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 神の乙女 2






 午後、オルフィネはカナーに返書の確認をもらうために、カナーの執務室に向かっていた。
「おや、どうされました」
 祭礼官のエインビールが、皇帝の執務室の扉に手を掛けようとして迷っている。
「宰相。いえ、今夜のルナ様歓迎の宴について、何か御思案はないかと」
「パーティか。大変ですねえ。あ、そうです。面白いネタが一つありますよ」
 オルフィネは、先ほどの珍事を語った。
「ルナ姫が、将軍に求婚……。おお、それは良い話を聞きました」
 エインビールにやる気が漲ってきた。
「楽しくなりそうですねえ」
「本当に」
 二人して、悪巧みの笑みを浮かべた。



「えっと」
 ボロウェは目の前にいる男が誰だったか思い出そうとした。
「オルフィネです。いつも陛下がお世話になっております」
「はあ……」
 そうだ。公務の時よくカナーの傍らにいる宰相だ。
「本日はアニナ皇女の歓迎の会がありまして、医師殿もどうですか」
「いえ、私は……」
「貴方と仲のよろしいアネス将軍もいらっしゃいますよ。彼の周りはにぎやかですよ。男性にも女性にも憧れられていますから」
 うっと、ボロウェは言葉に詰まった。
「いえ、実は、貴方が将軍の側にいてくれると非常に助かる。綺麗な女性が皆、将軍の周りに集まって、我ら一人身の男達は寂しいかぎりですから」
「そ、それと私がどう……」
「ふふ、ふ」
 だめだ。誤魔化しようがないくらい、アネスとボロウェの仲は広まっている。
「申し訳ございませんが、礼装を持ち合わせておりませんので」
 礼装を着る機会がないのだ。カナーのパーティに誘われることはあるが、簡単なものにしか出ていない。
「ああ、城には予備の礼服が備えてありますから、大丈夫ですよ。ご案内しましょう」
「え、あの、ちょっと」
 オルフィネはボロウェの背を押して、どこかに連れ去ってしまった。



 ガチャガチャと、食器の行き来する音が聞こえる。
「……うるさい…」
 総帥室の硬い長椅子で、ベフィーナが老体を横たえていた。大広間近くのこの部屋は、宮廷の中心部に位置するため便利だが、その分扉の向こうの人の往来が激しい。
「く……っ」
 ベフィーナは辛そうに腕を伸ばした。その瞳が妖しく光る。外からの音が、全く聞こえなくなった。別世界のように、音の遮断された部屋で、ベフィーナは乱れた呼吸を整えた。

 アグラムの機嫌を損ね、仕置きされた傷がまだ治らない。常ならばベフィーナの魔力で治せるが、アグラムはわざわざ傷の上に魔力を弾く仕掛けをしたのだ。
「屋敷で寝ていればよかった……」
 ベフィーナの屋敷には傀儡しかいない。彼らなら主人の休憩を邪魔するような雑音は立てない。
「アニナ神国の姫を見る機会はあまりないから、つい」
 アニナの国土は魔族にとって嫌な匂いがする。アニナの国花でもある聖白王の香りのする土地には魔族達は入りたがらない。未知のアニナは好奇心をくすぐられる相手なのだ。
 だが、皇女の簪が聖白王の花であったのは誤算だった。樹脂で塗り固められて人間には感じられぬ程薄い匂いとはいえ、体調の悪いベフィーナには毒だった。
「…………」
 そう独り言したが、本当は違う。ベフィーナが今日宮廷に来た訳は……。

 がたっと、入口の扉が揺れた。外の気配を探り、ベフィーナは無意識に喜色を浮かべた。扉の魔力をすぐに解く。
「この扉、たてつけが悪くはないか」
 開いた扉から、老年の男が入ってきた。
「ルガオロ様……」
 長椅子に寝ていたベフィーナが身を起こすと、ルガオロは隣にどんと太った体を置いた。ベフィーナの胸がとくんと鳴る。
「今日の昼食を我が屋敷に招くということでしたが」
「は、はいっ」
 ベフィーナが今日来た理由、ルガオロと約束があったからだ。
「調子が悪いようですし、今日はやめておきましょうか」
「え……」
「今もここに寝転がっていたでしょう。もうお帰りになった方がいい。ほら」
 ベフィーナの細い体をルガオロが支え起こした。ベフィーナは茫然として為すがままだ。

