杉林の帰り道 3
外は雪化粧して、月明かりが陰影を施す。
見惚れて吐いた溜息が白い。吹き込む冷気に慌てながら、雪乃助は木戸を閉じた。
風の音も遮断され、みしみしと板敷を踏む自らの足音が響く。今夜は、板敷はもちろん、寝間の畳までひんやりとしている。
「先生、いいですか」
「……ああ」
寝間では十峰が書物を読んでいた。布団の上に座り、もう寝るところのようだ。灯火の色に照らされた十峰と布団は、とても温かそうだ。書を文机に置いて、布団の端を持ち上げてくれた。雪乃助はすぐさま近寄っていく。
(あ……)
十峰と並んで布団に入ると、着物が同じ布地ということに気づいた。
今日行った呉服屋で、十峰が持っている物と同じ色柄の着物を見つけたのだ。買ってもらうのならこれが良かった。女将さんは、
「もっと可愛いらしいのはどう?」
と言う。確かに大人の男が好みそうな、渋い色あいだ。
「でも、先生がこれを持ってるから」
「ああ、そういえば」
やはりこの店で作った物らしい。女将さんは目を細めて、
「先生と同じものが欲しいなんて、本当に可愛らしいお稚児さんだねえ」
とコロッと言うことを変えた。
雪乃助が頬を緩めて、袖を掴んで眺めていると、十峰の背が灯りを遮った。彼がふっと吹いた息で、暗闇となった。全くの暗黒に、布団の中で身をすくめていると、布団が軽く引っ張られ、十峰の温もりが入る気配がした。そっと寄り添うと、逞しい体。
(先生だ)
布団がまだ温まらなくて、十峰の温かさがとても大きく感じる。
「寒がりだな」
十峰の声は穏やかで、かすかに笑いを含んでいる。暗くて顔が見られないのが残念だ。
「あ、ご、ごめんなさい。先生は、寒くはないのですか?」
「……寒いぞ」
あまり寒くなさそうな言い方だ。
(私だけが甘えている)
へこみそうになるのを抑えて、
「じゃあ、温めます!」
と声を上げた。手探りに十峰の手を取った。
(少しだけ冷たい)
それは多分皮一枚分だけで、ごつごつとした男らしい手の下には熱い血が流れている。だから寒いと感じることはない。雪乃助は掌で擦り合わせた。口元に引き寄せて、はあ、と息を吐いた。
「雪……」
温度が移り合って、十峰の手も、雪乃助の手も温かくなっていく。とても気持ちいい。指は感覚が敏感だから、暗闇の中でも絡み合っているのがよく分かる。
「なんだか不思議です」
吐息をそっとその指先に吹きかける。
「先生と交わり合っているみたいです」
そう言ったとたん、十峰の指が硬直した。
「…………」
「先生?」
「お前は……交わるとはどういうことか知っているのか」
「え、その、何か変なこと言いましたか? 先生と、私の熱が近くなっていくのが気持ちよくて……それで言ったのですが」
「いや、知らないのならいい」
よく分からない。交わるとは特別な意味があるのだろうか。
指の先も、布団の中も大分温まった。あとは足先が気になるが、
(先生に足を擦りつけるのは……)
使用人としてあまりに駄目だろう。自分の両足の身を擦り合わせ、布団がもっと温まるのを待つ。
「小用なら付き合うぞ」
「へ?」
「足が落ち着かないから」
昨夜を思い出して、雪乃助は恥ずかしげに頬を手で覆った。
「ち、違います。足が冷たくて」
「そうか」
十峰が身を折り、雪乃助の足に手を伸ばした。
「そんなこと……!」
「手を温めてくれた礼だ」
それだって、雪乃助が勝手にしたことなのに。
「……ありがとうございます」
(優しい……)
温かくて大きな手が、足を撫でる。
「冷たいな。雪のようだ」
十峰がぽつりと言った。
「あの、先生の手が冷えてしまうようなら」
「このくらいで冷えない。滑らかで気持ちいいくらい、だ」
