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◇◆ TIFA? 1 ◇◆
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突然ですが、ちょっぴり痩せました。
休日という休日に、食べることも忘れてハードなえっちに励み続ければ、努力をすることなく、人は痩せられるものなのですね。多分。 というよりも、貧弱な胸が、更に貧弱になった気がしてならないのですが、世の中、ユサユサが全てじゃないと思いたい。きっと。 けれどこの方は、私の胸を凝視しながら、気のせいだと思いたかった事実を、平然と言いました。 「あれ? 美也、痩せた?」 胸を見つめながら言うな。ウエストを見つめろ。ウエストを。 「巨乳じゃなくて、美乳を目指してるのっ」 咄嗟に腕で胸を覆いながら、言い訳がましい文句を吐けば、にやと笑った亮が私を引き寄せた。 「大きさや形じゃなくて、感度が重要」 「よく言うよ。もっと大きい方がいいに決まってるじゃん」 「なんで? 好きな女の胸が、最高の快楽を与えてくれるのに」 そう言いながら、私の腕を胸から剥がし、又もや胸を見つめて、甘く妖しい言葉を放つ。 「美也の胸に触れても、俺は感じない。感じてる美也の顔に、俺は感じるの」 温かい亮の息が胸にぶつかる。その感覚に、きゅっと輪が縮んで先端が起つ。 さらに、薄っすらと開かれた唇の合間から、柔らかそうな舌が、ちろと覗く。 「だから、何よりも感度が重要……」 そこで亮は顔を上げ、私と視線を絡ませながら、れろんと空気を舐め上げた。 「くっ……」 思わず身体が震え、喘ぎ声が零れ出る。すれば当然、亮が意地悪げに囁く。 「美也、まだ舐めてないよ」 恥ずかしさの余り、頬が一気に熱くなる。 亮は意地悪だ。こうやって、いつも私の心と身体を弄ぶ。 「亮ちゃんズルイよ、そうやって……」 「だって、美也を苛めると、すごい興奮するんだもん」 お前はSか。Sだったんだな。薄々、気づいてはいたけれど。 しかも、シレっと真顔で言い切るな。ゾクっとするだろ。ゾクっと。 けれどそこで、言い返す間もなく、うつ伏せに押し倒された。 さらに、私の腹部を持ち上げ、強引に膝を付かせながら、訳の解らぬ言葉を亮が吐く。 「ということで、今日は愛撫無しね? いきなりで頑張れ」 「へ?」 突然、何を言い出すのだろう。何が、ということで、何を、いきなり頑張らねばならないんだ。 でも、この体勢って、なんだかその、まさか…… 「今日は、指も口も無し。コレだけで感じて」 コレと呼ばれる硬いものが、後ろから宛がわれ、秘裂をゆったりとなぞる。 やっぱりだ。漸く、次の展開が読め、慌てて抵抗を試みた。 「亮ちゃん、無理だって! そんな、いきなり、やめっ」 けれど亮は、全ての抵抗を封じて、爽やかに言い放つ。 「でも美也、もう充分濡れてるよ? 愛撫の分まで、俺でイってね」 確かに亮の言う通り、蜜が溢れて滑っているのが解る。それでも、心の準備ってものが…… 「ぐんぁっっ」 抵抗虚しく、最奥まで一気に貫かれた。 きちきちと襞を押し広げ、めり込んでくるその激しさに、身体は強張り、悲鳴を上げる。 「やめっ、やめてっ…くぁっ」 片腕を後ろに回し、亮の身体を押し退けようとするけれど、反対に手首を掴まれ、仰け反った。 身体が反ったことで、感度が増す。それを見極めた亮が、動くことなく言葉で嬲る。 「本当に? 本当にやめていいの?」 駄目だ。逆らえない。順応性の高い心が、欲しいって言いだしちゃった。 亮の問いに答える間もなく、塊が、ぬっちゃっと音を立て、抜かれては沈められる。 「んあっ…あっ、ふっ、…あぁっ」 解されていない襞は固く締まり、抜き差しを繰り返される度、流れに逆らう波が襲う。 けれど波に酔う間もなく、猛烈な勢いで叩きこまれ、呆気なく弾け飛んだ。 