 外では馬車が待っていた。二人で乗り込みルガオロの屋敷に向かう予定だったのに、ベフィーナだけが乗せられた。
「お送りししろ」
 馬丁に声を掛ける。
「あ、あの」
「また今度にしましょう」
「大丈夫です……、私……」
 ベフィーナにとって怪我など日常茶飯事だ。本物の老人ではないのだし、数時間我慢することなどなんでもない。
 だがルガオロは馬車の扉を閉めて、
「行け」
 と馬丁に命じ、馬車が動き出した。
「あ……」
 宮廷の門を出るまで、ルガオロは笑顔で見送った。残念そうな色もないその笑顔に、ベフィーナは傷ついた。

「この私がお前のような……っ、腹の出たっ、たかが人間と食事をとってやろうというのに!」
 馬丁に聞こえないように、悪態をついた。だがその顔は、泣く寸前のように歪められていた。
「私は……無価値ではない……」
 体を小さくして、膝を抱える。幻聴が聞こえる。
 ―どれだけ体を変えても、お前の醜さは変わらんな。
 体の傷とともに、なじりつけられた言葉の刃。アグラムの言葉だろうか。誰を彼もに言われ続けて、分からない。
 ―お前の側になど、誰も寄らぬ。
「……私は……醜く…などっ……!」
 体が痛い。痛くても、
 誰も側にいてくれない。
 すすり泣く様なうめき声が、ただ馬車の外に漏れないように。





 煌びやかな大広間に、王侯貴族が集まる。
「ボロウェ!」
 慣れぬ場所に戸惑っていると、アネスがすぐに見つけてくれた。
「そういう格好も可愛いな」
 皺ひとつない上質生地のローブだ。近づくなり褒められて、セットした髪の先を柔らかく弄られる。いつもと違い前髪を上げて露出した額に、口付けが落ちてくる。
「アネス……」
 抗議しようと思っても、甘くて弱々しい声になってしまう。
 アネスは軍礼装で、多くの美々しい勲章が胸を飾っている。立派な体格に豪奢な服装で、生まれながらの貴族のようだ。
 腰にアネスの手が回った。とくんとボロウェの心臓がなった。
「何か飲み物をもらおうか。ワイン以外に果実搾りもあったはずだ」
 奥にエスコートされる。中心に行くのではなく、給仕から飲み物を受け取ると壁際に行ってしまう。いくらか椅子も置いてあるが、若い男なので立ったままにした。

「帰れるのはボロウェが寝た後かなと思っていたが、ここで会えるなんて」
 愛おしげに囁かれる。体が震えて熱くなった。
「…………」
 別の視線を感じる。好奇の目が大半だが、異形を厭う目、嫉妬を孕んだ女性達の目。
「大丈夫なのか……。将軍なのだから、挨拶などしなければいけないのでは」
「しなければいけない方にはもう済ませた。後は話しかけられたら相手をすればいい。その時ボロウェの傍を離れるかもしれないけど、少しの間だからごめんな」
「私に気を使わなくても……」
「ボロウェ」
 アネスはちょっと困ったような顔をしていた。
「傍にいたいって言ってほしい」
「……!」
 耳元で囁かれて、真っ赤になってしまう。
「ボロウェ……」
「……に、いて……」
「ああ」
 微かな返事だけど、アネスは満足して、ボロウェの頭をくしゃくしゃと撫でた。

