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◇◆ Espresso ◇◆
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うつ伏せにベッドへと突っ伏して、羽枕に顔を埋めたところに響く声。
「お前、夜になる度、いちいちバールに帰ってくるのか?」 顔を上げずとも声の主など瞭然だから、そのままの状態で文句を放つ。 「当然だ。あんな空気の悪い場所で、この俺が眠れるかっつうの」 ところが、こいつの次の一言で、あれだけ堪えていたはずの眠気が一気に吹き飛んだ。 「だが、キャラバンは、いつも向こうで寝ているぞ?」 「バンバンなんかと一緒にすんな! ん? ちょっと待て、お前のその言い方じゃ……」 「あぁ、キャラバンも人間界に居る。ついでに言えば、ビオラもだ」 疲れ切った俺の心身に、鞭を打ち込んだこいつの名は、アルファード。通称アル。 ココア国の王子であり、それと同時に、ベルの兄貴でもアル。 なんて洒落をほざいている場合じゃない。今、聞き捨てならない言葉を放ったよな? 「はぁ? なんでまた、揃いも揃ってそんなややこしいやつらが、人間界に居るんだよ?」 枕を抱きかかえたまま仏頂面で起き上がり、歯を剥き出し声を荒げれば 「お前の場合、ベル以外は眼中にないから知らなくて当然か」 悠然とソファーに腰を下ろすアルファードが、足を組み替えながらのんきに答えた。 「失礼だな、ベルのことも、眼中なんかにゃないですね」 正真正銘の兄貴に向かって、その台詞を吐くのもどうかと思うが、本心だから仕方がない。 けれどアルファードは、そんな俺の言葉を無視して話を進めた。 「ベル同様、ビオラも人間界に転生したらしいんだ。それでキャラバンが、お前同様にビオラを探す旅に出たんだが……」 ベルが消えた直後、エスプレッソ国の王女であるビオラもまた消えた。 けれどエスプレッソ王がその事実をひた隠しに隠したため、つい最近、公になった話らしい。 子どもが消えたのに、探すこともしない親…… なんだか最低だなと思いつつも、エスプレッソ王の気持ちが解らなくもない。 だって、あのビオラだもんな…… 逆に、ベルの父親であるココア王は、俺と一緒にできる限りを探し回った。 それでもベルが人間界に転生してしまったという情報が入ってからは、婚約者である俺に全てを任せ、国のためにバールへ留まった。 だからエスプレッソ王も、ココア王と同じように、婚約者へ全てを一任したのだろう。 そう考えがまとまったところで、ようやくアルファードに切り返す。 「俺と同じで、婚約者を探すために仕方なくだろ?」 ところがアルファードは、俺の考えをシレっと否定した。 「いや、ビオラとキャラバンは婚約などしていない」 「ん? そう言われりゃそうだよな?」 バールは四つの国が、平等に世界を治めている。 北のエスプレッソ、東のカプチーノ、南のココア、そして西のマキアートだ。 そしてそれぞれの国には当然王子と王女が生まれ、俺とベルのように、この世に生れ落ちた瞬間から定められた相手が存在する。 ところがだ、王子が四人居るのに対して、王女は三人。つまり王女の数が、一人足りないこの状況? だから四人の王子の中で、一番最後に生まれたマキアート国のキャラバンには、その定められた相手がいなかった。 「あれ? ビオラの婚約者は、アル、お前か?」 血縁関係を辿りながら組み合わせを考えて、ようやく出た答えを告げれば 「えぇ、もう、そのようですね!」 デカイ目をこれでもかというほど大きく開き、心の底から嫌だという口調でアルファードが答えた。 アルファードの気持ちは痛いほど解る。けれど宿命なのだから仕方がない。 だからここはひとつ、優しく諭してやろう。 「俺だって、本当に嫌だけど、お前の妹と婚約してやっているだろ?」 ところが、こともあろうかアルファードが放った言葉は 「俺だって、仮にもし相手がベルだったら、ここまで落胆しないさ!」 「ふ、ふざけんな! 血の繋がった兄弟で、よくもまぁそんなこと!」 「だったらお前がビオラと婚約しろ。そうすれば俺がハープと婚約し、ベルはグランドと婚約する。