「いやぁっ、ああ、ああぁっ、だめえっっっ」 初めて迎える絶頂は、否応無く過度の収縮を起こし、埋まる亮自身に絡みつく。 「…っ、美也の感度は最高級。…美也もっと。もっと……」 甘い言葉は、更なる甘味を齎し、私の身体を熱く滾らす。 狂いたい。狂わせて欲しい。理性など何処かへ飛んで、本能の赴くままに、淫靡な声で名を叫んだ。 「亮ちゃ…っんああぁ、いいっ、亮ちゃん、やぁっ、きもち、あぁっ」 けれどそこで、繋がったまま私の身体を起こし、後ろから耳朶を甘噛みしながら亮が囁いた。 「もっとだよ美也。もっと、俺を感じさせて……」 「んっ、ぁあ…や、ふぁん」 さらに、左指は胸の先端を。右指は肉芽を一撫でし、残念そうな口調で告げる。 「あ、でも、指も口も、使えないんだった……」 ただ添えられただけの指に、弾いて欲しい、擦って欲しいと身体が疼く。 すると亮が、磨きをかけた意地悪を唱えながら、くっと腰を動かした。 「ココも、ココも、美也が動かなきゃ、気持ちよくならないよ」 「くぅぅっ、はっ、んっ…」 亮の指は動かない。それでも、私自身が動けば必然的に擦れ合う。 それを悟った身体が意思を持ち、上下に揺れては、三つの異なる刺激に感電する。 「ああっ、きもち…きもちいよ、だめっ、だめっ、あ、あ、あぁぁっ」 何度も絶頂を迎え、懲りることなく爆ぜ続けても、物足りなさが拭えない。 身体は満たされても、心が満たされないんだ。 だから、全てを満たして欲しいと、怒り喚きながら懇願する。 「亮ちゃん、キスしてっ、キスしてっ!」 亮の腰に足を巻きつけ、髪に指を差し入れ、繋がったままの激しいキスに溺れていく。 じわじわと心が満たされ、見つめ合っては、顔が綻ぶ。 「亮ちゃん…好き……」 強要されたわけでもないのに、満たされた心は、恥ずかしげもなく想いを口にする。 そこで、両手で私の頬を包み込み、破顔を湛えた亮が呟く。 「これだから、美也への意地悪が止められない……」 亮の意地悪は、いつも、全てここに辿り着く。 その理由が解らないまま、逆巻く怒涛の週が明ける―― こう言っては何だが、窓口業務歴六年。お客様の仕草一つで、その曲者具合を判断できる。 まず、ガラスで仕切られたカウンターに、両肘を付く人間は、拙い。 粘り、屁理屈を捏ね、納得のいく結果がもらえるまで、居座る気、満々だ。 「ご新規のお口座でございますね? 有難うございます。ご本人様のお口座でよろしいでしょうか」 「いや、旦那の口座を作らなきゃならなくてぇ」 語尾を伸ばすのも、ヤバイ。こう、可愛い子ぶった感じではなく、挑みかかる伸ばし方って解る? 明らかにこいつは、何か忘れ物をした。それを知りながら、強気で押し通せ作戦に違いない。 「そうでございましたか。では本日は何か、ご主人様の身分証明書をお持ちでいらっしゃいますか?」 「え? 何、そんなものが必要なの? あたし、身内なのに?」 ほ〜らやっぱり。人間、疚しさを感じると、強気に出るものなのだな。多分。 「申し訳ございません。保険証などでも、構いませんので」 「あ、それ無理。今日から旦那、海外に出張しちゃって、全部持ってっちゃったから」 なんとも、随分急な海外出張ですね。これは、パスポートと言わせないための、テクニックですか。 まあさ、用事は一度に済ませたい気持ち、痛いほど解るよ。私だって、出直すの面倒だもん。 だけどさ、無理なもんは無理なんだよ。頼むよ、怒りだして、暴言吐くのは止めてくれ…… 「冗談じゃないわよ。私を誰だと思ってんのっ!」 柏崎良子さまですよね。チャリなら、一、二分で帰れる、末広町にお住まいの。 仕方がない、必殺技を出すか。食らえっ、地元密着特別待遇ビーム! 「柏崎さま、実は」 ところが、必殺技を出す前に、次長が首を突っ込んできたから大変だ。 「これはこれは柏崎さま。本日は、あの可愛いお孫さんと、ご一緒じゃないんですか?」 