 庭の見られる窓辺に移動する。夜会の時はいつも灯りが焚かれ、幻想的に浮かびあがっている。
「綺麗だな」
「うん。もうすぐ植え替えをすると陛下が言っていた。今は白を基調にしていて美しいが、次は何が植えられるか楽しみだ」
「陛下とよく庭に出ているよな」
「?」
「妬ける」
「! へ……? 陛下と、だぞ」
 何の色気もない、ただの庭仲間だ。散歩しているうちに庭師と出くわせば、カナーは庭師と話し込んでしまうくらいだ。
「分かっているよ。だが恋人が陛下のような美男と並んで歩いているのを見て、感情が荒げるのはどうしようもない」
 アネスにカナーが美男と言われて、首を傾げた。ボロウェにとって、カナーが美形なのは頭では認識できる。だが、心ごと震わしてくるアネスはまるで別格なのだ。バツが悪そうに顔を逸らす仕草さえ、物憂げで男の色気に溢れている。こんなに格好良い人が不安に思う道理が分からない。それでも、
「嫌か」
 アネスが嫌だと言うなら、身分上難しいだろうが、誘いを断りたい。ボロウェにとってアネスは唯一の人だが、カナーにとって庭仲間は他にもいるのだ。
「嫌とまでは……、そうだな、寂しいだけだ」
「寂しい……」
「ボロウェは俺のものではないのだと感じて」
「私はアネスのものだ」
 アネスは何故か驚いた顔をした。
「? アネス」
 何かおかしいこと言ったか。
「そうか……」
「うん」
「俺のものなんだな」
「うん」
 当り前だろう。好きだと言い合って、一緒に住んで、抱かれているのだ。
「ボロウェが、当たり前のように俺のものって言ってくれるのが、すごく嬉しい」
「そうなのか?」
「お前って外に出ればしっかりしているし、俺に頼らなくても大丈夫な奴だから」
「頼っているぞ」
「そうかな」
「私はそれほどしっかりしていない。この夜会も来たくなかったが断れなかったし。そういう時は我慢して、帰ってアネスに慰めてもらう」
「慰め?」
 ボロウェから愚痴などは聞いたことはないのだが。
「抱きしめて……、頭を撫でてもらう……」
「ボロウェ……」
 そんなものアネスにとってはいつも無意識にしていることだ。それだけでボロウェは満足していたのか。頼っているのが分かりにくいわけだ。
「やっぱり可愛い」
 アネスに引き寄せられ、頭を撫でられた。


 それを、見つめる者たちがいる。彼女達の不穏な雰囲気。
「美しいわけでもない。身分はたかが医者で、元をただせば田舎の異種族」
「帝国軍総帥の座が約束されているアネス様と、よくも隣に立てるわね」
「誰かあの鼻を折ってくれないかしら」
「あら、エインビール様とアニナ皇女が近づいていくわ」
「何の御用でしょう」


 見たこともないくらい綺麗な姫君が来て、アネスに会釈した。
「アネス将軍。乾杯して下さるかしら」
「光栄です、姫」
 主君に似た容貌と、恋人と同じように果実搾りを手に持つ少女に、アネスは好意的に応じた。ボロウェの胸はズキリと騒ぐ。
(この方が、アニナ皇女ルナ姫―)
 なんて美しく可憐な姫君……。ライトエルフのエキアリスが憧れてしまうくらい、本当に……。歴戦の勇者でありながら美貌も持ち合わせるアネスと並ぶと、騎士物語を表現した絵画のよう。

「こちらは?」
 ルナがボロウェの方を見て問いかけた。もう一人男が話に入ってきて、代わりに紹介した。たしかカナーの庭仲間だったような。エインビールだ。
「宮廷医師のボロウェです。陛下のことも診ております」
「お、お兄様どこか悪いのっ!」
 ルナは顔色を変えてボロウェの手を取った。
「あ、いえ、ただの健康管理です。ご心配なく」
「……そう」
 ルナは肩を撫で下ろした。
(びっくりした)
 お姫様なのに、異形の手を躊躇せずに取るなんて。それに兄のことをとても心配している。
(心も綺麗な方なんだ……)
 ボロウェは俯いた。
「姫、お手を……」
 ボロウェの手を握ったままのルナに、アネスが強張った顔で声を掛ける。
「まあ、ごめんなさい。驚かせたわね」
「いえ……」
 二人の手が離れて、アネスは顔の緊張を解いた。
 ボロウェは歳のわりに若く見え、小柄な背も相まって少年のようだ。同程度の背丈のルナ姫と並ぶと、天使画のように愛らしく、……妬ましい。ボロウェの隣に並ぶのは、常に自分でありたいのだ。