ほらそれで最高じゃないか」 確かにアルファードの言うことは間違っていない。その組み合わせも、国的には平等だ。 ハープはマキアートの王女であり、その名の通り、美しく繊細な女だ。 俺はハープみたいな、すぐに泣き出しちまいそうなタイプの女は苦手だが、心優しき王子を気取るアルファードには打って付けだろう。 だが問題は、エスプレッソ国の、グランドとビオラの馬鹿兄弟だ。 グランドは、筋肉を鍛えることにしか興味を持たない体力馬鹿であり、妹のビオラは、それはもう手のつけようのないじゃじゃ馬だ。 なのに体力馬鹿のグランドと、か弱き繊細王女のハープを婚約させ、アルファードとビオラを婚約させた国のお偉方。 グランドとビオラをくっつけることが、何よりも最高の組み合わせだと誰もが思うが、やつらは兄弟だから仕方がない。 さらに、俺とビオラの組み合せなど考えたくもないが、ベルがあのグランドの餌食になると思うと虫唾が走る。 ベルとグランドの行為の光景が頭を過ぎり、メラメラと怒りが燃え上がる。 「お前、妹が可愛くないのか!」 人差し指をアルファードの胸に向かって突き立てて、これでもかってなほど怒鳴ったものの 「こんな媚薬を見つければ、俺の中ではグランドもお前も同じだ」 黄金色の液体が詰まった小瓶を、逆にアルファードから突きつけられてたじろいだ。 「そ、それは俺の優しさだ……」 「なにが優しさだ! 大体お前、この部屋はキャラバンの部屋よりも媚薬の種類が豊富じゃないか!」 「そ、それも俺の親切心だ……」 なぜか呆れ果て、やれやれといった具合の溜息をつくアルファードは、色とりどりの媚薬が並べられた棚を眺め、 その中から一つを選んで手に取りながらつぶやいた。 「しかし、妙だと思わないか?」 「なにがだよ?」 「王女の中で、ハープだけは転生されずにバールで暮らしている。ベルとビオラは同時期に同じ人間界へ転生し、 何も関係のないキャラバンが、誰よりも早く人間界へと旅立った……」 そうだった。その話を忘れていた。 問題は、俺には関係のないビオラが、人間界に転生されたことじゃない。 ベルにもビオラにも関係のないキャラバンが、なぜ人間界に出向いたのかだ。 アルファードの言う通り、マキアート国の王女だけが転生されず、 マキアート国の王子が、我先にと隣国の姫を探す旅に出るなんてどう考えても怪しい。 これは確実に、ベルとビオラの転生は、マキアートがなんらかの形で関わっているに違いない。 「マキアート国の陰謀か……」 「どうやらそのようだな。どうにかしてキャラバンとベルを婚姻させたいらしい」 「なんでベルに限定されるんだよ!」 「考えてみろよ、ハープとグランドが既に婚約しているんだぞ? つまりマキアート国は、エスプレッソ国とこれ以上親睦を深める必要がない」 「最悪だ……」 マキアート国は、とにかく薬学に力を注いでいる国で、特に媚薬にかけては目覚しい進歩を遂げている。 バールお偉方会議で、販売と製造が禁じられた媚薬も多々あって、俗に言う『惚れ薬』なんていうものがそれだ。 だが、製造を禁じたとしても、バールではなく人間界で製造・使用する分には制約がない。 そんなものを、記憶のなくなっているベルに使われてみろ。 一発でキャラバンに恋しちまうじゃねぇか! 「まぁ、そこまで気を落とすな。要は、キャラバンとビオラをくっつければいいことだ。いや、俺との友情の証として、 必ずやつらをくっつけろっ!」 「す、すごいリキが入ってるね アルファードくん……」 「当然だ。あいつらがくっつけば、俺はハープと婚姻できるだろ? で、グランドが途方に暮れると」 「結局はそれかよ。でもまぁ、それが一番いい案だな」 お前は吟遊詩人か? と、問いたくなるほど、キャラバンのナルシストぶりは有名だ。 向こうで覚えた作り笑いと愛想笑いとゴマすりで、キャラバンを持ち上げ続ければ、どうにでもなりそうだぞ。 そんなことを黙々と考えている俺に、部屋から立ち去りかけるアルファードが最後に言った。 「ということで、頑張れよエース。そしてこれは貰っていく」 そ、その媚薬は、今夜使おうと思ってたのに…… |
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