支店長よりも権力を握る、この次長が出てきたということは、何か失敗したのですね、私。 拙い。この失態を武器に、ゴールデンウイークの休日出勤なぞ、強いらるに決まっている。 けれど次長は、お客様との接客をしながら、片腕をすっと後ろに回し、人差し指を立てる。 えぇそうですね。この方は昔、バレーボールを嗜んだお方です。 故に、こうしたサインを出されるわけです。Aクイックっぽく。 ということで、人差し指一本のサインは、緊急電話が入ったという意味のため、お客様に辞儀をした後、奥の電話へと急ぐ。 「美也ちゃん、お兄様からお電話なのよ……」 「うえぇ?」 入社以来、克っちゃんからの電話は、今回で五回目に当たる。 しかも、前四回の電話は、事故、入院、危篤と、全てが身内の不幸を齎す内容だったため、不幸の電話と呼ばれて、支店内で恐れられていたりする。 だからパートの小母様までが、不吉な予感漂う顔で、そう告げるのも無理はない。 そして私が、もしもしを連呼するのも、仕方が無い。多分。 「もしもしもしもし、克っちゃん? もしもし? 今後は誰の命を狙う気?」 「落ち着け。というより、俺を死神みたいに言うな」 そうですね。でも日頃の行いが悪いから、そう呼ばれるんだ。否、克っちゃんは悪くないんだけどさ。 「すまん。悪いんだが、助けてもらえるか?」 「な、なにがあったの?」 「レセプションに、急遽出席しなければならなくなったんだが……」 克っちゃんはゲーマーだ。いやその、よく解らないのだけれど、ゲームクリエーターってやつだ。 大学で、グラフィックデザインたるものを専攻し、そのまま今の会社に入って、数年経つ。 入社した数年は、そんな格好で良いのかと言いたくなるほど、カジュアルな服装で通勤していたし、会社に缶詰になって、帰ってこれないことが多かったと思う。 けれど今は、スーツ着用で、定時とは言えないけれど、昔に比べたら帰宅も早い。 それでも、石岡兄曰く、克っちゃんは休日祭日関係なく、会社に詰めていることが多いらしい。 だから私から言わせれば、ゲームに賭ける執念が凄いので、ゲーマーだ。 「女性同伴なのか……」 「ご名答。お前を連れ立つのは、欠席するより勇気がいるが」 「頼んどいて、失敬なっ」 当然、克っちゃんたちの作るゲームは、諸外国にも輸出される。 だから、そんな諸外国の方々や関係者を招き、お披露目会や宴会を頻繁に行うらしいのだが、私は一度も、そういった場に列席したことなどない。 それよりも、克っちゃんが宴会に出席すること自体が稀だ。確か、その手の宴会は、自分の担当なのだと、石岡兄から聞いた記憶がある。 ちなみに亮も、克っちゃんと然程変わらない職種に就いている。 ただ違うのは、ゲーム会社と出版会社の違いくらいだと思う。否、全然違うのか。ま、いいか。 というよりも亮は、小さい頃からずっと、克っちゃんの後を追いかけていた。 克っちゃんを慕い、目指し、そんな亮を克っちゃんも可愛がり、勉強から何から、自分が教えられることは、全て亮へ教えていたと思う。 けれど、亮が高校三年の冬、突然二人の関係が可笑しくなった。 可笑しくなったと言っても、あからさまな喧嘩をしているわけではなく、亮が一方的に克っちゃんを避け始めたといった感じだ。 それでもその理由を聞いたところで、どちらも口が堅いのだから、私が知るはずもない。 しかしまた、ある意味、これも不幸の電話だと思う。 私の職種は接客だけれど、地域密着型だし、英会話だって丸っきり出来ない。 けれど、そんな私を克っちゃんは知っている。それなのに、私へ助けを求めると言うことは…… 「も、もしかして、今日とか言わないよね?」 「いや、その通り。近場のホテルで夕刻から始まる」 ぃやっぱりっ。しかも、克っちゃんの会社近所なホテルと言えば、ネズミの街だけに、どのホテルだとしても、世界に名高い高級ホテルじゃないか。 窓口の私に、レセプション招待など在る訳がない。