「医師は将軍の友人で一緒に暮らしているのですよ」
 エインビールがルナに教える。
「そうなのですか。私も将軍と親しくさせていただきたいわ」
 ボロウェもアネスもぎょっとした。
「できれば、お嫁さんに」
 にこっと花が綻ぶような笑顔を投げかけられ、アネスとボロウェは背筋が冷たくなった。エインビールのみが、近くで見れて役得だと思っていた。
(注目してる。注目してる)
 ま、今夜はこのくらいのアクシデントだけでいいだろう。自分の仕事を終えたエインビールはさっさとこの場を離れた。


―……」
「…………」
 聞き耳を立てていた貴族の女性達は、非の打ちどころのない恋敵の出現に呆然とした。
「……ほほほ、い、いい気味だこと。あの異形、彼女を前に身の程を思い知ったかしら」
「そ、そうね。ア、アネス将軍の相手になるには彼女ぐらい……」
 彼女達は泣きそうになりながら、平静を装うためにボロウェを貶めた。
(勝てない……)
 皆同じ思いだった。


「御冗談を。美しくお若い貴方なら、もっとふさわしい方が他にいらっしゃいますよ」
 アネスは婉曲な言葉で聞き流そうとした。何故こんな衆人の中で言うのか。今日の主役であるルナには周りの視線が集まっている。幼い頃からチヤホヤされていた姫君には意識もしないものなのか。
 実はエインビールが、
「将軍は優しいから皆の前で女性に恥をかかさない。断ることはありません」
 と知恵をつけている。
 アネスはちらりと隣に立つ恋人を見た。
(……やはり)
 真っ青な顔で、震えている。
(早く二人きりになって、慰めてやりたい。そうだ)

 足が震えて、ボロウェは今にも倒れそうだった。
(姫が……アネスを好き……)
 皇帝唯一の同種同腹の妹。アニナ神国皇女にして第一王位継承権を持つ。
(これって……断れるの……)
 怖い……。アネスを取り上げられたら……。想像しようとして、何も思い浮かばない。ただ真っ暗で……。
「!」
 不意に体が浮き上がった。
「失礼、姫。彼の調子が悪そうなので、送っていきます」
「ア、アネス……っ」
 アネスの腕に横抱きにされてしまった。女子供のような抱えられ方だ。
「本当。顔色が悪いわ。大丈夫かしら」
「大丈夫です。共に住んでいるので、私が看病しますから。では、良い夜を」
「ええ……気をつけて」
 ルナはすぐにその場から離れた。
 アネスはボロウェを腕に抱いて出口に向かう。
(なんて強引……)
 ボロウェは呆気に取られていた。だけれども、落ち着かせるようにアネスの手が背中を擦って、それがとても優しくて泣いてしまいそうだ。
「ボロウェ、心配するな。側にいるから」
(何があっても……)
 そう、他の人に聞かれないように囁かれた。
(……うん)


 出ていこうとするアネスに、遠くから見ていた女性達は焦った。
「な……っ。まさかルナ姫をおいて異形を連れていく?」
 今夜はアネスと一言も話せていない。アネスは独身男性でありながら、貴族のお嬢様と話すことに興味がないため、なかなか話す機会がないのだ。
「いくら将軍とはいえ平民。ルナ姫が下嫁される可能性は低いわ。それよりもあの異形の方を何とかしないと」
 あんなちっぽけな異形がお気に入りなど……、アネスは少年愛嗜好なのだろうか。グラマラスな体つきの彼女達にはその方が問題だった。
「あの無礼な態度を、ルナ姫に咎めてもらいましょう」
「もう二度と将軍の隣で大きな態度ができなくなるように」
 女性達の内、気の強そうな者が席を立った。


