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◇◆ Harp 1 ◇◆
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少し寒気を覚えてモゾモゾと寝返りを打つと、首の下でうごめく何かが私の身体に巻きついて、
その途端に毛布よりもあったかい温もりが私を包み込む。
横向きなのに、背中がこんなにあったかいのは久しぶりだ。 ん? ちょっと待って、久しぶり? 初めてじゃなくて? そこまで考え付いて、瞼をゆっくりと持ち上げると、目の前にカプチーノ色の腕が二本。 一本は上から。もう一本は下から私の首に回されていて、そんな二本の腕を、鉄棒を掴むかのごとく、逆手で私の手が握り締めている。 そうだった。私はアイちゃんに抱かれたんだった。 しかも、自分から『キスしたいの!』だなんて要求しちゃったんだ。 きっとアイちゃんは呆れちゃっているだろう。まだ二回しか逢ったことのない子に、そんなことを要求されるだなんて…… あぁ、どうしよう。恥ずかしすぎて顔なんて見られないよ。 そうか! こっそり抜け出して、このまま家に帰っちゃえばいいんだ! 後ろから聞こえる規則正しい息遣いからして、アイちゃんはまだ眠っているはず。 と、とにかくこの腕から脱出して、服を着よう。 そこまで考えがまとまって、極秘任務を遂行するスパイのように、慎重に作戦を開始した。 ところが、そろそろと腕をすり抜けて第一関門を突破したと思ったら、またもや巻きつくアイちゃんの腕。 アイちゃんが起きちゃったんだと慌てて身体を固くしたものの、後ろから聞こえるのは規則正しい息遣いだけ。 「む、無意識で抱きしめられるって……」 私の口から、ボソッとこぼれる独り言。 さすがにアイちゃんが私の夢を見ているとは思えないから、誰かと間違われているに違いない。 そこでなぜだか、『身代わり』って言葉が頭に浮かんで、なんだかちょっと悲しくなった。 結局またアイちゃんの腕の中に納まって、次の作戦を立てようとキョロキョロ辺りを見回せば、 今居る部屋が、眠りにつく前の部屋と明らかに違うことに気がついた。 アイちゃんのベッドは、天蓋付きじゃなかったはず。 しかも天井は、こんなプラネタリウムみたいに高くなかったはずだ。 ということは、これはまたあの夢で、この腕はアイちゃんじゃなくてエース? 最悪だ。いくら夢の中とはいえ、あのエースと裸で抱き合っているだなんて…… 今の状況をマンガで表すとしたら、絶対にグレーの火の玉を背景に描き込むだろう。 ところがそこに、カツンカツン急ぎ足で歩く靴音が、徐々に大きさを増しながら聞こえてくるからさぁ大変。 火の玉に加え、大量の棒線が顔にかかっちゃったくらい血の気が引いていく。 エースらしき人物の腕に絡まって、身動きの取れない裸の状況に、突然の来客はあまりにも惨すぎる。 昨日みたいに目を覚ませ私! などと呪文を唱えてみたけれど当然失敗に終わり、ささやかな祈りは届くことなく、 観音開きのドアが勢いよく開かれた。 「こんなことになっているんじゃないかと思えば、やっぱりそうだ!」 開かれたドアの向こうから現れたのは、校門前に佇んでいたバンバンで、 ベッドにツカツカと歩み寄りながら、真っ白な肌を上気させて叫んでいる。 けれど、こんなに大声で叫ばれているのに、エースは微動だにせず爆睡中。 さすがのバンバンもそのエースの熟睡にたじろいで、唖然としながらベッドを見下ろした。 それでも、私の恥ずかしい状況は変わらない。 首に絡みつく腕をギリギリと握り締めながら、この先の展開に不安で吐き気がこみ上げた。 「この香りは……い、いや、まさかな。どちらにしても、自業自得だ」 バンバンが何かの匂いを嗅ぎ取って、ブツブツと独り言を唱えている。 けれどいつものアイちゃんのように、自分の考えを自己完結させたらしく、小さな溜息をついてから私の方へ向き直ると、 何事もなかったかのごとくサラッと言い出した。 「今、鈴は夢の中だから、思い描けばなんとでもなるはずだよ。自分はドレスを着ているんだと想像してごらん?」 そんな都合の良い、夢のような話があるはずがない。いや、夢を見ているんだから、あってもいいのか? とりあえずこの状況から脱出できるのであれば、何でも試す価値はあると心に言い聞かせ、半信半疑のままバンバンの言う通りに想像してみれば、あら不思議。 頭から髪が生えるように、身体の毛穴から、ドレスがワシャワシャと生え始めちゃったからビックリだ。 ドレスのおかげで、モコモコと膨らんだ上掛けを見てとったバンバンが、驚き続ける私を笑顔で見下ろして 「準備ができたみたいだね。では早速本題に。実は、鈴に逢わせたい人が居るんだ」 そう言いながら、未だ私の首に巻きつくエースの腕を、力任せに外しはじめた。 夢の中の私はベルと呼ばれる。でもバンバンは、私のことを鈴と呼ぶ。 夢なのだから、おかしなことが満載でも、気にする必要などどこにもないと思いつつ、それでも聞かずにはいられない。 もし仮に、私がおかしな発言をしてしまったとしても、夢なのだから問題ないはずだ。 「えっと、その、坂東さんですよね?」 ようやくエースの腕から解放されて、ベッドから飛び降りながら切り出した。 毛皮を纏っていないバンバンは、校門前で見かけたときよりも大分幼く見える。 それでも私より年下といった感じはしないから、バンバンと呼ぶことを躊躇って、アイちゃんが言っていた坂東という名を告げてみた。 「人間界での呼び名はそうらしいね。でも、バンバンでいいよ」 どこぞのアイドルのように白い歯をキラッと輝かせ、照れくさそうにバンバンが笑う。 「に、人間界?」 「そうだよ。人間界で君は鈴と呼ばれ、夢の世界ではベルと呼ばれるでしょ? それと同じだよ」 咄嗟に聞き返した質問の解答が、なんとなく分かったようで分からない。 それでも、あぁそうかって納得しながら小刻みに肯く私は、きっとどこかのネジが緩んでいるに違いない。 「質問は、これから沢山受け付けるよ。でも今は、この部屋から消えることが先決だ」 人差し指をピンと立てて、バンバンが最もな意見を述べた。 そうだった。ここから出ることが先決だ。 それでもベッドで深く眠り続けるエースが気にかかり、ベッドの方に目を向けた。 けれどそんな躊躇う私に、バンバンが告げる。 「鈴、マキアート城を想像して。ほら、大きな時計塔のある西のお城」 時計塔のあるお城? 頭の中でマンガで描いた西のお城を想像した瞬間、周りの景色が急激に変わった。 よく夢で、次の場面にポンっと飛んでしまうことがあるけれど、これもそんな感じだ。 いやだから、これも夢なのだから、そうなって当然か? 展開の速さに対応できず、呆然と立ち尽くす私に微笑みかけながら、バンバンがそっと囁いた。 「ハープ、宝物がやってきたよ……」 |
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