なく布団から出ると、空気の冷たさにぶるっときて、小走りに手水場へ向かった。

 そっと寝所の戸を閉める。寝所では小さく聞こえていた十峰の呼吸の音が途切れると、真っ暗な廊下がとても恐ろしいものに見えてしまう。さっさと行きたいのに、ゆっくりとしか進めない。
 カタッと、
「……!」
 何かの音がした。雪乃助は立ち竦む。
 手水場に行くこともできず、部屋に戻ることも考えられず、全く動けない。
 どれだけ立ち尽くしていただろう。
「雪乃助」
「ひやぁっ!」
「……大丈夫か」
 壁にもたれるように腰を抜かした雪乃助の肩に、十峰が手を置いた。
「……あ、あ」
 温いものが股に広がる。十峰の目の前で、股の染みが広がっていき、だらだらと幾筋かが太腿や裾を通って落ちていく。
「や……、やだ……」
 板敷の上に水たまりが張り、雪乃助は裸足でそこに立って震えていた。
「……う、……め…なさい……」
 十峰はしばらく雪乃助を見つめて固まっていたが、雪乃助の目から涙が零れおちるのに気づいて、気を取り戻した。
「おどかしてしまったか。冷えてしまうから拭こう」
 雪乃助の頭を一撫でしてから、十峰は台所へ入り、手拭いを持ってきた。
「こちらへ来て、足を開きなさい」
 雪乃助はまだ立ち直れず虚ろなのを、十峰が手を引き、その前にしゃがんで帯を取ってやり、股を開かせた。雪乃助の魔羅はまだ小さくて、褌を付けていない。裾を開くと直に、濡れた肌だ。
 濡れた寝間着の前を大きく開く。胸に散らばった、幼い姿とは不似合いな情交の痕。昨夜十峰が吸いついた小さな乳首が、寒さに震えて硬くなっていた。
 ごくんと音がして、十峰の喉が上下した。

 湯で濡らした手ぬぐいで拭かれる。十峰の手が太腿を掴む。腹の辺りを軽く拭いてから、太腿を丹念に拭われた。雪乃助の魔羅は十峰の大きい手にすっぽり収まり、優しく手拭いを上下して綺麗にされた。
「ん……」
 優しい撫で方に、そこが疼くように火照ってきて、雪乃助は身じろいだ。十峰の手が一度止まる。だが雪乃助がまだ放心した様子であるとみて、手の動きを再開した。
 そこが終わると股の内側に手が移動する。内股を撫で上げられると、ちょうど十峰の手の甲が魔羅をかすめる。一瞬とはいえ直に触れた人肌。
 雪乃助の全身に甘美な痺れが走った。
「あ……せん、…先生……?」
 やっと気を取り戻した雪乃助は、かあっと赤くなった。寝間着は肩に掛けただけで前を開いて、胸も魔羅も十峰に晒している。温かい水が伝った感覚が残る足を広げて。しゃがんだ十峰の視線は雪乃助の下半身に注がれ、拭っていないところがないか余さず見ている。
「ご、ごめんなさい……」
 こんな、人にやらせることじゃないのに。
「もう終わるから」
 膝裏に十峰の手が掛かる。
「じ、自分で」
「良い。最後だ。片足を上げて……」
 泣きたくて堪らなかったが、十峰の言葉に従い、左足を上げる。十峰が膝裏を持ち、指と指の間まで丁寧に拭いてくれた。
「反対だ」
 今度は右足をそっと上げる。
「もっと上げて……」
 大人の男の、低く穏やかな声。
「はい……」
 それに従ってもう少し足を高く上げる。ふらつきそうな不安定な格好。腰をかがめた十峰の目の前で、雪乃助の魔羅と袋がぷるぷると揺れる。
 丁寧で優しい手付きで清められていくのが、とても長い時間に感じた。


 使い終えた手拭いで十峰が床も拭いている。
「服の替えはあるか」
「いえ、これ一つしか……」
「そうか。……寝間着なら私のもので構わないだろう。待っていろ」
 十峰の服を一つ出してくれた。濡れた服を脱ぎ、袖を通した。袖も裾も長く、ぶかぶかだ。
「すぐ戻る」
 手拭いと濡れた着物を持って、十峰は水場の方へ行った。ざあっと何度か水音がした後戻ってきて、雪乃助の手を引いて寝所へ。
 また共に布団へ入った。


