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◇◆ Barista 1 ◇◆
 バリスタの相坂さんことアイちゃんは、カプチーノの上にその人の似顔絵を描くことができる、カリスマバリスタとして有名だ。
 というよりも、その実力もさることながら、恐ろしいほどのイケメンバリスタなものだから、テレビや雑誌の取材が後を絶たなくて、 アイちゃんの勤めるカフェ・バール『Goditi la vita』は、いつも長蛇の列で賑わっている。
 こと受験が迫った高校生活最後の冬を過ごす私たちにとって、来年になったらこの街にくる機会が減ってしまうから、 今が最後のチャンスとばかりに、お店に通いつめる女子でいっぱいだ。
 そして今日もクラスでは、その話題でもちきりだった――

「でさ、聡子がアイちゃんのところに行ってさ!」
「え〜! で、アイちゃん描いてくれたの?」
「うん、二時間待ちでようやく。でもね、やっぱり横顔だったの……」

 また横顔。何人もの友達が正面を描いて欲しいと頼んでも、ことごとく断られ続けていた。
 だから既に描いてもらえる喜びよりも、正面を描かせてみせるという意気込みの方が、大きくなっている気がする今日この頃。
「ねぇ、鈴も描いてもらってみなよ!」
「そうだよ! 一度も描いてもらってないのって、鈴だけじゃん!」
 そうせっつかれても、二時間も待って描いてもらうことが引っかかる。
 そんな時間があるのなら、あれをして、これをして……かなりの用事がこなせるのだから。

 えっと、ちょっとだけ自己紹介。
 私の名前は、河坂鈴音(こうさかすずね)。普通の公立高校に通う、ごく普通の十八歳。
 さらに私の家は、両親共働きの一人っ子。
 だから学校が終わって帰宅をすれば、山のような家事が私を待っている。

 両親の帰宅を待つ間、暇を持て余し、小さい頃から黙々とパラパラマンガを描き続け、 今ではオリジナルキャラクターを描き上げることができるまでになったマンガ好き。
 自分で言うのもなんだけど、意外と良い線いっているんじゃないの? なんて思ったりもする。
 空想チックな御伽噺の世界を舞台に、主人公が一人の男の子に振り回されちゃうお話。
 現実の世界では、男子とほとんど話さない私。そんな私だからこそ、この空想の世界で生きるのがとても楽しい。
 あんなことや、こんなこと、そ〜んなことまでできちゃうのだから。
 だけど友達から、アイちゃんの写真がたくさん載った雑誌を見せられてたじろいだ。
 余りにも、私の妄想オリキャラに、アイちゃんがそっくりだったから……

 そんなある日、夢を見た。
 私の妄想御伽噺、ココア国とカプチーノ国が舞台で、当然私はココア国のお姫様。
 そしてアイちゃんそっくりな男の子は、カプチーノ国の王子様だ。
 だけど夢は妄想よりも進化していて、妄想以上のドデカイお城に、豪華絢爛の部屋の中。
 さらに、あんなに憧れた美しいサテンのドレスは、コルセットを締められ過ぎて、今にも吐き出しそうなくらいに苦しくてたまらない。
 なのに突如現れた腕が、それ以上に私の腰を締め付ける。

「ベル、ようやく見つけた……もう離さない……」
 私の腰に腕を回した男の子が、上から目線のキザったらしい口調で囁いた。
「え〜! そんなこと初対面の人に言われても、どうしたら……」
 夢の中の私は、突然の告白にどうしていいのか分からずモゴモゴと言い訳を試みて、腕の中からもがき出る。
 けれどその男の子が逃げる私の腕を掴みながら、私の目線まで腰を落としてゆっくりと言い出した。
「ベル、俺が分からないのか? 逢ったことも、見たこともないと?」
 あると言えばあるし、ないと言えばない……
「お前をおびき出すのに、やりたくもない仕事をたんまりと引き受けて、横顔だけを描き続けたのに……」
 よ、横顔? 横顔って、あの横顔? ま、まさかね……
「そのまさかだよ。そのまさかが現実で、俺はお前以外の正面顔を描かないんだろ」
 そのまさかって、あのまさか? それは、本当にまさかでしょ〜!
「あ、その顔は信じてないな? じゃ、証明してやるから、明日必ず店に来いよ?」

 無責任なことを言い退けて、アイちゃんに激似の男の子は夢から消えた。
 翌朝、悶々としながら起き上がり、机の上に置かれているノートを見やる。
「まさか……だよね……」

 依然として悶々としながら授業を受け、悶々としたまま帰り道を急ぐ。
 けれどそこで不意に横風がなびき、なによもう〜!とばかりに風が吹き付ける方向を見れば、あのアイちゃんのお店がそこにあった。
 いつもは長蛇の列ができている店外なのに、今日はなぜか人っ子一人いやしない。
「定休日なのかな?」
 そう独り言をつぶやきながらも、足は勝手にアイちゃんのお店へと向かっていた。

 夕暮れに近い店内は、既に暖かそうな照明が灯っていて、外からでも店内の様子がよく見えた。
 案の定、『Close』と書かれたプレートが掲げられた木目のドアの前で、意味もなく立ちすくんでいると、 天使の装飾が施された真鍮のドアベルが、カランと小気味良い音を立てて開き
「ようやく来たなぁ? ずっと待ってたんだよ鈴ちゃん」
 店内の照明と同じくらい暖かな笑顔を携えたアイちゃんが、ひょっこり現れサラっと言った。

「な、なんでアイちゃんが私の名前を知ってるの?」
 色々な意味で驚いたものの、一番妥当な驚きを口にしてみるけれど
「鈴ちゃんだって、一度も来たことなんてないのに、僕をアイちゃんだと分かったじゃない?」
 片目でウインクしながら陽気に言い放ち、紳士っぽく私の手を取ると、そのまま暖かな店内に私を促した。
 そりゃ、アイちゃんは有名人なんだから、私が知ってても当然な気が……

 なんだかよく分からないまま店内に入り込み、よじ登らなければ座れないほどの高い丸椅子にようやく腰を下ろす。
 アイちゃんは私をエスコートし終えると、そのままカウンター内に移動して、綺麗に磨かれたソーサーとカップを取り出していた。
「僕が人物の横顔しか描かないのは、ちょっと有名でしょ?」
 ちょっとじゃなくて、相当有名だけどね……
「では、鈴ちゃんに質問です。どうして僕は、人物の正面を描かないのでしょうか?」
 そ、そんなこと、私に分かるわけがないでしょ……
「あれれ? 本当はもう、気がついているんでしょ?」
 ま、まさか……いや、まさかに決まってる……
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