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 雪は静かに降りつもる 5






 一月。
 雪が降ってほしいという満と純のささやかな願いは天に届き、ふくらはぎまで積もる大雪となった。

 満と純は学校に着いたけれど、交通網のマヒで授業の半分が休講になった。
 暇な時間は当然外へ遊びにいく。


「満っ、玉作る時は隠れて!」
「わっ、わっ!」
 あまり運動しない満だが、今日は純達の雪合戦に混ぜてもらった。
 とはいえ鈍くて足を引っ張っているだけだが。
「満こっち!」
「ふぐっ!」
 純が満を狙う敵を撃ち落としてくれたが、フォローしきれず二人揃ってすぐ負けてしまった。

「ごめんー……」
「満、なんで全身雪まみれなの」
 最後同時に三発当たって転んだからです。
 やられたというのに、純は本当に楽しそうに笑った。



 一回戦が終わるのを待っている間、純と一緒に壁を作った。
 それが功を奏して、次戦では玉の供給担当として大活躍した。

「誰か小隈基地落とせ!」
 相手陣営からそう声が聞こえるが、近づいてきたなら純が返り討ちにする。
「こっちも玉担当作ろう! 俺投げるからお前作れ!」
「いや、投げるのは俺だ」
 相手が喧々囂々としている間にも、満は黙々と玉を作っていく。
 基地の壁に隠れて不動の構えだ。適材適所である。

 だが、
「てえーい!」
「わあっ」
 木尾の声が聞こえたかと思うと、真上から玉が飛んできた。
「お、その声は当たったな」
 どうやら高い放物線で壁を越えてきたようだ。

「うう、アウトー」
 満は自己申告して大人しく後ろに下がる。
「ははは。どうだ、俺の名コントロー……おわっ!」
 純がひらりと小隈基地に舞い戻り、目にも止まらぬ速さで木尾に集中砲火して倒した。
「ちょっ、もう当たったって! 投げすぎ!」
 木尾に当てたというのに、純はとても悔しそうだった。
 その後二回戦の最後まで、作り溜めた玉は保ち、見事こちらのチームが勝利を収めた。

「満のおかげだよ」
「純だよ。純がすごかった!」
「ちくしょー。壁オーケーするんじゃなかった」
「今度はそっちも先に壁作っとく?」
「おう」


 向こうが壁を作る間、しばし休憩だ。
 小隈基地には一個だけ玉が残っていた。
 そのサイズと、ぽつんとした姿に、あの日の雪うさぎを思い出す。

 純はあの日も雪合戦をしていた。
 満は今日も雪を丸めることばかりしている。
 でも一緒に遊んでいることには違いないし、とても楽しい。

「満、次も頑張ろうな」
「うん!」

 午後の教室。陽が差す窓際には、皆の湿った手袋が並んでいた。





 まぶしい。
 朝だ。休みだからもっと寝たいが……。
 この空気、覚えがある。すごく寒くて、でも喉の乾きはあまり感じない。
 ばっとカーテンを開ける。
「雪だ」
 積もるほどの雪は今年二度目。大盤振る舞いだ。

 携帯で天気を確認する。雨に変わる予定はない。
 純にメッセージを送る。

『雪だね』
 すぐに返事がきた。
『雪遊びするんだろ。一緒にいく』
 嬉しくて頬が緩む。
 休日だから近所特権で純を独り占めできる。



「純ー」
「おはよ」
 近所の公園で落ち合った。雪は今も降り続いている。
 広場にしゃがみ、雪に触れた。

「できた」
 雪うさぎを作った。葉っぱと南天の実で飾ってある。
 昔作ったものに比べて、目が小さいかもしれない。
 満の手が大きくなったから、体を大きく作ってしまったのだろう。

 石塀の上に雪うさぎを置く。
「可愛いね」
 純は小さな雪だるまをその隣に置いた。
「ありがとう。雪だるまも可愛い」
「大きい雪だるまでも作る?」
「いいや。満足したから。他の子が遊ぶ分を残しておく」
 今日は積もりはしたが、天気予報によると前回ほどではないそうだ。
「そっか」

 二人でただ降り積もる雪を見つめた。
 寒気で頬が少しひりひりするけれど、純に会えて心は温かい。
「眺めるのもいいね」
「そうだな」
 何もしていなくても、純とお喋りしている時間は特別で、落ち着く。


 なんとなく会話が途切れた。
 満はまたしゃがんで雪を丸める。

「てい」
 純にぶつけた雪玉はほろっと砕け落ちた。
「やるか」
 純も雪玉を丸めようとするのを、満は止めた。
「ハンデちょうだい。純は小隈基地から供給された玉しか投げちゃだめ」
「なんだ。数を絞ってくるつもりか」
「そんなことないよ。平等にあげるよ。はい」
「おい。小さい」
 投げるとき持ちにくいサイズを渡した。
 純しかいないから甘える満を、笑って受け入れてくれる。