十峰は自分のこぼした言葉に、一瞬つまったが、
「それなら嬉しいです」
雪乃助は気にしてない様子。むしろ本当に嬉しげな声なので、そのまま撫で続けた。じわじわと、手に汗が滲む。
ふくらはぎの内側を撫でる手が、足先に移ろうとした。
「あ、んっ……」
身を屈めた十峰の頭が、雪乃助の胸を圧した時だった。何かが胸に走る。
「ん……ん」
思わず胸を反らすと、より十峰の頭に擦りつけてしまって、また声を上げてしまう。
「どうした」
「? あれ」
一昨日十峰が吸った胸の先っぽが、じんとする。
「あの」
雪乃助は戸惑って、縋るように十峰を見つめた。だが暗くて、十峰の襟を掴んだ。
「先生が舐めたとこが、うずくんです……」
十峰は目を見開いて、息を止めた。
「……そうか」
「どうしてでしょう」
「悪いことをした」
「いえ
――あ」
十峰に腕を引かれ、抱きすくめられた。十峰が雪乃助の帯を解いて、
「先生?」
襟を広げた。胸が、十峰の前に晒された。彼を見つめたまま赤くなってしまう。弄られたことのある方の乳首が、張っていくのが分かり、戸惑ってしまう。十峰が乳首に口付けた。だが、ピリピリと張っている乳首とは逆だ。
(そ、そちらでは)
そちらも、温かい感触は気持ちいいけど。反対の方の、もどかしくてチリチリするものを沈めてほしいのだ。
「え……?」
尖らせた舌が、先っぽを押した。くにくにと小さく揉まれると、何か……、
(嫌だ……っ。両方共ピリピリしちゃったら。もう、今でも、変なのに……)
ちゅっと吸われて、気持ちよさにたまらず、背をしならせた。
「あぁ…んっ。先生……変に」
「そうか」
乳首を吸われたまま、もう片方には指が触れた。親指と人差し指で摘まみ上げられる。触られるのを待っていた乳首は、全身に痺れるような毒を回した。
「…はぅっ…ん」
(だめ……、両方なんて、……)
十峰は、コリコリとした雪乃助の乳首を、ふにふにと引っ張りあげる。
(変に、なっちゃう……)
体をよじっても、乳首を弄っていない方の腕が抑えてくる。十峰は長い睫毛を伏せがちに、雪乃助の胸元に顔を埋めていて、表情は分からない。
「変、なの……」
右に体をよじると、指に摘ままれた乳首が、きゅっと引っ張られる。左に体をよじると、甘噛みされた乳首が、ずきん、とする。
「……先生…、まらが、変……っ」
十峰ははっとして、唇と指を離した。
「雪乃助」
十峰の声は聞こえているのだけど、反応できず、離されても尾を引く快感に、唇を噛んで、ぎゅっと目を閉じて耐える。
「雪乃助……」
優しく頭を撫でられたのを感じた。引き寄せられるまま、十峰の堅い胸に顔を埋める。
「先生……、どうしよう……」
股で、硬くなった自分の一部が、どうしてこうなったか分からない。
(男の大事なところなのに、変になっちゃった……)
目に涙を溜めて、不安に俯く。その顎に、十峰の指が添えられ、上を向かされ視線が合う。じっと見つめられて、ドキドキと苦しかった胸に、心地良い熱さが広がる。
「大丈夫だ」
顎に当てられた指が離れ、十峰の手が、今度は両膝に添えられる。膝を左右に押し広げられた。
「! やっ」
幼い雪乃助の男根は、男らしい大きいものではないので、まだふんどしを付けていない。だから着物の前を広げるとすぐに見えてしまうのだ。
「見ないでください! お、おかしいのです、私」
硬くなって、疼きを巻き起こす男根を、手で隠して見えないようにする。その上に、十峰の大きい手が優しく乗せられる。ビクッと、股の間に感覚が走る。
「恥ずかしがることはない。そうさせたのは私だ」
(先生が、こんな風にしたの……?)