なので当然、カクテルドレスなど有りもしない。 半年くらい前に、友達の結婚式へ招待されたけれど、そのときはスーツを着た。 けれど今回は、そういうわけにはいかないだろう。 「家にだって、服なんかないよ……」 「だろうな。服は心配するな。それよりも、早退できるか?」 「え? あぁ、ううむ……」 「支店長に代わってごらん。話をつけるから」 S字を描いて聳え立つ本館に、初めて足を踏み入れたものの、場違い感が否めない。 まぁ、なんというか、信用ある金庫の制服で、来ちゃった私が悪いのね。 それでもめげずに奥へ進めば、案の定、止められました。偉そうな人に。 「松本さまでいらっしゃいますね? お兄様の克也様より、お話は伺っております。どうぞこちらへ」 きっと克っちゃんは、場違い制服女を呼び止めろと言ったんだな。なんかムカツク。 支配人くさい方に案内されて、専用のエレベーターに乗り込んだ。 こういうシチュエーションに遭遇すると、あの映画を思い出さずにはいられない。 金髪のフッカーが、ペントハウスにお泊りするの。エスカルゴを吹っ飛ばしたり、シャンパンと苺を食べちゃうの。でも本当は赤毛なの。 そうなれば、頭の中に突如鳴り出す、ドラムとギター音。本日のテーマ曲は、勿論こちらで。 「プリティウォーマンっ。って、しまった。デンタルフロス忘れちゃったよ……」 「お入用でございましたら、こちらで用意致しますが」 「い、いえいえ、滅相もございません」 なんだか、歩き方まで成りきりたくなるよね。パンプスを、カツンカツン言わせちゃったりして。 否、それよりも、この支配人くさい方に、ドレスの相談をした方がいいのかも。 そうすると、ホテル内の店で、黒いカクテルドレスを選んでもらうの。って、あれ? 「こちらでございます。どうぞ、ごゆっくりお過ごしくださいませ」 十一階のフロアでエレベーターを降り、訪れた一室。というか、ここは最上階ですね。スイートルーム臭さが漲っておりますよ。写真でしか見たことないけれど。 しかも、案内をし終えると、スタスタと去って行っちゃったんですが、ドレスはどうしたら。 「お待ちしておりました。式典まで、私が責任を持ってご準備させていただきます」 突然、部屋の扉が内側から開かれて、ベージュ色の、白衣のような制服を着た女性が現れた。 さらに、驚き固まる私を無視した、彼女の話は続く。 「まず、お風呂にお入りくださいませ。お出になられましたら、ローブのまま、私に声をお掛けください」 お風呂と言われても、何処にそれが在るのか解りません。しかも手ぶらなんですが、替えの下着はどうしたら良いのでしょう。 「えっと、あの、何方か存じませんが、これは何かの間違いじゃ……」 どうも納得がいかない。ホテルなのに、我が家よりも広いダイニングに、キッチンまで付いている。 こんなところを、克っちゃんが借りるはずはないし、私が寛いで良いような場所ではない。 けれどその女性は、驚くことなく、淡々と言い放つ。 「松本美也さまでいらっしゃいますよね? ご主人の克也さまより、承っておりますが……」 「いやいや、ご主人ではなく、兄です。だけどこれは……」 すると、掌を返したように、その女性の態度が変わり、媚びる笑顔で物申す。 「ご兄妹でいらしたのですね? あ、美也さま、お風呂場までご案内致しますぅ」 こいつ、克っちゃんを狙っていたな。否、それよりも、そのスミコ声は止めてくれ。本間二号め。 結局この事態は、間違いでも何でも無く、矢張り、克っちゃんが頼んだものらしい。 それでも納得がいかず、克っちゃんの携帯へ電話したけれど、繋がらないから仕方ない。 ということで、恐ろしく広い部屋の一角にある、これまた恐ろしく広い扇形のお風呂に、戦々恐々としながら足を踏み入れた。 未だ会場へ赴いてもいないのに、既に胃が痛い。とにかく身分不相応だから、居心地も悪い。 だから寛ぐことなどできず、手早く全身を洗い終えてローブを羽織れば、その途端に掛かる声。 