「純の手が大きいから小さく見えるだけだよ。ほら」
 満は純とパーの手を合わせてみた。純の方が身長が高いから、純の手の方が大きいはず。
「おしゃれな手袋してる」
 ビジネス用のようなダークカラーの薄手の手袋。
 満はレジャー用の完全防備な手袋だ。
(手袋込みだと僕の方が大きい)
 とりあえず合わせた手の指を絡ませて握り、うやむやにする。

―っ」
(さて、どうやって供給する雪玉の正統性を説明しよう)
 じっと考えていると、
「……満のばか」
「わっ」
 至近距離から雪玉をぽすんとぶつけられた。
 純の顔は、寒さのせいか赤くなっていた。

「寒い? どっちかの家に行こうか」
「平気。まあ話すだけなら中の方がいいか。どっちの家でもいいよ」
「あ、この子達連れて帰るから、うちがいい」
「了解」



 庭に雪うさぎと雪だるまを置き、お茶を淹れて満の部屋へ向かう。

 純は机上の棚にある小さなうさぎの置物に目をやった。
 修学旅行の時、お揃いで買ったものだ。

「座布団敷いてる」
 うさぎの下にアイスブルー色のミニ座布団が敷いてある。
 何度もこの部屋に来た純は、変化にすぐ気づいてくれた。
「いいでしょ。百均で見つけちゃった」
「いいね。俺もしようかな」
「じゃああげるよ。セットになっていて一個余ってるんだ。あ、お店には色違いもあったけど……」
 満は雪をイメージして選んだ。
 だがこのうさぎは普通のうさぎなので、純は合わないと感じるかもしれない。
 安価なので自分で買った方が色も選べるだろう。
「いい。満と同じのが欲しい」
「っ! 分かった」
 ちょっと嬉しさの滲んだ声で応えてしまった。

 小物入れの中に直に入れてあったミニ座布団を取り出す。
「袋処分しちゃったんだよな」
 小さいものを入れるのにちょうどいいサイズの袋があっただろうか。
「そのままでいいよ」
「うん……。あ、封筒に入れてって」

 文箱を開けて差しだした。
「好きなの選んでいいよ」
「ありがとう。いっぱいあるんだな」
「そう。たまにしか買っていないんだけど、使う機会が少なくて減らないの」


 純が封筒をめくっていく。
 満は純が選んでいる間、静かにする。
 純の格好いい顔を眺めるだけで幸せ気分だ。

 ふと、純の目が見開かれた。

「? 何かあった?」
 身を乗り出して、純が手にする白っぽい封筒を覗きこむ。


 その手にあったのは、雪うさぎの封筒。


「わああ!」
 とっさに純の手から奪いとる。
 純はそっと掴んでいたのか、抵抗なく手にすることができた。

 純の視線が手の上から、満へと注がれる。
「まさか……」
「べ、別物だから!」
「じゃあどうして焦っているの?」
「!」
 過剰反応してしまった。たまたま同じものを買っていたと言い逃れすることもできたのに。これじゃ怪しすぎる。

 バレた……。
 手紙の主が満であること。
 そして、純が探していることを知って黙っていたこと……。


「……ごめん」
 満は縮こまって、純の言葉を待った。
 純は肩の力を抜いて笑う。
「色々言いたいことはあるけど」
 そっと触れてきた純の手。
 温かく満の手を包む。
 あの日うさぎを救った手のように、とても優しかった。

「好きだよ。満」
 純が告げた言葉に、今度は満の目が見開いた。
「純……、新しく好きな人できたんじゃ……」
「それも満」
 満は口を開けたまま固まった。

「ずっと同じだったんだな、満は。好きって手紙を出してくれて、学級委員も代わってくれて、高校ではいっぱい遊んでくれて……。ずっと優しかった」
「そんなの、純が優しくしてくれたから返しているだけで……」
「そうだとしても、俺の前に現れてくれたのは満だった。満だったんだ……」
 純は満の手を握りしめる。まるで、二度と離さないとでもいうかのように。

「満は手紙をくれた頃の気持ち、どのくらい残ってる?」
「……っ……」
 満の気持ちは―、純に向かい続けている気持ちは―。

「増えたよぉ……」
 純は満を抱き寄せる。
 零れそうだった涙は、純の肩を湿らせた。


「純は、純は……っ、毎日格好いいし、優しいから……」
 この気持ちが薄れるところなんて、想像もできない。
「やった」
 ぎゅうっと遠慮なく抱きしめられた。純の体温が伝わってくる。
「……好き」
 満がとても小さな声で言うと、前髪に柔らかい感触があった。
 温かいそれが純の唇だと気づいて、満は涙が止まったのに顔を上げられなくなった。





 窓の外。
 雪は細かく軽くなって、ふわふわと宙を舞っている。

「僕が純を好きになった日も、雪が降っていたんだよ」
「え、いつ?」
「秘密」
「ええー……」
「今日はこれ以上は気恥ずかしくて耐えられないから。そのうちね」


 庭にある雪うさぎと雪だるまは、きっとすぐに解けてしまう。
 でも心にある思い出は、二人の心を温めて―。
 雪が降るたび、作りたくなるのだろう。

〈終〉


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