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 12. 帰還 2






 ―雨?
 大きな雨粒が、不規則に祈の体を打つ……。違う。水飛沫だ。

―。船の……蛇」
 十年前の再現かのように、モーターボートが連なって、水面から高く持ち上がり、そびえ立っていた。

『さあぁっ! 海の怪物、リバースネークが登場した!』
 ルージュのアナウンスが響く。船が岸で暴れ出した。辺りの柵や街灯が壊され、人々が逃げ惑う。海と都市を繋ぐお洒落な散策路が、悲鳴に包まれていた。

「妖……? でも」
 祈は集中して”見る”。あの時の妖も、他の妖もいないように見える。なにより、あの時船に渦巻いていた水がまるでない。水に潜り込んでから浮上すれば、その分だけ自然と水をすくいあげて、そして自然と落ちていくだけだ。
 よく見ると、船はあの時のようにただの鉄塊ではない。ちゃんと推進装置から水が噴射している。船として動いているのだ。それと……、なんだろう。船体の外側に大きな装置が付いている。あれでは水を切るのを邪魔するから、後から付けられたものだろうか。

「とにかく止めないと」
 祈は首に手をやる。あの巨体の相手はシーカぐらいにしかできない。解放すれば戦ってくれるだろうか。
 そう思ったとたん、首が苦しくなった。シーカが、前方のリバースネークでなく、後方へと意識を向かわせている。


 声が聞こえる。心地良い声。悲鳴の中で、凛として人々を誘導している。
 振り返ると、晶がいた。晶の方も、岸から逃げ遅れている人を探して、祈を見つけた。

「君、祈っていうの……?」
 どきっとする。そういえば晶の前で、ルイが名前を呼んでいた。
 晶が近づいてくる。それと同時に、息が苦しくなる。

―待ってて!」
「!」
 晶は祈の側を走り抜け、リバースネークの方へ走った。祈は叫んだ。

「それ、妖じゃないよ! 船と変な装置で動いてる!」
 観察して得た情報を伝える。

「分かった!」
 晶は地面を蹴って、二十メートルはあろうかという巨体に飛び移る。腹のあたりの垂直に立った船の、操縦室に乗り込んだ。壁に掴まりながら中を観察する。

「遠隔操作されてる」
 操作パネルが稼働していて、目まぐるしく方向を調整している。特殊な計算で、絶妙なバランスを作って蛇の形にしているようだ。船本来の機能だけでできるとは思えないから、外の装置は推進力か連結を補助しているのだろう。
 手動操作への変更は受け付けなくなっている。晶は操作盤周りの蓋をこじ開け、中のケーブルを断ち切った。ぐらっと船が大きく傾き、急いで脱出する。

 腹部分の船が操作不能になり、リバースネークの巨体は一息に瓦解した。

「あとは一台一台対処すればいいか」
 乗員もいないことだ。あとは警察がどうにかするだろう。晶はその場を離れる。

『えっ、もう!?』
 ルージュは誤算だったのか、驚きの声をあげた。画面の中でクマが地団太を踏んでいる。

『まあいいや。皆―、楽しかった? 次は満月の晩に会おう。バイバイ!』


 晶は不思議そうに放送を聞いていた。
 放送が終わって、再び祈の方に向く。

「名前、祈でいいの?」
「待ってっ、近づかないで!」
 祈に拒絶されて、晶が少し悲しそうな顔をした。祈の心は痛む。でも、どうしようもない。

「妖が、君を狙っているんだ……」
「君じゃない。晶」
「あ、晶……」

「……あの日会った、祈なの?」

 海からの風が、二人の間を通り過ぎていった。
 祈は、こくっと頷く。すると、

「祈……」
 晶の表情は、影があったのが嘘のように、晴れやかになった。
 ―あの日の天使が目の前にいた。

「どんな妖? 祈には見えるの?」
「うん、集中すれば。あの時の雷の妖覚えてる? 今は、ここに封じている」
 祈は自分の首に触る。じんわりと光って、

「ん―ッ……」
 祈は苦しそうにする。

―……。解放して、祈」
 晶の声は、静かに怒りを帯びていた。ワークポーチから薄手のグローブを取りだし装着する。そして、黒い布を手に取った。

「でも……」
「倒すから大丈夫」
 祈は晶をじっと見て、そして信じることにした。

「分かった。いくよ」
 首輪の術に働きかけた。目を閉じて集中すると、封印の一部が解けて大きな妖気が動きだすのを感じる。

「晶!」
 祈が目を開けた時、……晶は、不思議な模様の入った黒布で、自分を目隠ししていた。祈は驚いてシーカを戻そうとするが、祈の熟練度では急には切り替えられない。

 ―ァアア!
 シーカが飛び出した。正面に撃たれた雷撃を素早く躱し、晶はシーカの横に躍り出る。走ってきた勢いを拳にのせた。シーカは身構えて、体格差を活かして受けとめようとする。

 だが、拳はかつてより遥かに重かった。
 当たった途端、グローブが輝きだす。

「ダアァッ―!」
 晶が振りぬく拳には、莫大な妖力がのっていた。まともにくらったシーカの巨体は宙に飛び、海上へと落ちた。



「昔のようにはいかない」
 晶が目隠しを外しながらこちらに歩み寄る。今度は苦しくならない。ただ、胸が高鳴る。ずっと会いたかった友達―。
 晶は微笑んで、祈を抱きしめた。

「今度こそ、祈は俺が守る」
―! 僕もっ」
 祈も逞しくなった晶を、ぎゅっと抱きしめ返した。

「……?」
 晶の力が、へなへなと抜けていく。

「眠い……」
「疲れた?」
「……祈がいなくなってから、ずっと眠りが浅くて……」
「えっ、駄目だよ。寝な寝な」
「祈の声、落ち着く……」
 動かなくなったと思ったら、小さな寝息を立てている。本当に立ったまま寝てしまった。祈は起こさないように、静かに笑った。

「晶、ただいま」
 ルイに見つかって店に招かれるまで、晶の髪を揺らす風を楽しんでいた。


<第一章 終>


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