「お上がりになられましたか? では、こちらへ」 案内されたのは、部屋の中央ほどに在る一室で、二台置かれたシングルベッドは、シーツも枕も、真っ白なタオルで覆われている。 「フルボディートリートメントを致します。まずはうつ伏せで」 そんな施術を行う場所だとは思ったけれど、自分の結婚式でさえ、ここまで遣らないと思う。 「えぇ? そこまですんの?」 「はい。そのように、承っております」 一体全体、あの男は何を考えているのだろう。これが七和だったら、実家事情を知り得ているだけに、ここぞとばかり無駄遣いしてやるものを。 全く、この部屋といい、贅沢加減といい、百万単位でお金が動いているに違いない。 きっと克っちゃんは、貯金を全額叩いたな。こんなことにお金を使うくらいなら、フルーツヨーグルトを鱈腹買って欲しいよ。五千個は買えるだろ。 「美也さまはお幸せですね。私も、あんなお兄様が欲しいです」 幸せかどうかはおいといて、この言葉は、もう何百回も耳にしているものだ。 克っちゃんの見た目は、カッコイイ。それだけは、紛れもない事実だから仕方がない。 「そう? 私はヨーグルトの方が嬉しいけど」 「はっ?」 トリートメントが終わると、今度は美容院さながらの、ドレッサー前に座らされた。 そこで、髪をふわふわ、くるくるに巻かれ、その間にも、極薄い化粧がプロの手で施されて行く。 「ずっと気になっているのですが、何処かで美也さまに、お会いしたことが……」 こちらのフレーズも、克っちゃんには劣るけれど、やっぱり何十回も耳にしているものだ。 特にここ数年、この、何処かで会っているはずなのに、それが何処でなのか思い出せないんです発言を、初対面の方に言われることが、とにかく多い。 そう言えば、七和にも、同じ台詞を吐かれた記憶。まぁ、なんというか、何処にでも居る顔なんだな。 「では美也さま、お召し替えを」 「えぇ? こんな、こんな、ドレスを着るの? 黒いのじゃないの?」 キラキラ豪華なビーズ刺繍付きのチューブトップに、スカートは三段のシルクティアードとシフォンが組み合わされた、アシンメトリーの薄ピンクなドレス。 アシンメトリーとは左右非対称、不均衡のことらしく、前が膝上。後ろが床スレスレのロングといったカーブを描くデザインで、ドレス初級者な私でも、これなら躓くことなく歩けそうだ。 それでも思う。こんな大層なドレスを着て出席する宴会って……どうよ? 「美也さま、とても良くお似合いです」 まぁ、いつもの私よりは綺麗だ。化粧はプロ仕上げで、ドレスも美しいからだけど。 それでも接客業の人間は、口から何でも出任せを吐けるものだ。経験者だけに、断言する。 「こんなの、プリティーウーマンじゃないよ……」 「えぇ? あ、いえいえ、本当にお似合いですよ。怖いほど」 怖いとはなんだ。怖いとは。やっぱり似合わないんじゃないか。 けれど本間二号は、自分の失言に気づき、それを隠すために話を展開させた。 「あ、いけません。もうお時間が! 美也さま、こちらをお履きになってください」 約束の時間きっかりに克っちゃんが現れ、普段と何一つ変わらない表情と口調で話し出す。 「美也、用意はできたか?」 タキシード姿の克っちゃんを、初めて見た。スーツとそこまで変わらないのだけれど、この男が着ると、妙に格好良く見えるから腹立たしい。特に立ち襟加減が。 「おっ、兄さんカッコイイね。あ、そうだ、何なのこれ? こんな贅沢、罰が当たるよ?」 「……頼むから喋るな」 「なんだその言い草は。喋るよ、喋るだろ。生きてんだから」 克っちゃんは昔からこうだ。 馬子にも衣装じゃないけれど、ちょっとくらい褒めてくれても、こちらには、罰は当たらないはずだ。 それでも、七五三の衣装を着たときだって、初めて制服を着たときだって、成人式の着物だって、褒めてもらいたくて見せても、全てこの台詞で片付けられた。 