 できるだけ隅っこに寄る。手水に行く前は、とても幸せな気持ちで十峰の胸に縋っていたのに、
「寒いだろう。もっとこっちに来なさい」
 十峰の優しい言葉に、雪乃助は頷けない。
「申し訳ございません……。みっともないこと……」
 あんなこと、恥ずかしくて顔を上げられない。
「いや、可愛らしかった」
「え……?」
 雪乃助が問い返すと、十峰は自分の言ってしまったことに気づき、うろたえた。
「何でもない。……この辺りは家が疎らで静かだろう。また目が覚めて怖かったら、私を起こしていい」
 確かに、店では他の奉公人と雑魚寝で、今夜のような恐ろしいほどの静けさは経験がなかった。
 ぽふっと、十峰の手が頭を撫でた。
「もう寝なさい」
 十峰の笑顔はまだ見たことがない。でもまっすぐ雪乃助を見つめる目が、雪乃助を気遣ってくれていることを伝えてくれる。
「おやすみなさい……」
 先程と同じ体勢で、十峰の逞しい胸に頬を当てた。

(……?)
 目を瞑ってから、股の辺りに何かつっかかっているのを感じた。
(先生の右足はこっちで、左足はこっちだよね)
 その間に何か、長くて硬いものがあった。
(なんだろう)
 と手を伸ばしてみる。そっと撫でて形を確かめていると、角度が変わって上向きになってしまう。
(あ、剣術の先生だから、寝る時も刀を忍ばせているのかも)
 随分太い柄の刀……と思いつつ、雪乃助は納得して手を引っ込める。
 雪乃助の股に当たるそれは、物だから冷たいかと思えば、人肌に温められたせいか熱いくらいで、じんわりと馴染む。心地良い温かさにうとうとと意識が薄れていく。
 十峰の寝息だろうか。雪乃助の首筋に、彼の呼吸がかかる。先程は鼾などなかった。けれど耳元で聞いているからか、結構荒い息使いかもしれない。それは十峰の存在をとても近くに感じさせてくれて、雪乃助は安心しながら眠りに落ちていった。



 暗闇の中、僅かな光を掴んで、十峰は雪乃助の寝顔に見入っていた。
「……雪乃助」
 彼の首筋に顔を埋め、果実のような芳香に刺激され、己の呼吸が荒くなっていく。起こさないようにそっと、雪乃助の手を握る。このまま引き寄せて、
(ああ……)
 昂ぶった魔羅を擦らせたい。
 雪乃助の無邪気な刺激で、大きくなったここをどうするか。幼い雪乃助に責任はなく、反応してしまった自分が悪い。
 雪乃助の小さな寝息と匂いが、いまだ十峰を苛んだ。





「……ん」
 目を覚ませば、うっすら明るい。障子の向こうの木戸はすでに開けられているようだ。朝の明るさがここまで漏れ入っているのだから。
「先生は……」
 隣にいなくて少しがっかりする。
 緩んだ帯を解き、丈が長い分をはしょって帯を締めた。布団はしまうところが分からなかったため、畳んだだけで置いておく。
「先生ー」
 どこにいるんだろう。一番に先生に朝の挨拶をしたいのに。



「朝っぱらから精が出るねー」
 十峰は庭で木刀を振るっていた。
「お前こそ早いな」
 灘が垣根のこちら側に入ってくる。
「雪乃助が起きないうちに報告。……一昨日の件、万事片付いた」
 声を潜めて言った。
「そうか」
「しかしお前、もうちょっと目立たないように気を使えよ。場所に馴染む振る舞いってあるだろう。
 無愛想なくせに金はばらまいて、妓を頼まないくせに店の男の子に手を出すなんてさ」
「岡場所での振る舞いなど知らぬ」
 にべもない十峰の答えに、はあ、と灘がわざとらしい溜息をついた。
「しかも売りにも出てない雪乃助を大金で身請けして。一応口止めはしたが……、信用ならねえな。噂が広まっても知らねえからな」
「分かった」
 分かればいいもんじゃないが、灘はそれ以上いうのをやめた。

 素振りをする十峰をぼんやりと見ている。冬だというのに十峰の額には汗が浮かんでいた。
「いつ頃からやっているんだ。鍛錬のためなんかに、よくこんな早くに起きられるな」
「いや、昨晩は眠らなかった」
「お前、一晩中攻め立てたってのか!? 相手の体力も考えてやれよ……」
「……違う」
「じゃあなんだ」
 十峰はうつ向き気味に、何か考えているようだ。
「灘」
「ん?」
「雪乃助を引き取ってくれないか」
「……何だ、期待外れだったのか」
「だからそうではない。……私のところにいるのは、雪乃助にとって良くない」
「任務のことが気掛かりなのか? それなら俺だって変わらない」
「違う……」
 十峰は苦しげに、眉根を歪めた。
「私は狂っている」
「は?」
「あんな小さな者を相手に、獣になるのを止められないのだ」
 苦悩する十峰を尻目に、灘は笑った。
「あははっ。修行僧かってくらい禁欲的な十峰が、やっと色にはまりやがった。ひっひ、仲間に教えてやろ」
 笑いだした灘を、十峰が睨みつける。
「別にいいじゃねえか。そのために買ったんだろう。あんな大金積んで」
「違う。殴られることがない場所へと移そうとしただけだ」
「すまん。俺にはお前が、初めて稚児遊びにはまった坊主にしか見えん」
「灘っ」
「引き取らないからな。お前が雪乃助といること、俺はいいことだと思うぞ」
「何を……」
「たまには肩の力を抜いて、玉に溜まったものも抜いておくことだ。じゃねえと……続かない仕事だろう」
「それは関係ない。そのようなこと理由にして……雪乃助を巻き込みたくない……」