「ちょっと貴方」
 アネスに抱かれて広間の出口に近づいた時、声が掛った。ボロウェを睨んでいた女性たちだ。
「少しは気使いできないのかしら。将軍はルナ姫とお話しされていたのよ」
 アネスは一瞬眉を顰めた。彼女達は背を向けていたから気付かなかったと思うが。
「ご婦人方、申し訳ございませんが彼を早く休ませてあげたい。後で私からルナ様に謝罪いたしますから」
 穏やかな口調だが、若干怒りが滲んでいる。だが彼女達は気づかない。
「し、将軍がすることないわ。悪いのはその人ではないですか」
「彼の罪は私の罪です。私と彼の関係、貴女方はご存じでしょう」
 なんの為に噂が立つような付き合い方をしていると思っているのだ。半分はボロウェが可愛いから理性が吹き飛んだせいだが、もう半分はアネスにもボロウェにも虫がつかないようにするためだ。
「貴方、将軍の恋人気取りでいいと思っているの? 将軍の気紛れでしかないのよ」
 アネスが揺るがないとみると、ボロウェを言い詰める。アネスは怒りが湧きおこったが、
「アネスは……そんな人ではない」
 ポツンと不機嫌そうに言うボロウェが可愛くて、若干気持ちを和らげた。
「ま! 異形のくせに、なんて」
「ご婦人方!」
 アネスが大きな声を出し、彼女らはびくっと身を竦めた。頼りがいのある紳士に見えるが、根は軍人なのだ。それも帝国を背負うぐらいの。迫力が違う。
「私は彼を伴侶と思っている。彼を軽んじなさるな」


 ざわついた其処から、少し離れた場所。皇帝専用の少し奥まった区画の椅子に座り、騒ぎを見つめていたカナーが呟いた。
「アネスとボロウェはそういう関係だったのか」
「ええええっ!」
 隣で話し相手になっていたオルフィネは思わず素っ頓狂に叫んだ。アネス達に集まっていた視線が、こちらにも散る。宰相の大声は珍しい。オルフィネは自分の失態に気づいて口を手で押さえた。
 王宮中に広まっている話題だ。交友の広いカナーが知らないとは思わなかった。以前から恋愛事には興味のないお方と知っていたが……、鈍い。とんでもない鈍さだ。


 威勢の良かった貴族の姫達もしおれてしまった。
 そこへ明るい声が割り込む。
「どいてくださいな」
「何よ……あっ」
 どこかへ行ってしまったはずのルナが、水の入ったグラスを持って、すぐそこに立っていた。
「飲むかな、と思って」
 ボロウェのために水を取ってきてくれたようだ。差し出されたグラスを、ボロウェは見つめたまま反応できず、アネスが代わりに受け取る。
「将軍の決めた相手って……この子だったの」
 たった十五の少女に“この子”と言われてしまった。アネスは苦笑しつつ、
「はい。彼が私の愛しい人です」
 躊躇いもなく言った。ルナなら、大丈夫だろうと思った。
(姫は頭のいい方だ。心の性質も、根本は実に素直に見える)
 ボロウェを傷つけたり、アネスに無駄な思いを寄せもしないだろう。

「異種族で同性なんて。禁断の恋ね」
 ルナの言葉に、ボロウェはぐっと耐えた。分かっている。周りから白い目で見られる関係だとは……。
「素敵……」
「……、え?」
ルナはボロウェの手をとった。
「そうね、恋は理屈なんかに縛られるものじゃないわ。禁断でも何でも! 好きなら好きでいいのよ」
「っ?」
「私頑張る!」
 ルナは何かを決心したようだ。
「ボロウェのことも心から応援するわ」
 周りの女性がどよめいた。アニナ皇女の力で異形を排除するつもりが、何故かお墨付きを与えている。


 少し離れた場所。カナーとオルフィネが杯を交わしている。
「ルナめ。自分は恋愛のできる立場でないとまだ分からないか。禁断の相手が誰だか知らないが」
「は、ははは」
 オルフィネは力なく笑う。オルフィネもルナの恋を成就されては困る立場だが、ここまで意識されていないと同情する。
 ああ、そういえばお母上もこうだったな。恋愛感覚が人と全く違った。夫である先代はそれほど容姿も冴えず、性格は言わずもがな。されどトネロワスン皇帝という肩書のみに惚れ込んでいた。皇帝の方も、神女の長生き伝説に興味を示してお気に入りだったし。ある意味お似合いの夫婦だった。
(恋愛とは人それぞれだなあ)
 と、未だ春の来ないオルフィネがまとめた。

〈終〉


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