自分が容姿端麗なだけに、こんな程度じゃ褒められないのだろうけれど、克っちゃんが大好きだったからこそ、その素っ気無さに、いつも自信がなくなるんだ。 だから会場へ向けて、二人並んで歩き出しても、他人様の視線が痛い。 きっと、身の程知らずな、場違い女と思われているに違いない。怖いって感じで。 大体、こんな高級ホテルは、私の人生と無縁だ。既に母さんの肉じゃがが食べたいよ。 さらに外国のお方らが、明らかにこちら見ながら囁き合っているけれど、はっきり言おう。日本語もまともに話せない女が、君の母国語を聞き取れるわけがないだろう。 けれど、どうも先程から、ティファと言う単語を、皆さんが放っている気がする。 「ねぇ克っちゃん、ティファって何だろうね?」 久しぶりのピンヒールは、腰にくる。きっとこれって、人間の生態系に反した履物なんだろうな。 だから、腰に拳を宛がいながら質問をするが、克っちゃんは、それに答えることなく命令を下す。 「美也いいか、話しかけられたら、イエスもノーも言うな。首を傾げて、窓口スマイルでずっといろ」 「ワタシ、コトバ、ワカリマセ〜ンって?」 「向こうの人間は、お前を見て、日本人のように躊躇しない。解ったな? 約束しろ」 「失敬だな、躊躇ってなんだ。躊躇って」 良く解らないけれど、言いたいことは伝わった。つまり私は日光の猿だ。見猿、聞か猿、言わ猿っぽく。 てっきり、大規模な宴会場で開催されると思っていた。けれど、私の手を取る克っちゃんは、館内を出てチャペル近くの庭園を進む。 そして、どこもかしこも真っ白な、西洋の大邸宅ってな感じの別館に到着した。 なんというか、その、これぞまさしく、ホワイトハウス。いや、雰囲気がさ。 さらに、そんな邸宅のプライベートガーデン内に設置されたホワイエで、優雅に寛ぐこのお方。 「遅いわよ、みゃあ」 「ほ、本間? い、いや、お前それは……」 「僻み? 妬み? そういった苦情なら大歓迎」 もはや胸倉ではなく、ヘソ倉と呼びたいほど大胆にカットされた、薄緑のホルターネックドレス。 食み乳の比率が、布で覆われた部分よりも多い気がするのは、私だけじゃないはずだ。 このユサユサでこれを着るのは、セクシーを通り越して露出狂だよね。 公然わいせつ罪で、捕まって欲しいよ。否、それはオーバーか。 「しかし、居るような予感はしていたが、何故ここに?」 「うちの編集長が招かれて、そのパートナーに任命されたのよ。この美貌で」 なにやら、返答しづらいのは何故でしょう。美貌と言うより、ユサユサで選ばれた気さえします。 「それより、そのドレスはどうしたのよ?」 「あぁ、これは、黒じゃないんだけど、苺とシャンパンなのだよ」 「何その、シンデレラストーリー風味な話……」 やっぱり本間だ。二号とは訳が違う。こいつはもしかして、デンタルフロスを持っているかも。 「てかさ、あんたそれ、全部ダイヤだよ」 「えぇっ? ビーズじゃないの? き、着心地が悪くなってきた……」 「根っからの貧乏性だわね……」 今からでも遅くない。このドレスを脱いで、もっと質素なものに取り替えてもらいたい。 けれどそこで、妙な理由で項垂れる私に、聞き慣れた声が掛けられる。 「美也さんでしたか。ロボットかと思いましたよ」 出会い頭で失敬な。でも石岡兄もまた、特上寿司バリのかっこよさなので、許してやろう。 「うっわ兄、なんだか、近海本マグロの大トロだね」 ちなみに本間は、松坂牛で。だってほら、極上の牛じゃん。 「みゃあ、あんた今、あたしを米沢牛だと思ったでしょ?」 米沢とは思ってないよ。米沢とは。でも、そっちでもオールオッケーなんですが。極上だし。 そんな私たちの会話に笑いながら、石岡兄が、どこまでもスマートに言い切った。 「褒めていただき光栄です。先輩の授賞式も兼ねてますからね。私も気合いを入れました」 「克っちゃんの授賞式?」 そんな話は聞いていない。