俯いた十峰の耳に、明るい声が響いた。
「先生ー」
 幼く無邪気に十峰を探す声。
「じゃあ、俺は帰るな」
「……ああ」
 戸口を開けて、出ていく灘を見送ると、十峰は家の方へ振り返る。
「先生ー」
 声のする方へ向かった。





「これを着なさい」
 雪乃助の丈に合った着物。ここから坂を下った所に雪乃助と同じ年頃の子がいて、十峰が借りてきてくれたそうだ。

 商店が開く頃に二人で出かけた。布団屋にまず行って聞いてみると、四日後に届けてくれると言われた。
(じゃあ、それまで先生と一緒だ)
 と雪乃助はこっそり喜んだけど、先生は少し眉を寄せた。迷惑なのかな……。雪乃助は狭い布団には慣れているけど、十峰はあんな立派な家に一人で住んでいたのだ。やっぱり一人で寝る方がいいのかもしれない。

 次は呉服屋だった。十峰が店の人に、
「住み込みの子だが、服がほとんどない」
 とだけ言うと、愛想のいい番頭さんが上から下まですぐに揃えてくれた。畳に溢れるくらいいっぱいで、こんなに買ってもらうのかと雪乃助はあたふたした。女将さんが袖や丈の長さを計ってくれている間、横から
「この色とこの色どちらがいい?」
 と店のお姉さんが反物を手に訊いてきた。藍色の方と答えると、お姉さんは十峰の方へ振り返る。
「先生、こちらでお仕立てしてよろしいですか」
「ああ」
「えっ」
 ありものだけで十分なのに。濃い青に染められた布は、いかにも高そうだ。布だけ買って、縫うのは雪乃助がしてもいいし。だがお店の人の前でそれを言うのも憚られた。
 戸惑った目で十峰を見ると、
「気にするな」
 とだけ言って雪乃助に背を向け、通りに目をやって出されたお茶を飲みだした。
「でも……」
 と一歩近づこうとすると、
「はい。針使ってるから動かないでね」
 女将さんが雪乃助の背筋を伸びさせる。為すがままで、結局どれだけ買ってもらったろう。帰り際、番頭さんの前に小判が何枚も置かれていた。
「年の瀬だからって、付けも一緒に払ってくれただけよ」
 と女将さんが言っていたけど、本当だろうか。

「雪乃助、ここにも寄っていく」
 食料も買い、帰ろうとしたところに十峰が声を掛け、一軒の店を指した。
「菓子屋……」
「服を借りた子への礼だ」
 十峰が暖簾をくぐるのを、雪乃助はついていく。香ばしい砂糖の匂いがして、雪乃助には魅力的な店だ。
「お前と同じ齢の子だ。何がいいと思う」
 十峰はどれを選ぶか雪乃助に任せてくれた。店主が木箱の蓋を開け、菓子を見せてくれる。雪乃助がすべきお礼だけど、お金は十峰に出してもらうしかない。せめて美味しそうなのを選ぼうと、並んだ菓子を真剣に見つめた。
「これが美味しそうです……」
 栗の焼き菓子だろうか。黄色の生地がほんのり焦げていて美味しそう。
「ではこれを二つ」
 十峰は金を払って二つ受け取った。店から出ると、
「ほら」
 包みの一つを雪乃助の手に載せた。
「え、え」
 雪乃助は菓子と十峰を交互に見る。
「甘いものは好きか」
「はい」
「そうか。なら帰ったら食べなさい」
「は、はいっ。ありがとうございます」
 くれたんだ、とやっと理解し、小さな包みを大切に抱えた。甘いものはとても好きだ。それを十峰からもらえるなんて、嬉しい……。
「……何をやるより菓子が一番か」
 十峰が呟いた気がして、雪乃助は顔を上げた。
「あ……」
 十峰が優しい目で雪乃助を見つめ、その口元が、僅かに微笑んでいた。
「帰るぞ」
 歩きだした十峰に、慌ててついていく。
 初めてみた十峰の笑みに、雪乃助の胸がとくとくと鳴った。


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