ここには、触っていないのに。
自分の体なのに、よく分からない。乳首は触られたけど、魔羅は触られていないのに、どちらも張りつめて、ビクビクしている。
「沈めるやり方を教える」
「やり方……」
「そうだ。ここから子種が出ることは知っているか」
十峰はそう言って、男根を隠して抑えている雪乃助の手を撫でた。穏やかな刺激がその下まで伝わる。
「あ、ん。子種……、って、なんですか」
声が震えてしまう。
「男女がつれ合うと、子供ができるな。男が子種を女に渡して、女がそれを体の中で育てるのだ」
お腹の大きくなった女性は見たことがある。子供ができるための、母親の役割は分かりやすいけど、男親はそういう役目があるのか。
「子種って、こんなところからできるのですか」
小便をするところではないか。
「ああ。例えば、血は心臓に溜まって、血管を通して流れている。小便はこの辺りに溜まって」
十峰の手が下腹部に移って、撫でる。そこから男根を抑えた雪乃助の手の上を撫で上げた。
「ああっ……!」
「ここから出てくる」
「ふ、ぅ……」
「小便をする時、魔羅に細い管があって、そこを通っているのを、感じるだろう」
十峰の手が、そこを何度も往復する。
「は…、はい。あ、ぁ…。感じます……」
「摩羅には他の管も合流している。子種が流れる管だ」
雪乃助の手の指の間に、十峰の指が挿し入れられる。その指が、立ち上がった先っぽを押した。
「ひゃあぁっ!」
「子種はここから出る」
直接触れた十峰の指が、さらに奥へ入り込もうと這う。雪乃助はそれを止めようと細い指を十峰の手に絡める。だが、十峰の指は、初めての感覚に震える雪乃助の力無い手など意味はない。十峰の指と大して変わらない太さの男根に、その指は柔らかく握るように絡められた。
もう一方の手は、その下にある袋に触れた。
「子種はこの袋でできて、こう…出てくる」
親指と人差し指の先で小さい袋を揉まれながら、男根を握った手が先へ促すようにずれる。
「あぁ…んっ!」
「もうすぐ出そうだな。出すぞ」
男根をしごく十峰の手は止まらない。
「ああ……は、ぅん…、あぁっ」
(……気持ちいい…!)
その感覚が快感だと悟った瞬間、背筋を駆け上がる何かが、雪乃助の全身を震わした。
「……っはぁ…!」
ドクッと、男根が、心臓よりも大きく脈打った。何かが、出ていった。
全身が背に吸い込まれるように脱力し、布団に倒れた。
橙の薄明かりのみの部屋に、雪乃助の息を弾ませる音が響く。上がった息と、初めての経験への頭の混乱と、快感の収束を、ただ時に任せる。
朦朧とした雪乃助は、主である十峰が座っているのに、十峰の布団に背を預けているのだが、気が回らない。布団の上で体を脱力させ、その姿を、十峰に見下ろされている。十峰がごくりと唾を飲んだことにも、気付かない。
着物のほとんど脱げた姿で寝転がるのが、火照った体に気持ち良かった。
脱力して気づいたが、硬かった男根が元に戻った。
「治った……っ。先生」
十峰と視線を合わせる。
「ありがとう」
安心して頬を緩ませた。十峰は茫然と、
「雪乃助……」
と呟く。名前を呼ばれた。
(先生の声、好きだな)
落ち着いた、大人の声。先生はやっぱりかっこいい。
「すまない……」
「え?」
十峰は立ち上がり、背を向けた。
「先に寝なさい。私は用がある」
「は、はい。先生、あの」
「雪乃助、後ひとつだけ教えておく」
「はい」
「私をあまり信用するな」
どうして。先生の言うことならなんでも信じられるのに。
「お前の面倒を見ることを、私の負担だと思っているようだが、稚児というのはそれ以上に魅力的なものだ」
十峰は部屋を出て、襖が閉まった。
「先生……」
今、何と言われただろう。
『魅力的なものだ』
「……えへへ」
頬が緩んだ。
明日、美味しい朝御飯を作ろうと、もう眠ることにした。
つづく