だから鸚鵡返しに問えば、石岡兄が、すっきり爽やかに、燻り続ける謎を解決してくれた。 「えぇ。ティファは、先輩が作りましたから。あれは受賞されて当然です」 道理で擦れ違う方々が、私たちを見ながら、ティファティファ言うはずだ。 どんなゲームか知らないけれど、何かの賞を受賞するくらいなのだから、相当売れたに違いない。 「なんだ、ティファってゲームのことなのか。ギザスッキリ〜」 てっきり、諸外国の蔑み言葉だと思っていたよ。シットとかファッキューの類似語っぽく。 これで心置きなく、ビュッフェを楽しめるってものだ。喋っちゃいけないとは言われたが、口を動かしちゃいけないとは、命令されていないのだから、絶対に食べると誓う。吐くまで。 「いえ、正確には、ゲームの名ではなく、キャラ」 何やら石岡兄が、私の勘違いを訂正し始めたけれど、言葉途中で、それはひたと止まる。 「石岡くん、おまたせしてしまって」 私の着たかった、黒のミニ丈ドレスを着こなした女性が、後方から、しずと現れ微笑んだ。 羨ましい。このドレスはきっと、エスカルゴを吹っ飛ばすはずだ。それを、ソムリエがキャッチするの。 そんなエスカルゴな女性を、石岡兄が私と本間へ紹介した。 「こちらは、我が社のマドンナと謳われる、高田さんです」 マドンナと呼ばれるだけあると思う。清楚だけれど、やり手感の漲る、優秀な女史といった具合だ。 けれど、マドンナと聞いて、このお方が黙っておられるはずがない。 「まぁ、初めましてマドンナさん。あら、でも何かしら、この場にそぐわない妙な香りは……」 本間、今解ったよ。お前はそれだから、ミヤさんに、うぇっ。と言われるんだ。 仕方が無い。ここは一つ、マドンナとは無縁の私が、この場の空気を和らげて進ぜよう。 「はじめまして、松本です。兄がいつもお世話になっております」 ところがそこで、何かに動転したらしき彼女は、見た目とは裏腹な、しどろもどろ口調で返答する。 「あ、あ、はじめまして。高田です。高田万梨子です。どうぞよろしく」 もしかして、こいつもまた、克っちゃん狙いなのか。エスカルゴ三号め。 笑っているけれど、私も本間同様、この人の何かが気に障って仕方がない。 否、克っちゃんを狙っている、狙っていないは関係なく、何かが生理的に受け付けないんだ。 しかも、こんなにも優しげな方なのに、この人が怖くて、今にも逃げ出したくなるのは何故だろう。 するとそこで、場の空気に居た堪れなくなったその人が、この場の脱出を試みた。 「すみません、ちょっと失礼します」 そしてその人が、克っちゃんの名を親しげに呼びながら、私の前を通り過ぎる。 「克也くん」 そこで漸く解った。この人の匂いは怖い。だから本間が、あんな無礼を言い放ったんだ。 「みゃあ? あの女に近づいちゃ駄目よ? じゃ、あたしも行くから」 本間が妙な捨て台詞を残し、会場の中へ消えて行く。 「え? あぁ…うん……」 それでも私の心は、思い出したくない過去プレーバック中だから、それどころではない。 彼女がつけていた香水は、私が最も苦手とする匂いだ。 別に、彼女が悪いわけではないけれど、これがまた、トラウマを克服するのが難しいんだな。 「美也さん? 大丈夫ですか? 顔色が優れませんよ」 石岡兄の言葉で、漸く我に返った。 私としたことが、こんな大事な場で、自分を見失うなんて。否、それはいつものことか。 「何やら、ご心配をおかけしたようで。ですが、このワタクシ、これしきのことで、挫けたりは致しません。何事も、上昇思考で参りましょうぞ」 けれど兄は、穏やかに微笑みながら、私の頭に手を添える。 「何事も、無理をしないで参りましょうぞ」 「兄、お前…人の決め台詞を、うっかりパクんなよ……」 本当にこの男は、意外性ナンバーワンだよね。 |
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