うたたねは君のとなりで 13
『急に帰ってごめん』
メッセージを送った。
これだけでは足りないのは分かっているが、どうしても続く言葉が出てこなくて躊躇していると、
『気にしないで。また来てね』
詩季からメッセージが返ってきた。
(優しい……)
あんなに悲しそうにさせてしまったのに。
返信しようとして、やはり違和感のある言葉しか打てず、たくさん悩んで、
『ありがとう』
とだけ返した。
台風のあとのいつもの丘陵は、葉や小枝が散乱していた。
ベンチを一回二回、手で払って座り、そのまま倒れて寝そべった。
あの日……、目を覚ましたら詩季が隣で眠っていた。
(はじめから……)
詩季がタロウを見つけたのは、タロウが目を覚ますより前。薄紫色の栞が詩季の元へ飛んでいった場面を、タロウは見ていない。
あの日からやり直しても、僕たちは友だちになれない。
その前に教室でもっと話しかけていたら……。
多分、他のクラスメイトと同様に優しくはしてくれるだろうけど、詩季と特別に仲良くなれる世界を思い浮かべられない。
「夢みたい」
目を覚まして見ていた夢。友だちの特別になれる夢。
それは、詩季の恋愛感情に寄りかかり、遥か高くに伸びた幸せ。幻想のような花。
(最後は……)
詩季の辛そうな表情を思い出す。
タロウは日差しから顔を隠して、滲んだ視界を閉じた。
詩季が好き。
大好きだ。だから、傷つかないでほしい。
でも、
――友だちじゃなくて……
あの言葉に、涙を堪えられなかった。詩季に頷けなかった。
傷つけた。
僕は大好きな人を……。……好きじゃないから、僕は詩季を傷つけるのかな。
僕は詩季を、好きじゃない……。
息が苦しい。
待ち望んだ晴天の日は、無為に過ぎていった。
期末テストも終わった。
詩季に教えてもらった教科は上がったけれど、他は下がって、結局いつもと同じ成績だった。
廊下をぼーっと歩いていて、隅に重ねてあった椅子にぶつかり転んだ。
「大丈夫か」
「え……、うん」
響が珍しく心配してきたので驚いてしまった。手荷物を落としてしまったので拾いあげる。
「飲み物買うの珍しいな」
「そっかな」
タロウの手には、さっきコンビニで買ったフルーツティーのペットボトルがあった。
昨日、詩季がグループメッセージで美味しいと言っていたものだ。タロウもスタンプを押して反応した。
飲んでみたら、爽やかな果汁の味がして美味しい。
一学期最終日。ほんのりとした清涼感が、暑さを少し忘れさせてくれた。
(バイトまで時間がある。何しよう)
放課後、一人になった教室でぼんやりする。
(宿題持ってたかな)
鞄に手を掛けて。
「……?」
何か足りない気がした。本、ペンケース、財布……。
(
――……っ)
小鳥がいない。
詩季と買ったガラスの小鳥。体が黄緑色で、あれから小さな巾着に入れて持ち歩いていた。
詩季とお揃いの
――。
鞄の奥まで探し、ロッカーも探した。教室に戻り鞄をひっくり返す。ない。
(他、今日行った場所は
――)
「タロウ?」
「し…き……」
振り向いたら彼がいた。
「どうしたんだ」
心配する声。タロウは自分の目に涙が滲んでいることに気がついた。
「なんでもない」
手でふいて、顔を逸らす。
「…………。あのさ、これ廊下でさっき見つけて、タロウが最近鞄に付けていたやつじゃないかって思ったんだけど」
「
――!」
詩季が見せた若草色の巾着に、タロウは飛びついた。
「……あ……」
巾着を広げる。
「あった」
よかった。欠けたりしていない。
「この鳥を探していたんだ」
詩季の手を握ったまま頷く。涙が揺れて、零れ落ちた。
「ありがとう……。落としてごめん……」
「……見つかっただろ。もう大丈夫だ」
詩季はタロウを椅子に座らせる。
タロウの嗚咽がやむまで、詩季は待っていてくれた。
放課後の教室は冷房が止まり、昼の太陽も苛烈で、少しずつ居心地悪くなっているはずなのに、詩季がいるだけで、永遠にここにいたいと願ってしまった。
「なあ、タロウ」
「ん……」
「夏休み、一緒に遊ぼう」
一緒に。それはどういう意味なのだろう。
「……まだ僕は、詩季の中で恋人?」
恋人失格になっていないのだろうか。側にいることは許されるのだろうか。
詩季は少し沈黙して、
「恋人とか、友だちとか考えずに会いたい」
と言った。
「タロウが俺といて嫌じゃないなら、もっと一緒にいる時間がほしい」
一緒にいられる。
「詩季を嫌になるわけない」
「そっか」
「詩季のこと好き」
「……
――」
詩季の表情は少し硬くなって、ぎこちなく微笑んだ。
「夏の間、たくさん遊ぼう」
「うん!」
詩季と遊べる夏休みがやってきた。